告白現場に遭遇したら、まさかの俺の推しだった

 高校生活にも梔子との関係にも慣れて、あっという間に季節が変わって、クラスのみんなが「恋人欲しい」とか「クリぼっち嫌だ」とか嘆きが教室を飛び交う中、次の授業で使う教材をトントンっと机に打ち付けて揃えていると、梔子から耳打ちで
「クリスマスイブかその次の日でもいいから冬の花火大会、一緒に行かない?」
 と誘われた。
 その日は前々から梔子と遊べないか煩悶(はんもん)していたところだった。
「行く…‼」
 気が付くと机より身体が前に傾き、自分でも驚くくらいの大きな声を出していた。反射で口を両手で覆い隠したが時すでに遅し。周りの生徒が俺らに視線を向け、疑問と圧のようなものを感じ取った。

「浅葱ってそんな大きな声出せるんだ」
 梔子の満開の花のような笑顔のおかげで、周りのクラスメイトは何もなかったと頭の中で決めつけ、再び騒がしい雑談に花を咲かせる。
「ま、まぁな」
 曖昧な返ししかできていないが、今の俺にはこの返事が限界だった。
 それも微かな声で…。
「じゃあクリスマスの日でいい?」
「それでいい」
 俺らは見つめ合ってお互いに了承を確認してチャイムが鳴る前に早めに解散する。梔子の背中を「もう解散してしまうのか」と少し悲しさを覚えながらもその方が恥ずかしさも今すぐガッツポーズしたい気持ちが表に出て、梔子に引かれてしまうかもしれない。それだけは避けたかったし、これがちょうどいいのかもしれない。
 なんだか立ち去る姿はウキウキとしていて左右にゆっくりと揺れているようにも見える。それもリズムに乗っているみたいに。微かに見える耳辺りが「寒い」だからという理由で異様に暖かくなった教室のせいで体が火照ったのだろう。耳が赤く染まっている。
 俺は火照っているが、多分梔子とは別の理由で赤くなっていると思う。どうしても長く思いを寄せる眼差しを梔子に向けていると心が騒めいて俺にはどうしようもできない。この思いをしたことがないからでもあるが、一番の理由はこの気持ちは決して梔子以外の人に向けたくないし、向けようとも考えないからだろう。
 チャイムが鳴ったのはその一瞬の出来事から数分は経っていたが、俺にとっては数秒のように感じ、心の中では切り替えに努めていた。


 この時間が来るまで心は慌て、高鳴ることが多く、焦りもあっただろう。あっという間の日々に俺は怒りさえ覚えた。
 聖なる夜は賑わいつつも、行列の時は礼儀を守って並ぶ人が多く、俺らはスムーズにイルミネーションを見ることができた。
「ねぇねぇ浅葱‼ あの木すごく綺麗!」
 俺の横でモコモコな綿のような形状をした主はグレー色だが赤色の線も入ったマフラーを巻き、コートで暖を取っている梔子が目を光らせながら俺たち全体を照らすイルミネーションの数々を見回し、一つの木に目を向けていた。
 その先には、青色と黄色の、自意識過剰なことを言ってしまうが、俺ら二人の髪色のカラーライトが絡み合った木が映る。
「そうだな」
 内心では少し濃くて思考があちらこちらと飛び交うような想像をしてしまったが、多分想像力が豊かすぎるせいだろう。
「近くに行ってもいい?」
 うっ、可愛すぎる……!
 身長差のせいなのか、梔子の小顔過ぎる顔だからなのか、まるで甘えてくる小動物みたいで射貫かれてしまう。
 俺が頷くとすぐさま俺の脇に小さくて細い腕を巻き付けて走り出す。
 え? ……え⁉
 頭の中がグルグルと回って理解が追い付いていない。俺の脳が処理しきれたのはその木の付近に到着してすぐのこと。
「く、梔子…?」
「ん? どうしたの?」
 無邪気なその顔が逆に言い出せない雰囲気を醸し出し
「なんでもない」とも言えないまま、その腕が俺の脇にしがみついていた。
 梔子さん。これはわざとなんですか?
 そう何度も何度も頭の中で問い、変な考えをしないように違うことを考えたり、辺りを見回したりと現実逃避に意識を向ける。
「……さぎ………浅葱~? 聞いてる?」
「…あ、あぁ聞いている」
「なら良かったけど、大丈夫? 体調悪いなら言ってね」
「…体調というか……その、腕が…」
「? 腕? ……あ⁉ ごめんね⁉ 嫌だったよね⁉ 本当にごめん‼」
 平謝りで深々と頭を下げて謝る梔子が見ていてどうしても申し訳なく感じてしまう。
「大丈夫。うれし……気にしてないから」
「それなら良かった……。浅葱には嫌われたくないし、嫌われたら俺ずっと泣いてる」
「そこまでか」
 つい、口角が上がって可愛すぎて笑いたくなってニヤニヤと揶揄いたくなって笑みが浮かんでいく。
「あ、嘘だと思ったでしょう! 本当だからね‼」
「分かったよ」
 本当にかわいいな。
「な、なんだよ~」
 気づけば、俺の手は梔子の頭の上を優しく撫でていて、照れてしまっているのが一目で分かる。
「可愛いね」
 言葉では「よしよし」と甘えた声は出さなかった。だけど、多分雰囲気が物語っていたのだろう。
 梔子が俺の腕を振り払おうと小さな手を伸ばし
「可愛くない‼」と言っていたが、力が弱いのもあってされるがままになっていた。
 それでも、その言動すらも可愛く愛おしい。最近……梔子には申し訳ないが思うことがある。
 それは「俺は梔子と本当に釣り合っているのか」というものだ。
 梔子は世界でも活躍している天才ピアニストであって俺はネット以外では言わば一般人に過ぎず" 普通の人間 "でしかない。そんな人が本当にこれから、いや今梔子と一緒にいていいのか…。
 ネガティブなことを考えるようになってしまったのは今に始まったことではない。配信者になる前はすごく色々考えて、自分を傷つけ、どうにかこうにか生きていた。流石に梔子と関係を築いてからはそんなことを考える時間はなかったし、考えようとも思わなかった。しかし梔子と付き合ってもう数か月は経っている。このままずっと梔子のことだけを考えて、ネガティブなことを考えないのは正直言って難しい。
「浅葱どうかしたの? 考え込んで少し眉間にシワが寄っちゃってるよ」
 俺の眉間のシワを軽くなぞるように触れてはトンッと人差し指で優しく叩いて指が離れていくと指でぼやけた視界が遠くまで見え、微笑む梔子の顔が段々と見えてきて、やっぱりこう思う。
「可愛いな」ってね。
「可愛くないよ~」


