一乗家のかわいい花嫁

 父が訝しげな声で六角に尋ねる。
「まあまあ、ちゃんと説明しますて、清須川さん」
 ドカッと父の向かい側に座った仲人の六角。その後から、袴姿のほっそりとした老齢の男が入ってきた。
 茜がグイッと身体を寄せて、耳打ちしてくる。
「お姉さま、良かったですね。伏せってるって聞いたから、もっと丸いかと思ったんですけど。少しは介護が楽になりますね、ふふっ」
 相手に聞こえないとしても、失礼な言い様だ。
「茜、少し言葉を――」
 慎みなさい、という言葉は、背後から聞こえた若々しい男の声によって遮られる。
「遅れて申し訳ありません」
 次に入ってきたのは、歩くたびに黒髪がサラリと風に揺れる、背の高い袴姿の青年だった。年の頃は千代よりいくつか上だろうか。横顔の線は彫像のように整っており、その横顔だけで人目を惹く青年だということが充分に伝わってきた。
(勇一郎様も男前だと言われていたけど……この方の前では皆かすみそうだわ)
 彼は千代の目の前に座った。そして、先に入ってきていた老齢の男は、なぜか青年より下座の茜の前に座った。父の前には六角が座った。席はすべて埋まっている。
 何かがおかしい。
「それじゃ、揃いましたんではじめましょうか。こちら、一乗家のご当主様です」
 ひょきんな六角の声に、「え」と清須川家は全員声を揃えてしまった。
 六角の手は、隣の美しい青年を指していた。


「ど――っ、どういうことよ!」
 いきなり茜が勢いよく席を立ち声を荒げた。彼女がこんなに憤慨を露わにしているのは珍しい。今にも目から火を噴きそうだ。こんな妹、はじめて見る。
「あ、茜? どうしたの」
 千代に着物の袖を引かれ我に返った茜は、「あ」と口を押さえるとストンと座った。
「い、いえ、あまりに聞いてた話と違うから……お、驚いちゃって……お、お姉さまも、話が違うのは困るでしょう?」
 千代は、チラと正面に座る青年を見やった。彼は茜の声にも驚かずに、座った時からずっと視線を畳に落としたままである。
(もしかして、向こうもこの縁談には乗り気じゃなかったのかしら)
 正面から見ると、さらに整った顔貌だということがよくわかった。視線を伏せていても絵になる顔というものはあるのだなと、ぼうっと眺めていれば、不意に彼の瞼が上がった。
 バチッ、と視線がぶつかる。
「――っ!」
 青年が驚いたように目を大きく見開いた。
(え?)
 しかし、それも一瞬。ふいと顔を逸らされてしまう。
(私、何かおかしい格好でもしてるかしら?)
 視線を落とし、着物や帯を確認するが、異常はないように思われる。
 すると、六角が「そうでした」と手にしていた扇子で、おどけたように後頭部をペシンと叩いた。
「それが、ちょっと僕が話を勘違いしてしまって。善路さん……ああ、先代当主ですね。彼から話をもらったんで、てっきり後妻さんを探してると思ったんですが、実は探してたんは、善路さんの息子さんの結婚相手でして」
 ナハハ、と六角は変な笑い声を上げて、そして再度「すんません」と頭を下げた。
(ああ、なるほど。親が勝手に組んだ縁談だったってことなのね)
 であれば、やはり青年の態度にも納得がいった。
 このまま、お互い勘違いでしたで縁談はなかったことになるのかな、などと思っていると。
「しかし、問題は何もないでしょう。千代さんと雪人君は歳も近いし……二十五だったかな、むしろ善路さんよりもお似合いだ。雪人君、この縁談はこのまま進めてもいいかい?」
「ええ、当然です。こちらは何も問題はありませんから」
 意外にも青年は間髪容れず頷いた。
 青年の黒曜石のような透明感のある瞳が、千代をまっすぐに捉えていた。
 目が合い、思わず千代は頬が熱くなる。彫像のように顔が整いすぎていて冷淡な印象すら受けるが、今、自分に向けられる瞳は、なぜだか火傷しそうなほど熱烈に見えた。
「じゃあ、千代さんもいいかな?」
 六角の言葉に我に返り、慌てて頭を下げる。
「も、もちろんです。こちらこそ私でよろしければ……えっと……」
 そういえば、まだ自己紹介すらしていなかった。勝手に名前を呼んでいいものかと、チラと顔を上げて彼を伺えば、フッと目元で笑われた。
(わっ……)
 ほんの僅かな笑みではあったが、陽だまりのような柔らかな笑みに、目がチカチカした。
「一乗雪人です。どうぞ雪人と……」
「き、清須川千代と申します。ふつつか者ではございますが、一乗家のために尽くしてまいりますので、どうぞよろしくお願いします。ゆ……雪人様」
 ゴホッ、と向かいから咳き込む音が聞こえた。
 顔を上げれば、雪人が口元を押さえて咳き込んでいた。体調が悪いのかと心配になったが、彼はすぐになんでもないように背筋をピンと伸ばして、隣を視線で示した。
「それと、私の隣に座っている者ですが、父の秘書で、古くから公私ともに一乗家に仕えてくれている者です。本日は父が病気のために訪ねることができませんでしたので、私だけでは失礼になるかと、父の代理として同伴させました」
 青年――雪人が隣に座る者を紹介すると、老齢の男は「(さね)(とみ)と申します」と静かな声で言うと深々と頭を下げた。
 そこで、先ほどから黙していた父が「それで」と、不機嫌な声を出す。
「結納の品が見当たらないのですが……。まさか、そちらもご自宅に置いてきたわけでは?」
 そうだ。そもそも今日は結納のために集まったのだった。だとしても、父の傲岸な言い方には申し訳なく思う。
 すると、雪人が「ご安心ください」と言って立ち上がり、彼の後ろにある隣の間へと続く襖に手を掛けた。開いた襖の向こうには、煌びやかで豪勢な結納品の数々が並んでいた。
「こちらの部屋には入りきらないと思いましたので」
 平然として述べる雪人とは反対に、清須川家の面々は、口をポカンと開けて言葉を失っていた。
 
        ◆

 その後、清須川家からも食事が振る舞われ、結納が終わる頃には日が傾きはじめていた。