「泉様〜…いらっしゃいますか?」
友代と話した後日、伊織は地図に描かれている泉の部屋を訪ねていた。シン、と静まりかえる廊下。
「反応がないようですが…」
伊織の隣に立つ琳がそう言った。泉の部屋に行くといったら着いてきてくれたのだ。
「いらっしゃらないのかしら。」
伊織が来た道を戻ろうと振り返る。
「いらっしゃいませ。泉に何かご用でも?」
「「きゃぁぁあ‼︎」」
泉は、振り返った伊織の目の前にいた。相変わらず不気味な笑みで。伊織と琳が悲鳴をあげる。
「あっ!あの…!聞きたいことが…!」
伊織が心臓をばくばくさせながら、泉に言った。
「おや…でしたら泉の部屋にお入りください。」
泉が部屋を指さす。昼間なはずなのに部屋は真っ暗に見える。伊織と琳は、ごくりと唾を飲み、部屋に入った。
暗い部屋。足元は見えるが陽の光が入ってきていない。肌寒くも感じるその部屋は不気味そのものだった。
「どうぞ。」
かちゃり、と置かれたお茶は謎の色をしている。嗅いだことのない匂い。
「飲んでも大丈夫なの…?」
こそっと琳に聞く伊織。琳も少し青ざめている。
「さぁ、どうぞ。」
もう一度すすめてくる泉。伊織は覚悟を決めて、お茶を一気に喉に流し入れた。
「…うっ⁉︎」
「伊織⁉︎」
「…だ、大丈夫…。健康的な味、ですね…。」
「そうでしょう。泉特製でございます。」
泉はうれしそうに言った。伊織は口の中の苦味を感じながらも笑顔を作った。
「本題に入らせていただきます…うっ…」
口に残る味にえずきながら、伊織は話を進める。
「なるほど…呪いは誰にかけられたか…ですか。」
「えぇ。呪いを解く者として知っておきたく…」
まだ泉のことを信用できていない伊織は「呪いをかけた人物を知っているか?」とだけ泉に聞いた。
「…耳にしたことはないですが…伊織様は宮中にいると思ってらっしゃるのでしょう?」
泉の指摘にどきりとする伊織。返事をしない伊織に泉は無言でニヤリと笑った。伊織が、隣の琳を見ると険しい顔をしているように見えた。
「わたしも聞いたことがありません。泉様は占えば分かるのですか?」
「ふふ…君景様が涙を流せば呪いが解けると占ったのも、この泉ですよ。」
泉が、返事のようなそうでないような言葉を返して、文机に置いた怪しげな鏡を手にとった。
「『見るもの望む まことを映す 全てを鏡に掛く』…あぁ…見える!」
謎の言葉をつぶやき、声が大きくなる泉。後ろから伊織と琳が鏡を覗く。
「何も映ってないような…?」
「普通の鏡と変わりなく…こちらしか映ってないかと…」
伊織が言うと、琳も頷き返す。
「ふふふ…『疑わしき者身を隠し、偽りは表』…。」
泉がつぶやいた。
「そう出ているのですか?」
伊織がそう聞いたが、泉は黙ってしまった。
「泉様?」
「…」
「伊織、泉様は占いに没頭すると周りが見えなくなると聞いたことがあります…多分、これ以上は話さないかと…」
「えぇ…」
琳の言葉に伊織が眉を顰めた。
「では…泉様、失礼します…ゔっ…!まだ口に苦味が…。琳…私は先に行ってちょっと水を飲んできます…!」
伊織がそう言って、小走りで泉の部屋を出た。
「わたしは…えっと…喉が渇いていないので…失礼します。」
琳は、泉特製のお茶が入った器を少し整えて出ていこうとする。
「よいのですか?伊織様に手を貸して。」
反応がないはずだった泉が口を開いた。琳は驚いた顔をして振り返る。
「どういう意味です?伊織はわたしの友人です。力になろうとするのはおかしいですか?」
泉に尋ねられた琳がそう言う。
「…泉には全てが見えておりますよ?」
ニタリ…と泉が不気味な笑みを浮かべる。唇の端を小さく噛み、深呼吸をする琳。
「全てが見えていて、伊織に何も言わないのですね?」
「泉は見届け人でございます。」
琳は泉をじっと見るも、泉の顔は布に隠れて見えない。
「わたしは…」
琳は言葉を止め、ぐっと唇を噛んだ。
「失礼します。」
そう言い、琳は伊織を追いかけるのだった。
「君景様、ご気分はいかがでしょうか?」