 梔子には否定されてしまったが、それでも可愛いし、俺だけの彼氏。独占欲が強くなるのは悪いことなのか? 俺は梔子だけが傍にいてくれれば俺は他には何も求めない。もうネガティブなことは考えない。梔子は素直で優しくて可愛い。俺を嫌いになれば、正直に言うだろうし、今の梔子を見ているとなんだか俺自身を肯定して認めてくれているように見える。もしそれが違ったとしても、俺は梔子を信じている。この思いが信用とか信頼のうんぬんかんぬんではなく、また違った" 何か "ということは心の底から分かっている。それが説明できないことも理解している。でも、きっとこれは思いをお互いにちゃんと教え合えてない証拠なんだと思う。俺はそう考えたが梔子はどう思うのか……。どんな思いでも俺は受け止めるつもりだし、それが俺を否定する言葉でも梔子の気持ちを優先したい。
 これって身勝手なのだろうか。相手にゆだねすぎなのか? いけないことだと言う人もいるかもしれないけど、これが俺の恋愛で梔子に求めていること。
「梔子…」
「? どうしたの?」
「愛している」
「……俺も愛してるよ‼」
 イルミネーションの光が笑顔でこちらを振り向く姿に当たって、梔子が少しだけどかっこよく思えて、思わず涙が出そうになった。だけど、かっこ悪いところはなるべく見せたくない。そう思って出かけた涙を堪えて俺も微笑み返す。



 その時、夜の暗闇に一輪の花が咲き誇る。

 それは常に光を放っているわけではない。凍てつくような孤独がその花火の最後にはあった。しかもその花は枯れていくように儚く恋しい。見る人を魅了するのは一瞬のことだろう。周りを惑わすことは容易く、俺らはそれをただ茫然と見るだけ。花火の音が胸の鼓動を激しくさせる。一瞬一瞬のその音と美しさが目を釘付けにする。その場で俺らは手を繋ぎ合って、梔子の小さな手に「壊れてしまうのではないか」と少し驚きを持つ。





