告白現場に遭遇したら、まさかの俺の推しだった

 買って食べ終えたドーナツの袋がベンチにポツンと置かれて、俺らは星空の輝きに目を奪われた。やっぱり星っていうのは相手を魅了して興味を惹かせる何かがあるのだろうか。今夜の月は一口(かじ)られてしまった。欠けてはいるが、輝きという義務を忘れず、暗闇の中でも目移りせず自分の長所を見せている。まるでネットで脚光を浴びたアカウントのよう。
「綺麗。…僕ね、星空見てると何も考えないで現実から離れて落ち着いて見られるの」
「……俺も。ストレスとか発散できないときは夜空見るようにしてる」
「俺の推しがね、言ってたの。『ストレスが溜まっちゃうとどうしても、アレが嫌だ、コレが嫌だって何も続かなくなっちゃう。でも見ることは何もする必要はないからストレスも溜まりにくい。だから俺は星空を見てるんだ』って言ってたんだけど、ちょうど窓から星空が見えて、『本当だ』って感じたんだ!」
 俺、いつそれ言ったんだ~? 配信しすぎると話題の時間軸バグるから思い出すの難しいんだよな…。
「…良い推しに出会えたんだね。そういえば、俺の推しの話をしてなかったね」
「聞きたい‼」
「いいよ。推しはね、とことんギャップのある人なんだ。例えば、真剣な場面であれば、表情も仕草も動作もすべてが真剣なムードだけど、だらける時は本気でだらけているタイプなんだ。初めて動画で見たときはすごくかっこよくて一つ一つの動作がまるで輝いて見えた。まぁ照明も相まって本当に輝いてたけどね。それでも観客とか見てる人に希望と喜びを与えてくれて、前に進もうと思える。俺がその大勢の中の一人。最初は、推しっていうのは手が届くことがなく、言葉に表せないほどすごい人なんだって思ってた。だけど、最近はなんだかそんなことないのかなって考えてる」
 俺の話を真剣に聞いてくれる梔子はなんだか勤勉な少年みたいでまじまじと見られて恥ずかしい。だけど今話してる推しに対して推しを語るのはなんだかむず(がゆ)い。
「推しのギャップは可愛い! 僕の推し可愛いんだよ! 見て見てこのイラスト神ってる! まじ愛しい‼」
 見せてきたイラストは結構前のもので、古参じゃないと見ることができないもので。俺もこのイラストはお気に入りでホーム画面にしてるほど衣装もポーズも表情もすべてが良すぎる一枚。もちろん差別なしで他のイラストレーターが描いてくれたイラストも大好き。それでもこの一枚は好きだ。
「……分かる! このイラスト神! まじでいい顔してる!」
 意気揚々と賛同することを予想していなかったのか梔子はポカンと小さな口を開けている。
「…あ、ごめん。びっくりさせた」
「ううん! 大丈夫!」


 俺らは夜遅くまでお互いの推しについて語り合っては共感し合う。公園の時計を覗くともう日を(また)ぐ一時間前を過ぎていた。

「…もう時間だし、帰る?」
 寂しさが混じった言葉をかけたのは梔子からだった。
「…そうだな。送ってく」
「ありがとう」



『皆こん浅~! 浅雲(あさぐも)だよ! 今日も元気に配信やっていこうー!』
 梔子の家まで見送り、自宅に着くなりゲリラ配信を開始する。
『今日は雑談配信だからリスナーの皆一緒に話そう!』
 目の前の配信確認用のパソコンにはいつも通りビジュアルがものすごく神ってるイラストが左右に揺れたり、横向いたりと柔軟に動いている。
『今日ね、昔のリスナーが描いてくれたイラストを振り返ってたら懐かしいってイラストがあって皆に共有したい! 見て見てー』
 見せたイラストは梔子と話していたものでどうしてもリスナーに共有したくて帰ってからうずうずしていた。
『洗濯機バターさん投げ銭ありがとう! コメントなし! もったいないよ~。いいのー?』
 洗濯機バターさんは喜びたっぷりに
『大丈夫です! お賽銭だと思ってください!』と言ってくれた。
『お賽銭って何かしら願うためにするものでしょ~』
 笑いながら配信者らしくリスナーのコメントにツッコむ。
『でもありがとう! そうだ‼ 皆に言いたいことがあってさ』
 リスナーたちは俺の話題に興味津々でコメントが流れていく。
『永遠っていうドーナツ屋のこと知ってる?』
 やっぱりリスナーは優しく
『知ってる! ネットで美味しいって評判になってた店でしょ?』やら『知ってるけど名前だけ』など多くの言葉が飛び交う。
『今日というかさっき友達と行ってきたんだけどめっちゃ美味くてさ! しかもその友達がドーナツを小動物みたいに食べてて可愛すぎる‼ あと、公園にいたからその子に影とかでめっちゃ見惚れてた! ……浅雲くんがリア友を語るなんて珍しいね。か……。そうかな? 俺よく話してると思ってた』
 笑って誤魔化すが、リア友の話なんて俺の記憶でもほぼ言ったことがない。内心では、リア友について話してしまって特定されないか心配だったが、配信で語ってから少し経ってもバレる気配はない。俺は少し安堵と喜びが同時に芽生えるのを感じた。