「伊織が来てくれたんだ。気分が良いに決まってる。」
伊織は君景の部屋を訪ねていた。
「そういうことではございません。」
伊織が言う。臣下の1人がちらりと2人を見ると、君景は面倒くさそうな顔をした。
「おい、下がれ。2人にしろ。」
君景がそういうと、臣下や侍女は部屋から出ていく。
「伊織…」
君景が何を言いたいのか、察した伊織は頬を染めた。
「君景…心配したのよ。」
伊織の口調に君景は頷き、機嫌良く笑った。
「もう!笑い事じゃないわ!」
「いやなに、これくらいは戦ではあることだ。心配するな。」
君景が、伊織の頭をぽんぽんと撫でた。
「呪い、進行しているのでしょう?」
君景の撫でている手が止まる。
「私、君景様に呪いをかけた人間を探そうと思うのです。」
「…危険だ。やめてくれ。」
「どれほどの涙で呪いが解けるか分からないのに、ゆっくりなんてしてられない…。」
伊織がほろほろと涙を流す。
「…おい、お前が泣いてどうする。」
君景が伊織の涙を指ですくった。
「お願い…手伝ってください。それにこれは君景様のためだけではございません。」
「…なに?」
君景が眉を顰めた。
「私は…紫乃…君景のお兄様である君孝様の恋人だった紫乃の友人でございます。」
目に涙をためた伊織が君景を見た。君景が目を見開き、息を飲んだ。
「紫乃様の…?」
「えぇ。私の大切な大切な…姉のような方でした。紫乃が宮中に行ってからも文でやりとりをしておりました。紫乃はこっそり会いたい時にこれを添えて文を送ってきていたのです…。」
「それは…」
伊織が取り出したのは『物合わせの貝』。裏には松の装飾。これは「いつもの場所で待つ」という紫乃の合図のためのものだった。
「あの日、いつまで待っても紫乃は来なかった…。翌日、君孝様が亡くなったと聞いたのです。心中だったという噂を聞いて、もしやと思いました。でも…紫乃が私との約束を破ると思えなかったのです…!宮中に何かある、紫乃はその何かに殺されたに違いないと…‼︎」
伊織の目に怒りが滲む。愛する友人を殺されたことによる怒りだ。
「君景様、これに心当たりはございませんか?多分…紫乃なら何かこれにもっと…意味をもたせているはずなのです!君景様のお力で手に入れることは出来ませんか?」
胸元から取り出した紙を見せる伊織。静かに聞いていた君景が口を開いた。
「…伊織は、そのために俺の元へ来たのか?」
君景が悲しそうにつぶやいた。
「…っ!」
「宮中に入り込むなら、あの悲しい出来事に近づくなら、俺を愛するふりをするのが1番だと?」
伊織はハッとした。君景の目は悲しい色をしていた。
「それは…!」
「どこかに行ってくれ。」
「…っ!」
伊織は立ち上がり、部屋を出ようとする。振り返り、君景を見た。
「はじめは…君景様を利用しようと思っておりました…。」
君景は苦しそうな顔をする。
「でも…」
伊織は涙を浮かべた。小さな声で歌を詠み、走って部屋を去る。
『君影草
露は蜜かと
惑ひつつ
我が幸せは
胡蝶の夢よ』
(君影草、君が流す露のような秘密の涙を、これは蜜なのだろうかと惑いながら見つめつつ、私は、胡蝶の夢のように、夢か現実か分からない幸せを感じてました。)
―――『君影草』。名ばかり似ていて、君景からは想像も出来ない、小さく白い鈴蘭のことだ。俯いて泣く君景をそのように愛おしく見つめていた伊織の気持ちは本物だった。
「…!」
歌を聴き、君景は涙を浮かべる。ただ、自分自身を見て愛してくれているものだと思い、幸せだと思っていた。それが自分ではなく、宮中に入るための手段だったことが分かり、悲しくなった。呪いを解こうとしてくれたのだ、怒りはない。ただ悲しかった。でも…伊織が去る前に詠んだ歌…これは。
「なんて、深い愛の歌なんだ…。」
落ちる涙が畳に黒い染みをつくる。君景は立ち上がり、伊織を追いかけようとした。…だが、その瞬間、苦しそうに胸を押さえてうずくまったのだった。
―――運命は動く。畳に染み込む黒のように広がるは、疑惑。呪いの始まりはどこなのか。
