神社のバイトって、巫女さんみたいに女子しか募集してないんだと思ってた。
「うちの近くの神社、男子も募集してるって! しかも高校生可!」
「えっ、マジで?」
いつもつるんでる仲間の一人が、さっそくクシャクシャになった白黒のチラシを机の上に広げている。
「本当だ。てか二人って、少なっ!」
「女子は十人以上なのにな。男子は二人だけって露骨すぎるだろ」
「お正月に向けての準備なんだろうね」
「神社の裏方って、男子もいけたんだな」
机を囲んでいた僕らは、チラッと教室の女子を振り返った。
「……巫女服着た女子って、可愛いんだろうな」
「待てよ。男子二人だけって、これもしかして巫女さんにモテモテなんじゃね?」
可愛い女子にモテモテ!
そんな不純な動機で、僕らはそのバイトに申し込んだ。その結果、なんと僕だけ採用されることになったのだ。神様ありがとうございます!
が、しかし。
「はい! 今日からよろしくね!」
バイト初日、 浅葱色の袴を身につけた職員さんに渡されたのは、でっかいふわふわの着ぐるみだった。ほらあの、カポッと頭からすっぽり被るやつ。
「え……あの、これって……」
「狛犬のコマりんだよ。うちの神社のゆるキャラ!」
可愛らしくデフォルメされた狛犬の黄色い顔が、僕に向かって緩く笑いかけている。
「……黄色、なんですね」
「あ、もしかして白い方がよかった?」
「いや、別にどっちでもいいんですけど」
「白いのはコマきゅんって言うんだけど、先に来た子に渡しちゃったんだ」
控室の机の上に、その人の服がきちんと畳んで置いてあった。
「半袖と半ズボン持ってきてくれた?」
「あ、はい」
「外は肌寒いけど、着ぐるみの中はめちゃくちゃ暑いからね」
着ていたパーカーと裏起毛のズボンを脱ぐと、控室のヒヤリとした空気が直接肌に触れる。
職員さんに手伝ってもらって着ぐるみに入ると、あったかいものに包み込まれる心地がした。
(……って、包まれてる場合じゃねぇ!)
モテるためにこのバイトを受けたってのに、女子たちからしたら僕ってただの黄色い狛犬のゆるキャラなんですけど!? 顔全く見えないんですけど!!
これは致命的な誤算だった。
だからといって今更断るわけにもいかず、僕は渋々コマりんの頭をすぽっと被った。
「うん、いいね! 七種君だっけ? すごく似合ってるよ!」
着ぐるみが似合うとか言われても、ちっとも褒められてる気がしないんですけど。
「あの、それで、僕は一体何をすればいいんでしょうか?」
「これから七五三シーズンだから、お参りに来てくれた子供たちに手を振ったり、風船を渡したりして欲しいんだ。本番はお正月だから、まずはコマりんに慣れるつもりで」
風船を持って境内に出ると、さっそく着物を着た子供たちが、わらわらと僕の所へ集まってきた。
うん、すごい人気ぶりだ。めっちゃモテてる。でもちょっと、僕が期待してたのとはなんか違う。
「ネコの着ぐるみだ!」
「違うよ、獅子舞だよ!」
しかも狛犬だってこと、子供たちには全然伝わってない。
子供たちに囲まれてあわあわしていた時、不意にうっとりとした女子の声がすぐ近くから聞こえてきた。
「ねえ、あの人かっこよくない?」
僕が思わずばっと振り返ると、巫女服を着た女子が数人、僕の反対方向を見ながらキャッキャッと黄色い声を上げていた。
(そりゃそうだよな。こんな着ぐるみ着てるやつがかっこいいわけ……)
「榊森君だっけ? 確か高校生なんだよね?」
「そうそう。今年は着ぐるみ係、二人とも高校生なんだって」
……なんですと?
女子たちの熱い視線を辿った先にいたのは、白い着ぐるみの狛犬だった。
(あっ、あいつが先に来てたっていう……)
その狛犬が動いた瞬間、女子たちがはぁっとため息をついた。
「やっぱりかっこいい……」
いやいや! どの辺が? もこもこの着ぐるみがもっさり動いてるだけなんですけど!?
キュンか? 名前がコマきゅんだからキュンとしちゃうのか!?
僕のところには小さい子供や、わんぱく坊主ばっかり集まってくる。なのになぜかコマきゅんのところには、子供だけでなく若い女性の参拝者も集まっている。巫女さんたちも、自然な流れでコマきゅんに近づこうとしているのがバレバレだ。
(おかしい。同じ着ぐるみのはずなのに、一体何が違うっていうんだ……?)
どうしても納得いかない僕は、コマきゅんを観察することにした。
やつの動きは、当然ゆっくりのっそりしている。どちらかというとぎこちなくて、かっこいいからは程遠い。
しかし、彼がすっと子供に手を差し出すのを見た瞬間、女子たちが再びため息をついた。
(今のタイミングってことは、かっこいいのは“仕草“?)