『てか、今度からゲーム配信もありかなって思ってきて皆はどう思う?』
 とりあえず、話題を変えつつ、いつも通りの振る舞いを心がけると、リスナーたちも俺のノリに乗ってくれたり、俺がリスナーにツッコんだりとまったりと会話を進める。

『……さて、もう配信終了しちゃうね! また明日! おつ浅~!』





「ねぇ、浅葱。今日の昼少し話そう?」
 いつもとは違う何か圧を感じさせる言葉が俺の心にぐさりと刺さる。
「……うん、いいよ?」
 なんのことなのかさっぱり分からず、いくつか考えた結果。昨日、癇に障ることでもしたのだろうか。と悩んでいると、それを見ていた山吹と韓紅が俺らに近づき、「何かあったの?」と韓紅が先陣を切って梔子に尋ねてくれた。
「浅葱にだけ言いたいから、ごめん。言えない」
「そっか、浅葱がなんかしたんだろうな…」
「山吹⁉ 俺何もしてないんだが?」
 お笑いと雰囲気を崩さないように山吹が気を使ってくれて、暗い雰囲気になることはなかった。
 しかし俺がなんかしたのか? 俺何もしてないと思うから無意識なのか?
 梔子が俺と話したい話題をギリギリまで考えたが、どうしても見当がつかない。



「ねぇ浅葱ってさ、配信者の浅雲くん?」
 いつもの場所で、いつもならすぐ座る梔子は、座らずに俺に語りかける。
 梔子から出てくるとは思わなかった言葉に驚愕と焦りを隠しきれず、「ち、違うよ」と詰まってしまう。
「昨日、ゲリラ配信してた浅雲くんから僕らが一緒に行った永遠の話題が出てきてしかも公園について話してて、もしかしたらって思ったの…。やっぱり浅葱が浅雲くんで当たってる?」
 もう隠すことは難しそうだ…。
 昨日の自分に怒りを抱きながら
「……俺が浅雲だよ」
 と素直に認める。
 すると梔子は何も話すことなく、俺の前から姿を消すように走って立ち去る。
 その事実を俺は受け入れることができず、ただ梔子が去っていく後ろ姿に手を向け、待ってくれと心の中で願うことしかできなかった。もとはと言えば俺が梔子に姿を明かさなかったのが悪い。これまで言える時間はいくらでもあったはずだ………多分。
 俺のことを語ってくれた梔子はまるで好きな人を見ているように話してて目をキラキラと輝かせ隠せていなかった。
「……言えなくてごめん」
 俺はただその場に崩れ落ちて謝ることでしか自分を維持できなかった。
「…あれ梔子は?」
 一人で教室に戻って来た俺に素直な疑問を山吹が訊いてくる。だけど今の俺にはその質問は酷だ。
「さっき、解散したんだ」
 今はこの言い訳が精一杯だった。でも山吹と韓紅は察したのかそれ以上は聞いてくることはなかった。
 午後の授業に梔子が出ることはなかった。
 先生が言うには昼休みくらいに早退したらしい。
「…浅葱、お前がこのプリント渡してくれないか? 梔子と仲良かっただろう」
 先生が午後分のプリントを差し出して、俺はしぶしぶ了承するしかなかった。

 重い足を出しながら、昼のことを思い出す。
 悲しさと喜びが入り混じった顔が目の前に出た瞬間、後悔しか芽生えなかった。俺が言っておけばよかったとか言わなかったらどうなっていたんだろうって、ずっと自分を責めてばかり。
「ごめんな……梔子」



 梔子の家のインターホンが鳴ると、俺の心は何がなんだか分からなくなっていた。
「はーい。何でしょう?」
 出てきた声は高く女性の声だった。
「…梔子の友達の浅葱と申します。梔子にプリントを持ってきました」
「分かりました~すぐ開けますね」
 会話が終わってすぐに玄関の方面からガチャッと軽い音が鳴る。
「いらっしゃい。梔子の母です。多分、今は自室にいると思います。さっき聞いたら体調は少し回復したみたいなので、ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」