友代と話した後日、伊織は地図に描かれている泉の部屋を訪ねていた。シン、と静まりかえる廊下。
「反応がないようですが…」
伊織の隣に立つ琳がそう言った。泉の部屋に行くといったら着いてきてくれたのだ。
「いらっしゃらないのかしら。」
伊織が来た道を戻ろうと振り返る。
「いらっしゃいませ。泉に何かご用でも?」
「「きゃぁぁあ‼︎」」
泉は、振り返った伊織の目の前にいた。相変わらず不気味な笑みで。伊織と琳が悲鳴をあげる。
「あっ!あの…!聞きたいことが…!」
伊織が心臓をばくばくさせながら、泉に言った。
「おや…でしたら泉の部屋にお入りください。」
泉が部屋を指さす。昼間なはずなのに部屋は真っ暗に見える。伊織と琳は、ごくりと唾を飲み、部屋に入った。
暗い部屋。足元は見えるが陽の光が入ってきていない。肌寒くも感じるその部屋は不気味そのものだった。
「どうぞ。」
かちゃり、と置かれたお茶は謎の色をしている。嗅いだことのない匂い。
「飲んでも大丈夫なの…?」
こそっと琳に聞く伊織。琳も少し青ざめている。
「さぁ、どうぞ。」
もう一度すすめてくる泉。伊織は覚悟を決めて、お茶を一気に喉に流し入れた。
「…うっ⁉︎」
「伊織⁉︎」
「…だ、大丈夫…。健康的な味、ですね…。」
「そうでしょう。泉特製でございます。」
泉はうれしそうに言った。伊織は口の中の苦味を感じながらも笑顔を作った。
「本題に入らせていただきます…うっ…」
口に残る味にえずきながら、伊織は話を進める。
「なるほど…呪いは誰にかけられたか…ですか。」
「えぇ。呪いを解く者として知っておきたく…」
まだ泉のことを信用できていない伊織は「呪いをかけた人物を知っているか?」とだけ泉に聞いた。
「…耳にしたことはないですが…伊織様は宮中にいると思ってらっしゃるのでしょう?」
泉の指摘にどきりとする伊織。返事をしない伊織に泉は無言でニヤリと笑った。伊織が、隣の琳を見ると険しい顔をしているように見えた。
「わたしも聞いたことがありません。泉様は占えば分かるのですか?」
「ふふ…君景様が涙を流せば呪いが解けると占ったのも、この泉ですよ。」
泉が、返事のようなそうでないような言葉を返して、文机に置いた怪しげな鏡を手にとった。
「『見るもの望む まことを映す 全てを鏡に掛く』…あぁ…見える!」
謎の言葉をつぶやき、声が大きくなる泉。後ろから伊織と琳が鏡を覗く。
「何も映ってないような…?」
「普通の鏡と変わりなく…こちらしか映ってないかと…」
伊織が言うと、琳も頷き返す。
「ふふふ…『疑わしき者身を隠し、偽りは表』…。」
泉がつぶやいた。
「そう出ているのですか?」
伊織がそう聞いたが、泉は黙ってしまった。
「泉様?」
「…」
「伊織、泉様は占いに没頭すると周りが見えなくなると聞いたことがあります…多分、これ以上は話さないかと…」
「えぇ…」
琳の言葉に伊織が眉を顰めた。
「では…泉様、失礼します…ゔっ…!まだ口に苦味が…。琳…私は先に行ってちょっと水を飲んできます…!」
伊織がそう言って、小走りで泉の部屋を出た。
「わたしは…えっと…喉が渇いていないので…失礼します。」
琳は、泉特製のお茶が入った器を少し整えて出ていこうとする。
「よいのですか?伊織様に手を貸して。」
反応がないはずだった泉が口を開いた。琳は驚いた顔をして振り返る。
「どういう意味です?伊織はわたしの友人です。力になろうとするのはおかしいですか?」
泉に尋ねられた琳がそう言う。
「…泉には全てが見えておりますよ?」
ニタリ…と泉が不気味な笑みを浮かべる。唇の端を小さく噛み、深呼吸をする琳。
「全てが見えていて、伊織に何も言わないのですね?」
「泉は見届け人でございます。」
琳は泉をじっと見るも、泉の顔は布に隠れて見えない。
「わたしは…」
琳は言葉を止め、ぐっと唇を噛んだ。
「失礼します。」
そう言い、琳は伊織を追いかけるのだった。
「君景様、ご気分はいかがでしょうか?」
