君影草の涙〜君がため みそひともじ〜

「君景様が…?」
頭を殴られたような衝撃。侍女からの報告に伊織の顔が真っ青になる。
「先日、胸の苦しさを訴えられておりまして…そこから伏せっていたのですが、容体は良くならず、呪いの進行が早くなっているのかと…」
「私が行かなければ…!」
君景の元に走ろうとする伊織。
「待ってください!君景様からの命令で、伊織様を部屋に入れないようにと言われております!」
「なぜ!」
「理由は分かりません。ただ、これを。」
侍女は、箱を伊織に見せた。
「それは?」
「君景様からです。『約束のものだ。』とのことで…」
侍女が差し出した箱を見る。目を見開く伊織。
「…ありがとうございます!」
伊織はその箱の中身を手に取り、走った。

「琳!」
許可を取ることなく、琳の部屋に入る伊織。琳は驚いた顔で振り返り、小さくため息をついた。
「その顔は、たどり着いてしまった…ということでしょうか。」
琳の顔には諦めの色が浮かんでいた。
「あなたは紫乃と君孝様が亡くなった日、何をしていたの?」
伊織の口調は強い。いつもの琳なら怯えていただろうが、今、伊織の目の前にいる琳は落ち着いていた。
「わたしの知る全てをお話しします。」

―――あの日のことはいまだに悪夢となって、わたしを苦しめる。
「綺麗な庭…ずっと一緒に見ていたいです。」
「紫乃…私は紫乃を愛しております…。ただ1人、紫乃だけを。」
「君孝様…。」
静かな宮中の庭。小さな声だけどはっきり聞こえたのは、友人と…お慕いする人の声。優しい紫乃。同じ低い身分からの宮中入りにも関わらず、わたしと違って堂々としていて、まぶしい存在だった。物知りのわたしと話すのは楽しいのだと、いつも一緒にいてくれた。大好きだった…ただひとつ、君孝様に愛されているという点を除いて。わたしは君孝様のことを心からお慕いしていたのです。ただ低い身分のわたしは選ばれないだろう。そう思っておりました。それが同じ低い身分の紫乃が選ばれるなんて。わたしの心は醜く歪んでいきました。
2人が愛しあってると知ってから、数日。紫乃が突然「夜、一緒にこっそりと宮中を出て遊びに行こう。」と言ったのです。「私は慣れっこだから。」と。紫乃はときどき宮中を抜けてどこかに行っていたのです。君孝様に愛されているのに、更に自由を楽しむ紫乃。その姿を見て、わたしの中の真っ黒の何かが言うのです。「ずるい。ずるい。」と。その日、わたしは臣下の1人にそっと「紫乃が今夜こっそり出ていこうとしている。」と伝えました。臣下はびっくりした顔で「君孝様はそれを知っておられるのですか?」といい、わたしが曖昧に濁すと焦ったように走って行きました。君孝様の元へ行ったのでしょう。妃候補が、宮中から1人で勝手に出かけるのは御法度です。それも本当に愛されていて、正室候補だった紫乃は尚更。わたしは心の中で「これで君孝様と喧嘩になればいい。あわよくば正室候補でなくなってくれればいい。」と思いました。
―――その夜、2人は死んだのです。

「そんなことが…」
「隠れて出かけたことを注意されればいい…そう思っていたのです…。あんなに愛されてるのだもの。少しくらい嫌われたらいいって…。…それが、まさか死んでしまうなんて…君孝様も紫乃もいなくなって…わたしはどうしたら…。」
震える手で顔を覆う琳。
「紫乃はきっとわたしのことが嫌いだったでしょうね。いつも紫乃に庇われてばっかり。うっとおしくてしょうがなかったはずよ。」
琳が自嘲気味に笑う。その顔は歪んでいて、泣いているようにも見えた。
「紫乃は琳のことを大切に思っていたわ。」
「なんでそう言い切れるのよ‼︎」
声を荒げる琳。伊織は静かに自身の袖から何かを出した。
「これ。何か分かる?」
袖から出したものを見せる伊織。
「それくらい…分かります。西洋の林檎でしょう…。」