 コンコン。
 ノックをしたが返事は来ない……か。
「梔子、俺だよ。昼はごめんな…顔を合わせて話したい」
「……扉越しが良い」
 何かに遮られて梔子の声は掠れと曇りがあってあまりよく聞こえなかった。
「出来れば顔を見て話したい」
 俺の願いの返事は無言で終わった…と思ったが、静かに扉が開き、布団に包まった梔子?が来た。だけど、顔が隠れてよく見えない。
「梔子、顔見たい」
「ダメ…今は誰にも見せられない顔してる」
 やっぱり梔子だ。
 俺は布団に手を回して梔子の後頭部を手のひらで優しく支えてハグをする。暖かくて小さな梔子は俺の身体にフィットする。
「…ごめんな梔子。隠し事しててごめん」
「……」
 黙っているけど、俺は何となく梔子の思いが伝わったように思える。今、体温を感じるようにゆっくりと俺の心を包む。
「もうそこは怒ってない…。俺がずっと素で推しと話してたのがびっくりで」
「……俺も君が推しだよ。梔子のピアノ姿に惚れて、ずっと動画越しに見てた。綺麗な姿、かっこいい姿、美しい姿。いろんな梔子が映った動画を見てきたけど、すごくかっこよくて美しくて、皆を魅了するような梔子が好きだった。でも高校が一緒になったことで、梔子の告白現場を見たことで、こうやって付き合って素の梔子を見られたことによってもっと惚れたし、推しとしても恋人としても梔子が大好き」
「…ありがとう。嬉しいけど、浅葱って俺のこと推しだったの?」
「うん。大好きで綺麗で釘付けになるほど好き」
 布団から出てきた梔子の顔は可愛くてしかも上目遣い‼ 可愛すぎる‼ 俺の推しが世界一‼
「どうしたの…?」
 うっかり自分の世界に行ってしまって困らせてしまった。でも…俺の推しの一つ一つの動作可愛すぎないか?
「可愛すぎるよ。もう…」
「浅葱⁉ 息できない。苦しいよ…」
 思いが大きくて強くハグしてしまい、再び俺の身体に埋もれてしまう。
「あぁ、ごめん」
 手の力を抜くと布団が落ち、薄着一枚の姿が露わになる。
「あれ、その服って俺の?」
「…うん」
 この前、泊まった時に忘れていった服。
 俺の理性はその姿を見たとき、プツンと糸が切れた気がした。
「梔子…」
 もう一度、強いハグをするが梔子は嫌がることなく俺を受け入れてくれた。それが許しだと察することができた。
「浅葱…大好き」
「俺も梔子が大好きだ」
 二人でベッドに座る。

 ベッドの軋む音が、静かだった部屋に響き渡る。



 気づけば、俺らは長い時間ハグをしていたみたいだ。俺も寝ていて、時間を気にすることもなかった。
「梔子~、ご飯よ」
 一階から聞こえてくる声で目覚め、梔子の身体を揺らして起こす。ずっと寝顔を見ていたかったが梔子のお母さんが来て一緒に寝ている姿を見せるわけにはいかない。

「あら、浅葱くんも夕飯食べていきますか?」
 寝起きの顔を擦っている梔子と一緒に一階に降りるとキッチンでカレーを作っていたお母さんが優しく聞いてくれた。
「…浅葱も食ってこ?」
 袖を掴んで揺らしながら、甘えた声を出す梔子に負けて
「ありがとうございます」
 と言葉に甘えた。

「「いただきます」」
 お母さんが作ってくれたカレーを口にした瞬間、少しの甘さと大きな辛さが美味しさとなって口に広がる。
「浅葱くん。いつもうちの梔子がお世話になっています。ごめんなさいね。いつも大変でしょう」
「母さん、言わなくていいよ~。困らせてないし!」
「いえ、いつもこちらこそお世話になっています」


 机を一緒に人と食べたのいつぶりだろう…。

「あら浅葱くん、ティッシュ」
「…あ、ありがとうございます」
 嬉しさのあまり、涙が出てしまい視界が歪んで美味しいカレーの色が滲んでよく見れなかった。
「大丈夫?」
 暖かい手が俺の背中をさすってくれる。
「大丈夫。一緒の机で食べるのいつぶりだろうって考えてただけ」

 素直にこの家族が羨ましい。一緒に食べて、楽しく話して、俺もこんな関係を家族と持ちたかった…。


 俺はもう一回、歪んだカレーを口に含む。