「伊織が来てくれたんだ。気分が良いに決まってる。」
伊織は君景の部屋を訪ねていた。
「そういうことではございません。」
伊織が言う。臣下の1人がちらりと2人を見ると、君景は面倒くさそうな顔をした。
「おい、下がれ。2人にしろ。」
君景がそういうと、臣下や侍女は部屋から出ていく。
「伊織…」
君景が何を言いたいのか、察した伊織は頬を染めた。
「君景…心配したのよ。」
伊織の口調に君景は頷き、機嫌良く笑った。
「もう!笑い事じゃないわ!」
「いやなに、これくらいは戦ではあることだ。心配するな。」
君景が、伊織の頭をぽんぽんと撫でた。
「呪い、進行しているのでしょう?」
君景の撫でている手が止まる。
「私、君景様に呪いをかけた人間を探そうと思うのです。」
「…危険だ。やめてくれ。」
「どれほどの涙で呪いが解けるか分からないのに、ゆっくりなんてしてられない…。」
伊織がほろほろと涙を流す。
「…おい、お前が泣いてどうする。」
君景が伊織の涙を指ですくった。
「お願い…手伝ってください。それにこれは君景様のためだけではございません。」
「…なに?」
君景が眉を顰めた。
「私は…紫乃…君景のお兄様である君孝様の恋人だった紫乃の友人でございます。」
目に涙をためた伊織が君景を見た。君景が目を見開き、息を飲んだ。
「紫乃様の…?」
「えぇ。私の大切な大切な…姉のような方でした。紫乃が宮中に行ってからも文でやりとりをしておりました。紫乃はこっそり会いたい時にこれを添えて文を送ってきていたのです…。」
「それは…」
伊織が取り出したのは『物合わせの貝』。裏には松の装飾。これは「いつもの場所で待つ」という紫乃の合図のためのものだった。
「あの日、いつまで待っても紫乃は来なかった…。翌日、君孝様が亡くなったと聞いたのです。心中だったという噂を聞いて、もしやと思いました。でも…紫乃が私との約束を破ると思えなかったのです…!宮中に何かある、紫乃はその何かに殺されたに違いないと…‼︎」
伊織の目に怒りが滲む。愛する友人を殺されたことによる怒りだ。
「君景様、これに心当たりはございませんか?多分…紫乃なら何かこれにもっと…意味をもたせているはずなのです!君景様のお力で手に入れることは出来ませんか?」
胸元から取り出した紙を見せる伊織。静かに聞いていた君景が口を開いた。
「…伊織は、そのために俺の元へ来たのか?」
君景が悲しそうにつぶやいた。
「…っ!」
「宮中に入り込むなら、あの悲しい出来事に近づくなら、俺を愛するふりをするのが1番だと?」
伊織はハッとした。君景の目は悲しい色をしていた。
「それは…!」
「どこかに行ってくれ。」
「…っ!」
伊織は立ち上がり、部屋を出ようとする。振り返り、君景を見た。
「はじめは…君景様を利用しようと思っておりました…。」
君景は苦しそうな顔をする。
「でも…」
伊織は涙を浮かべた。小さな声で歌を詠み、走って部屋を去る。
『君影草
露は蜜かと
惑ひつつ
我が幸せは
胡蝶の夢よ』
(君影草、君が流す露のような秘密の涙を、これは蜜なのだろうかと惑いながら見つめつつ、私は、胡蝶の夢のように、夢か現実か分からない幸せを感じてました。)
―――『君影草』。名ばかり似ていて、君景からは想像も出来ない、小さく白い鈴蘭のことだ。俯いて泣く君景をそのように愛おしく見つめていた伊織の気持ちは本物だった。
「…!」
歌を聴き、君景は涙を浮かべる。ただ、自分自身を見て愛してくれているものだと思い、幸せだと思っていた。それが自分ではなく、宮中に入るための手段だったことが分かり、悲しくなった。呪いを解こうとしてくれたのだ、怒りはない。ただ悲しかった。でも…伊織が去る前に詠んだ歌…これは。
「なんて、深い愛の歌なんだ…。」
落ちる涙が畳に黒い染みをつくる。君景は立ち上がり、伊織を追いかけようとした。…だが、その瞬間、苦しそうに胸を押さえてうずくまったのだった。
―――運命は動く。畳に染み込む黒のように広がるは、疑惑。呪いの始まりはどこなのか。