仕草って、具体的にどんな仕草だよ?
僕は子供の列の隙間から、白い狛犬の手元を凝視した。
しばらく観察していると、コマきゅんは子供に風船を渡す時、ちゃんと子供の視線に合わせてかがみ込んでいるのが分かった。
(あの着ぐるみを着た状態で腰をかがめるのって、けっこう大変だと思うんだけど……)
さらに彼は、風船の紐が手に食い込まないように、指先でそっと持ち替えてから渡している。
女子がキャーキャー言うのって、普通イケメンに対してのはずだ。
それなのに、あんな着ぐるみを被って、顔なんか一ミリも見えていないっていうのに、仕草だけで女子にキャーキャー言われるなんて……
(なんだよそれ。ずるくないか)
この時ばかりは顔が見えないバイトでよかった。コマりんが常に緩い笑顔でいてくれるおかげで、僕は自分の心のままの表情で仕事を続けることができたから。
職員さんの指示で、マスコットは同時に休憩に入らないようにしていたから、僕は結局コマきゅんの中身と仕事中に話す機会が一度もなかった。
それがようやく訪れたのは、その日の仕事を終えて、控室に戻ってきたタイミングだった。
「二人ともお疲れ様!」
職員さんに手伝ってもらってすぽっと頭を外すと、こもっていた空気から一気に解放される。大きく息をついている時、隣でコマきゅんの頭もすぽりと外された。
(あ……)
少し長めの前髪が、汗で額に張り付いている。大きな手でそれをかき上げると、綺麗な額と涼しげな目元があらわになった。すっと高い鼻に薄くて形の良い唇は、芸能人だと言われても不思議じゃなかった。
(これは……マジもんのイケメンってやつだ)
「……あの」
ぼーっとしているところに、落ち着いた低い声をかけられて、僕ははっと我に返った。うっかりこのイケメンに見惚れてしまっていたようだ。
「あ、ごめん。なに?」
「ぼんやりしてるみたいですけど、大丈夫ですか?」
そう言いながら、彼はタオルを僕に向かって差し出した。
「汗だくですよ」
緩い笑顔の着ぐるみを外した彼は、イケメンだけどかなり無表情だった。声も低いし、感情が読めない。
でも――タオルを差し出す手が、とても優しかった。
触れた指先が、思いのほか冷たい。
僕の心臓がドクンと変な音を立てた。
(あれ……今の、なんだ?)
「うちの近くの神社、男子も募集してるって! しかも高校生可!」
「えっ、マジで?」
いつもつるんでる仲間の一人が、さっそくクシャクシャになった白黒のチラシを机の上に広げている。
「本当だ。てか二人って、少なっ!」
「女子は十人以上なのにな。男子は二人だけって露骨すぎるだろ」
「お正月に向けての準備なんだろうね」
「神社の裏方って、男子もいけたんだな」
机を囲んでいた僕らは、チラッと教室の女子を振り返った。
「……巫女服着た女子って、可愛いんだろうな」
「待てよ。男子二人だけって、これもしかして巫女さんにモテモテなんじゃね?」
可愛い女子にモテモテ!
そんな不純な動機で、僕らはそのバイトに申し込んだ。その結果、なんと僕だけ採用されることになったのだ。神様ありがとうございます!
が、しかし。
「はい! 今日からよろしくね!」
バイト初日、 浅葱色の袴を身につけた職員さんに渡されたのは、でっかいふわふわの着ぐるみだった。ほらあの、カポッと頭からすっぽり被るやつ。
「え……あの、これって……」
「狛犬のコマりんだよ。うちの神社のゆるキャラ!」
可愛らしくデフォルメされた狛犬の黄色い顔が、僕に向かって緩く笑いかけている。
「……黄色、なんですね」
「あ、もしかして白い方がよかった?」
「いや、別にどっちでもいいんですけど」
「白いのはコマきゅんって言うんだけど、先に来た子に渡しちゃったんだ」
控室の机の上に、その人の服がきちんと畳んで置いてあった。
「半袖と半ズボン持ってきてくれた?」
「あ、はい」
「外は肌寒いけど、着ぐるみの中はめちゃくちゃ暑いからね」
着ていたパーカーと裏起毛のズボンを脱ぐと、控室のヒヤリとした空気が直接肌に触れる。
職員さんに手伝ってもらって着ぐるみに入ると、あったかいものに包み込まれる心地がした。
(……って、包まれてる場合じゃねぇ!)
モテるためにこのバイトを受けたってのに、女子たちからしたら僕ってただの黄色い狛犬のゆるキャラなんですけど!? 顔全く見えないんですけど!!