『取り合う手
愛らし頬は
柰の如し
逢わせまほし
縁を織りなす』

伊織が歌を口にする。
「その歌は…」
「これは、亡くなる前の日に私に届いた紫乃の歌よ。そして、この『柰』は琳…あなたのこと。前に琳と話したときに、これは恋の歌で、君孝様のことだと思ってたけど、紫乃ならもっと違う意味を持たすのではないかと思って調べたの。『柰』は花梨じゃなくて、林檎。あなたが恥ずかしがったり照れたりするときに真っ赤になる頬のことを詠んだのよ。」
伊織は真っ赤に染まった林檎を両手で包んだ。
「つまりこの歌は『…愛らしい林檎の頬のような人と出逢い、手を取り合って過ごしてるの。あなたにも逢わせたいわ。私たち3人、とても仲良くなれると思うの。』そう書いてあるの。紫乃はあなたを庇ってあげてるなんて思ってなかった。あなたと手を取り合ってると思っていたのよ。」
伊織の言葉に、琳が息をのむ。じわりと涙が滲んだ。
「紫乃…!…ごめんなさい!わたしが全て悪いの!」
琳が嗚咽をあげる。
「あの日…私は紫乃が連れてきた琳と会うはずだった…。私と紫乃と琳と…3人で出会えたらどんなによかったか…。」
伊織が手を振り上げた。琳は、ぎゅっと目を瞑る。だが、伊織は手を振り下ろすことなく、琳を抱きしめた。
「それでも…紫乃なら…あの人ならあなたを恨んだりはしないから…。」
「うっ…うぁぁあん‼︎」
琳が声をあげて泣く。伊織の目からも涙が溢れた。2人の涙はお互いの服に落ち、じわりと滲む。しばらくの間、2人は抱きあい、大事な人に想いを馳せるのだった。
「でも…これでは説明がつかないわ。」
赤くなった目を拭い、伊織が言った。
「…ひっく…。そんなことないでしょう。臣下から紫乃がこっそり出かけていることを知った君孝様は、紫乃と無理心中したんですよ。紫乃がどこかに行ってしまう、と思って。噂では亡くなった紫乃に覆い被さるように君孝様は亡くなっていたとか…。」
「いえ、おかしいです。臣下の中では君景様が殺したのではないかという噂があり、琳は無理心中だと考えている…なぜそのような噂や考えが出てきたの?」
「…だって…あれ…」
伊織の質問に琳は答えられない。
「答えられないでしょう?だって普通は2人が宮中の外で亡くなって…それも事故ではなく、殺されていたとなると最初に山賊を疑うのが普通じゃないかしら?なのに真っ先にその考えになり、疑惑が晴れたのか晴れてないのか、今は何もいう人がいない…じゃあ本当は誰が殺したのかしら?本当に心中なのかしら?私なら覆い被さって亡くなっていたのなら、紫乃を庇いながら殺されたと思うのに。」
「それって…誰かが噂を操作しているということ…?」
琳の言葉に頷く伊織。
「ねぇ、琳。私、ここに来てから一度も会っていない人がいるのよ。」
「…!清乃様!」
琳が目を見開いた。伊織は続ける。
「彼女が何をしているか分からない。でも…この事件には彼女が絶対関わっているわ。」
伊織は立ち上がった。
「琳、力を貸して欲しいの。」
琳はごしごしと目元を拭い、強く頷いた。琳は紙と筆を手に取り、素早く手紙を書き、部屋の外にいる侍女に渡す。
「これを…他の六花の皆様に!早く!」
普段はおどおどしている琳の気迫に思わず頷く侍女。手紙を渡し、走り出す2人。目指すは清乃がいるという離れ。

―――さてさて、ほころぶのは、謎か呪いか笑みなのか。