「浅葱、浅葱‼ この後、行きたいところあるんだけど、一緒に行かない?」
「いいよ。どこに行きたいの?」
「ドーナツ屋さんなんだけど、夜はそこで済ませてもいい?」
「大丈夫。連絡だけするから少し待ってて」
「ん…」
 ズボンの後ろポケットから携帯を取り出し、慣れた手つきで家政婦さんの連絡先を押して文字を打つ。その合間に暖かくて、でも、お腹あたりには冷たいものが触れた。
「…ど、どうした⁉」
「少し寂しくて、連絡終わるまででいいからギューしててもいい?」
「うっ…。いいよ」
「えへへ…ありがとう」
 文字を打っている最中、背後では温かい息が伝わってくる。恥ずかしさを覚えたが、梔子から甘えてくることなんて滅多にない…これまでなかったことがすごく嬉しくて永遠にこのままでいいと心の中で願う。それでも、時間は進むもので連絡が終わって再び後ろポケットに仕舞う。そっと腕が離れていって寂しさを覚えてしまう。
「…じゃあ行こっか」
 縮こまった体が俺から離れていく。
「ま、待って」
 とっさに冷たい腕を掴んで
「店に着くまで手、繋ごう」
「…うん! する‼」
 自分のポケットに手を繋いだ状態で仕舞いこんで強く握る。ポケットの中はひんやりとしていたはずなのに俺の感覚では温かいと思えた。




 暗い夜道を口頭で辿った先は「永遠」と看板に書かれた小さな店が見えた。新しく作られた建物だろうか、中は新しく、昼は店が繁盛していたみたいで出されているドーナツの在庫があまり少ない。だけど梔子はドーナツを見るなり
「ここ新しくできたって有名だったんだ! 来てみたかった!」
 テンションが上がって陳列されたイーストドーナツやポンデリング、シュードーナツなどを店で用意されている細長い器とトングを持って覗き込む。
 最初、手に取ったのはポンデリングだった。白いコーティングが施されていて夜の店に明るさを保とうとするライトがポンデリングに当たって光を反射させる。このポンデリングだけじゃないここにあるほとんどが作られて商品として店に出されてからそんな時間が経っておらず、出来立てで出されている。

 俺も迷いながらも、トングでシュードーナツを持ち、器に整列させる。すでにいくつかのドーナツが並べてあって、その器はニコニコと微笑んで目を輝かせる梔子が持っていた。まだ、他の商品を凝視しているところを見ると可愛らしく思い、俺までも笑みがこぼれてしまう。
「僕はもうこれで大丈夫!」
 そう梔子が区切りをつけたのはあの時から数分経ってからだった。
「じゃあ買いに行くか」
「うん‼」
 純粋無垢でこんな可愛い子を俺は傷つけたくないとそう誓う。

「ねぇこのドーナツさ、公園で食べない?」
「いいけど、帰る時間大丈夫なのか?」
「まだ大丈夫!」
「じゃあ行くか」
 手を目の前に差し出すと、もう食べたい気持ちが勝ったのか慣れてしまったのか恥じらう素振りも見せずに手を繋いでくれた。冷たい手が触れた瞬間は全身が刺激されるはずなのにその時は俺だけが熱く、それどころではなかったみたいだ。




「梔子はここ座って」
 人が少なく、静まり返ったベンチを指さして梔子が持っていたドーナツの袋を貰う。
「浅葱ありがとう!」
 公園のベンチというのも高校生二人が座れば幼少期の「広かった」という記憶が塗り替えられて、隣同士が少し窮屈だと気づく。
「食べたい!」
 おやつを見ては尻尾を振って待つ子犬のようで本当に尻尾と耳が見えた気がした。
「はいどうぞ」
 梔子の分を袋の中に入れておいて、そのまま渡すと「どれから食べよう♪」と鼻歌混じりの声で一番上にあったポンデリングに目を付ける。
「いただきます!」
 一つ一つ丸型のドーナツは梔子の小さな口にフィットして何口か食べては「美味しい」と声が漏れて、俺も自分のシュードーナツを見て唾を飲んだ。
「いただきます」
 一口噛めば中に入っていた生クリームだろうか口の中に広がっては暴れるのはなく、しみ込んで口にいれたらあっという間になくなってしまって。今は生地だけが口の中に残る。もう一度食べても同じ現象が起き、食べ終わるときは少し寂しさを覚えてしまう。
「もう無くなっちゃった」
 梔子が指に付いた生クリームを舐めながらそう言葉をぽろりとこぼす。
「…そうだな。また今度もう一回行くか」
「うん‼」
 公園の小さな時計台を覗けば深夜の時間帯になりかけて、そろそろ帰ろうか悩む。だけど梔子とまだ話していたいし、見ていたい。

「そろそろ……帰る?」
 梔子は悲しさ混じりに下を向いている。
「もう少しだけ一緒にいてもいいか?」
 俺も悲しさがあったのだろう。声が少し震え、オドオドとしていたはずだ。
「うん‼」
 梔子の大きく元気な声は俺の震えた心をゆっくりと抱きしめ、安心をもたらしてくれた。