これは致命的な誤算だった。
だからといって今更断るわけにもいかず、僕は渋々コマりんの頭をすぽっと被った。
「うん、いいね! 七種君だっけ? すごく似合ってるよ!」
着ぐるみが似合うとか言われても、ちっとも褒められてる気がしないんですけど。
「あの、それで、僕は一体何をすればいいんでしょうか?」
「これから七五三シーズンだから、お参りに来てくれた子供たちに手を振ったり、風船を渡したりして欲しいんだ。本番はお正月だから、まずはコマりんに慣れるつもりで」
風船を持って境内に出ると、さっそく着物を着た子供たちが、わらわらと僕の所へ集まってきた。
うん、すごい人気ぶりだ。めっちゃモテてる。でもちょっと、僕が期待してたのとはなんか違う。
「ネコの着ぐるみだ!」
「違うよ、獅子舞だよ!」
しかも狛犬だってこと、子供たちには全然伝わってない。
子供たちに囲まれてあわあわしていた時、不意にうっとりとした女子の声がすぐ近くから聞こえてきた。
「ねえ、あの人かっこよくない?」
僕が思わずばっと振り返ると、巫女服を着た女子が数人、僕の反対方向を見ながらキャッキャッと黄色い声を上げていた。
(そりゃそうだよな。こんな着ぐるみ着てるやつがかっこいいわけ……)
「榊森君だっけ? 確か高校生なんだよね?」
「そうそう。今年は着ぐるみ係、二人とも高校生なんだって」
……なんですと?
女子たちの熱い視線を辿った先にいたのは、白い着ぐるみの狛犬だった。
(あっ、あいつが先に来てたっていう……)
その狛犬が動いた瞬間、女子たちがはぁっとため息をついた。
「やっぱりかっこいい……」
いやいや! どの辺が? もこもこの着ぐるみがもっさり動いてるだけなんですけど!?
キュンか? 名前がコマきゅんだからキュンとしちゃうのか!?
僕のところには小さい子供や、わんぱく坊主ばっかり集まってくる。なのになぜかコマきゅんのところには、子供だけでなく若い女性の参拝者も集まっている。巫女さんたちも、自然な流れでコマきゅんに近づこうとしているのがバレバレだ。
(おかしい。同じ着ぐるみのはずなのに、一体何が違うっていうんだ……?)
どうしても納得いかない僕は、コマきゅんを観察することにした。
やつの動きは、当然ゆっくりのっそりしている。どちらかというとぎこちなくて、かっこいいからは程遠い。
しかし、彼がすっと子供に手を差し出すのを見た瞬間、女子たちが再びため息をついた。
(今のタイミングってことは、かっこいいのは“仕草“?)
仕草って、具体的にどんな仕草だよ?
僕は子供の列の隙間から、白い狛犬の手元を凝視した。
しばらく観察していると、コマきゅんは子供に風船を渡す時、ちゃんと子供の視線に合わせてかがみ込んでいるのが分かった。
(あの着ぐるみを着た状態で腰をかがめるのって、けっこう大変だと思うんだけど……)
さらに彼は、風船の紐が手に食い込まないように、指先でそっと持ち替えてから渡している。
女子がキャーキャー言うのって、普通イケメンに対してのはずだ。
それなのに、あんな着ぐるみを被って、顔なんか一ミリも見えていないっていうのに、仕草だけで女子にキャーキャー言われるなんて……
(なんだよそれ。ずるくないか)
この時ばかりは顔が見えないバイトでよかった。コマりんが常に緩い笑顔でいてくれるおかげで、僕は自分の心のままの表情で仕事を続けることができたから。
職員さんの指示で、マスコットは同時に休憩に入らないようにしていたから、僕は結局コマきゅんの中身と仕事中に話す機会が一度もなかった。
それがようやく訪れたのは、その日の仕事を終えて、控室に戻ってきたタイミングだった。
「二人ともお疲れ様!」
職員さんに手伝ってもらってすぽっと頭を外すと、こもっていた空気から一気に解放される。大きく息をついている時、隣でコマきゅんの頭もすぽりと外された。
(あ……)
少し長めの前髪が、汗で額に張り付いている。大きな手でそれをかき上げると、綺麗な額と涼しげな目元があらわになった。すっと高い鼻に薄くて形の良い唇は、芸能人だと言われても不思議じゃなかった。
(これは……マジもんのイケメンってやつだ)
「……あの」
ぼーっとしているところに、落ち着いた低い声をかけられて、僕ははっと我に返った。うっかりこのイケメンに見惚れてしまっていたようだ。
「あ、ごめん。なに?」
「ぼんやりしてるみたいですけど、大丈夫ですか?」
そう言いながら、彼はタオルを僕に向かって差し出した。
「汗だくですよ」
緩い笑顔の着ぐるみを外した彼は、イケメンだけどかなり無表情だった。声も低いし、感情が読めない。
でも――タオルを差し出す手が、とても優しかった。
触れた指先が、思いのほか冷たい。
僕の心臓がドクンと変な音を立てた。
(あれ……今の、なんだ?)



