終わらない今日を、君と選ぶ

「……ん」

望月琉惺は、目覚ましの音が鳴る前に目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む光が、やけに眩しい。

「……朝?」

スマホを取る。
黒い画面を指でなぞり、ロックを解除した瞬間、琉惺は固まった。

「……は?」

日付。
昨日と同じだった。

「……いや、いやいや」

画面を一度消す。

「……夢、だよな」

もう一度つける。

同じ。

「……おかしいだろ」

小さく呟いて、ベッドに座り込む。
寝癖のついた髪をかき上げ、息を整えようとする。

「……寝ぼけてるだけ」

そう言い聞かせて、立ち上がる。

クローゼットを開ける。
中から引っ張り出したのは、グレーのパーカーと黒の細身のパンツ。
昨日と、同じ服。

「……まあ、これはいいか」

制服の下に着るものなんて、いつも似たようなものだ。

階段を下りると、台所から音がする。

「琉惺、起きた?」

母の声。

「……うん」

自分でも驚くほど、声が低かった。

「早くしなさいよ、遅れるわよ」

「分かってる」

台所に入る。

白いシャツにエプロン姿の母。
食卓の上には、鮭、卵焼き、味噌汁。

琉惺は、椅子を引く前に立ち止まった。

「……なに?」

母が怪訝そうに見る。

「いや……」

言葉が続かない。

「ほら、座りなさい」

「……うん」

座る。

「今日は英語の小テストあるんでしょ」

「……ある」

昨日と、同じ。

「単語だけだっけ?」

「……うん」

母はそれ以上気にした様子もなく、味噌汁をよそぐ。

父が新聞を折りながら言う。

「帰り、雨かもな」

「……そうなんだ」

「折りたたみ、持っていけよ」

「……分かった」

会話が、全部、昨日と同じ。

琉惺は箸を持ったまま、手元を見つめる。

「……」

「どうしたの?」

母が聞く。

「……なんでもない」

鮭を口に運ぶ。
味も、昨日と同じ。

「……」

飲み込むのが、やけに苦しい。

玄関でスニーカーを履く。
白と黒の、履き慣れたもの。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

扉を閉めた瞬間、琉惺は息を吐いた。

「……偶然、だよな」

通学路。

白いフェンス。
曲がり角。
信号。

「……昨日も」

小さく呟く。

犬を連れた老人とすれ違う。

「おはよう」

「……おはようございます」

声を返しながら、心臓が跳ねた。

――昨日も、ここで会った。

校門が見えてくる。

「……いる」

黒いブレザー。
肩にかかるバッグ。

久遠蒼依。

「おはよう、琉惺」

蒼依が、いつも通りの声で言う。

「……おはよう」

「今日、小テストだぞ」

「……うん」

昨日と同じ。

「ちゃんと勉強した?」

「……一応」

「怪しいな」

蒼依が少し笑う。

その表情まで、同じで。

「……蒼依」

「ん?」

「今日さ」

琉惺は、言葉を選ぶ。

「放課後、寄り道しない?」

昨日は、言わなかった。

蒼依は一瞬だけ考えて、

「部活あるから無理」

と、答えた。

昨日と、同じ。

「……そっか」

「どうしたんだよ」

「……いや」

校舎に入る。

廊下のざわめき。
靴音。

「……全部」

教室。

蒼依の隣の席。

椅子に座る。

「今日は眠そうだな」

蒼依が言う。

「……そう?」

「目、赤い」

「……そうかも」

黒板の文字。
先生の声。

全部、昨日と同じ。

琉惺は、耐えきれずに小さく言った。

「……なあ、蒼依」

「ん?」

「昨日さ」

「昨日?」

「……いや」

蒼依は首を傾げる。

「昨日、どうした」

「……覚えてない?」

「何を?」

琉惺の喉が鳴る。

「……今日が、昨日と同じだって思わない?」

沈黙。

蒼依は一瞬だけ琉惺を見て、

「……寝ぼけてる?」

と、言った。

「……だよな」

分かっていた答え。

「琉惺、大丈夫か?」

「……大丈夫」

大丈夫じゃない。

「ちょっと疲れてるだけ」

「無理すんなよ」

蒼依は、そう言ってノートを開く。

その仕草まで、同じ。

琉惺は机に伏せる。

――俺だけ、なんだ。

この違和感に気づいてるのは。

「……」

でも。

そっと顔を上げて、隣を見る。

蒼依が、いる。

それだけで、少しだけ息ができた。

「……蒼依」

「なに」

「今日さ」

「ん?」

「放課後……やっぱり話したい」

蒼依は少し驚いた顔をして、

「……いいけど」

と、言った。

昨日と、違う。

琉惺の胸が、少しだけ軽くなる。

「……ありがとう」

「なんだよ、急に」

「……なんでもない」

教室の時計が鳴る。

カチ、という音。

昨日と、同じ音。

でも。

琉惺は、心の中で決めた。

――この日が同じでも。

――蒼依だけは、同じにしない。

そう思いながら、チャイムを聞いていた。