君影草の涙〜君がため みそひともじ〜

「こちらです!」
離れの前についた伊織と琳。誰も近づくことは許されていないその場所は昼のはずなのに暗がりで、妙な気配が漂っていた。離れに入ろうとする2人の前に警備の男が2人現れる。門番のようだ。
「なんでしょう?」
「清乃様に会わせてください!」
「琳様、知っておられるでしょう?清乃様は誰とも会いませぬ。誰も入れてはならないと、そう言われております。」
「急いでいるのです!」
六花の琳でさえ、入口から覗くことも許されないその様子に伊織は唇を噛んだ。そのとき、バシャリ、近くで水をひっくり返す音が聞こえた。
「きゃあ!」
「あら…」
「すみません!」
そちらに伊織たちと門番が目を向けると、紅葉と小町がいた。2人とも頭から着物まで全身びしょびしょだ。水瓶を持った侍女が謝っている。小町がため息をついた。
「困ったわ…着替えようにも着物が水を吸って重くて、部屋まで歩けない…。」
そう言ってしゃがみ込む。紅葉も小町に寄り添って、しゃがみ込んだ。2人の魅力的な目が門番たちを見る。
「ねぇ、お願い…あたしたちを部屋に連れて行ってくれないかしら…?」
「お礼は部屋で…」
うるうるとした目で門番を見つめる。美女2人に見つめられ、門番たちは吸い寄せられるように近寄った。
「その…自分たちでよければ…」
「あら、優しい殿方!」
小町が微笑む。国1番の美女の笑顔に心を奪われる門番たち。ハッとして、伊織と琳を見た。
「とっ!とりあえず、入ってはなりませんからね‼︎」
門番が厳しい目でそう言うと、紅葉が門番の頬に触れ、自身の方へ向かせた。
「ねぇ…あたし、寒い…」
「失礼しました!すぐに!」
弱った様子の紅葉を焦って横抱きする門番。もう1人も小町を抱き抱える。
「では!」
そう言って門番は紅葉たちを連れて行った。「力が強くて素敵!」なんて言われて門番はもう2人に夢中だ。伊織と琳がポカンとしていると水瓶を持った侍女が近づいて小声で話す。
「今のうちに行ってください!紅葉様と小町様が、自分たちが門番の気を引いてるうちに行くように、と言っておりました!」
「…!紅葉様と小町様、手紙読んでくれたんですね!ありがとうございます!」
琳がうれしそうに言うと、侍女はこくりと頷いた。
「伊織、行きましょう!」
離れに入る。そこは入口よりも薄暗く、なんだか不気味だ。
「ここに清乃様が…」
琳の喉からごくりと音がした。緊張で手が少し震えている。伊織は扉に手をかけた。
「失礼します!」
勢いよく扉を開け、中を見る。泉の部屋より薄暗いその部屋はぐちゃぐちゃに荒れ果てていた。
「清乃様…?」
伊織が部屋に問いかけると、奥の方から布の塊が、ごそりと動いた。
「ひっ⁉︎」
琳が引き攣ったような声を出す。布の塊は女性の着物だった。
「あれが…清乃様…?」
ボサボサの髪、げっそりと痩せた頬は青白く、生気のない目はどこか虚だ。
「いえ…清乃様はとても美しい方で…そんな…」
琳の動揺が、清乃の姿が変わり果てた姿だということを裏付ける。
「…だれ?」
「伊織と申します。」
震える琳の前に立ち、伊織が名乗る。
「君景様の呪いを解くため、宮中に来ました。」
そう言うと、清乃の空気が変わった。
「君景の呪いを…?あの子は呪わねばならない。あの子のせいで君孝は死んだ…。」
ぶつぶつと言う、清乃に伊織は眉を顰めた。
「それは…流れいた噂…?」
伊織の声は清乃には届いていない。清乃は爪をガリガリと噛んだ。
「あの子が…あの子がいなければ…君孝は死なずに…‼︎」
「君景様だって、清乃様の大切な息子でしょう!」
伊織は叫んだ。清乃の血走った目が、伊織に向いた。
「五月蝿い‼︎君孝は、出来も良く、優しく、聡明で私の側にずっといた‼︎何を考えているか分からない君景より君孝の方が大事に決まってるでしょう‼︎」
清乃の言葉を聞き、殴られたようなショックを受ける伊織。思い出したのは君景の子どもの頃の話。『兄が母からもらった菓子を譲ってくれた』という話だ。不思議だった。なぜ君景はお菓子をもらっていなかったのか。あれは、清乃様が君孝様を君景より、愛していたからだったのだ。
「ゔゔゔ…‼︎」
清乃は苦しそうに呻きながら、1つの壺を抱えた。
「伊織!きっとあれは…蠱毒です!」
琳が壺を指差し、叫んだ。
「蠱毒…⁉︎」
『蠱毒』それは、古代より伝わる、毒虫や小動物を壺に閉じ込めて共食いさせ、生き残った一匹に呪力を宿らせて呪殺に用いる最凶の呪術。
「あれが君景様の呪いの元凶…‼︎」
伊織が壺に手を伸ばしそうとする、その時。
「きゃあ⁉︎」
ドタン!と音がして、琳が叫んだ。振り返った伊織の首にヒタリと冷たいものが当たる。
「…!」
「そこまでにしていただきましょうか。」
低い声。首に当たるものを確認すると、ギラリと光る刃物。それを持つのは、伊織が宮中に入る時に話した臣下だった。
「あなたは…!」
「ここには人が近寄らないようにしていたんですがね。」
そう言う臣下の後ろには、刀や槍を持った複数人の男たち。
「清乃様を抜け道から連れ出せ。」
臣下がそう言うと、男たちは蠱毒を抱えたままの清乃を連れて行く。
「あなたは…!」
押しのけられ、倒れていた琳が目を見開いた。すると、伊織に刀を向けていた臣下がニヤリと笑う。
「おやおや、琳様。覚えておいでか。そうです。あなたが私に教えてくれたんですよ。…紫乃様が宮中を抜け出していたことを。あれのおかげで、私は自分がどうすれば、この国を私のものにできるか思いついたのです。」
その言葉を聞いた琳は青ざめ、ガタガタと震えた。
「紫乃様が抜け出したと言ったら君孝様、慌てて追いかけなさって…そこからは手下を使い、2人を殺し、清乃様には君景様が君孝様を殺したと思い込ませた。君孝様を失った清乃様は、扱いやすかったですよ。心が弱り、色んな人間に当たり散らし、人が離れてしまった清乃様に、『君景様を呪ってしまえばいい、蠱毒を用意しよう』と言うとすぐに飛びつきましたよ。」
ニタリと化け物のような笑みでうれしそうに話す臣下。
「君景様が亡くなったら、清乃様を操り、帝を操ればいい…。そうすれば、国は私のものだ!」
笑う臣下。
「紫乃は…紫乃はそんなことのために…。」
伊織の声は震えている。
「紫乃様には悪かったですけどねぇ。あぁ、君孝様は紫乃様を庇われて死にましたよ。紫乃様もすでに斬った後だったので庇おうがすぐに死にましたがねぇ!」
臣下はそう言って、下品に笑った。伊織の目はつりあがり、青筋がたっている。
「琳様、伊織様。あなたらもすぐに紫乃様の元に連れて行ってあげますよ…。」
そういい、臣下が刀を持つ手に力を入れようとした。その時。
「伊織から離れてもらおうか!」
勇ましい声が聞こえて、ヒュン!と音が鳴った。一本の矢が臣下の腕に刺さる。
「ぎゃぁぁあ⁉︎」
刀を落とす臣下。臣下は腕を押さえたまま、抜け道の方へ逃げるように走った。
「大丈夫か⁉︎」
「友代様⁉︎」
現れた人物に、琳は驚きの声をあげる。そこには弓を持ち、刀を腰に差した、まるで男性のような格好をした友代が立っていた。
「友代…。」
ヘタリと座り込んだ伊織に友代が駆け寄る。
「その格好は…?」
「実は…ずっと前から武道をこっそりと。役に立てて良かった…!」
「ありがとう…!でも、臣下が逃げて…!」
伊織が言うと、友代がにこりと笑った。
「それなら大丈夫。」
「な、なんなんですか‼︎」
臣下の声が聞こえた。友代が、伊織と琳に手を差し伸べ、立ち上がらせる。ドタバタと音が聞こえ、離れに、臣下、清乃、男たちが戻ってきた。その後から、雪崩れるように人が入ってくる。
「蓮華様!」
伊織が叫んだ。宮中の侍女や従者を引き連れて現れたのは蓮華だった。鉢巻にたすき掛け、そして手には薙刀。周りの侍女たちも同じ格好をしており、従者たちは刀を持っている。
「この蓮華!間違いを犯した人間を逃しはしません!ここは通しませんよ!」
そう言い、抜け道につながるであろう廊下を防ぐように立つ。
「なっなぜ、抜け道の出口から…⁉︎この道は代々帝に仕えている者の中でもごく一部しか知らないはず…!」
臣下は慌てふためき、口から泡を飛ばしながら、叫んだ。
「…代々仕えている、ごく一部…ひひ…。えぇ…泉は知っておりますよぉ…。」
きりり、と立つ蓮華の後ろから、泉が不気味に笑いながら、顔を出した。
「いっ…泉様…!」
臣下の顔が青ざめていく。臣下と男たちは、目が虚になった清乃を連れ、伊織たちの方に逃げようとするも足を止めた。
「もう逃げられないんじゃない?」
「こっちも人、いるわよ?」
紅葉と小町が、伊織たちの後ろに立つ。2人の後ろにも屈強な従者たちが控えていた。
「門番なら、わたしの部屋で簀巻きになってもらってるわ。」
小町が、いたずらに笑う。
「さぁ、どうするつもりなんです?」
伊織が臣下たちを睨んだ。

―――『節を越ゆ ほころぶ糸は 緒を結ぶ』…さてさて、結末は如何様に。