君影草の涙〜君がため みそひともじ〜

伊織は、君景の呪いについて考えていた。あの呪いは、なぜ君景を苦しめているのか。誰かが君景に呪いをかけているならば、呪いを解いた時に呪いをかけた者から動きがあるかもしれない。いや、先に呪いをかけた者を見つけることが出来れば、涙を流さずとも呪いを解くことも出来るかもしれない。そう考えるのには理由があった。先日、君景が怪我をして帰ってきたのだ。兵士によると、君景の動きが急に止まり、その時に敵に斬りかかられたらしい。なんとか紙一重で急所を外したそうだが、肩を斬られているそうで、当分は戦には出られないそうだ。本人は、何でもないから心配するな、と言っているそうだが、呪いの進行が原因ではないかと皆が思った。呪いを早く解かねばならない。そして、呪いの謎が解ければ…。
「伊織様?」
「蓮華様…」
気分転換に庭に出たところ、蓮華に会った。

「悩み事なら、わたくしの部屋で瞑想をするとすっきりするかもしれませんよ。」と言われ、蓮華の部屋に来ていた。少し瞑想をしてから、蓮華とお茶を飲む。
「気は晴れそうですか?」
「まぁ…」
伊織は力なく笑った。その顔を見た蓮華は察したように尋ねた。
「君景様の呪いのことでしょうか?」
「呪いをかけた人物を探すのは可能なのか…と思って。」
「確かに…六花に君景様の呪いのことを知らされた時には、呪いをかけた者について、深く触れられてないですね…。呪いは一体誰が…戦の際に呪いに…いや…」
蓮華が考え込む。
「この話は、わたくし以外の誰かにしましたか?」
「いえ…琳とかに相談してみるのもありなのかと思ってますけど、まだ…」
「…そうですね。琳も相談するのには良いかもしれませんが、友代はどうでしょう?」
「友代様ですか?」
突然、友代を相談相手にすすめられ、驚く伊織。
「友代は政治に詳しいです。わたくしより後に宮中に入ったにも関わらず、宮中のことも勉強しています。君景様を呪うのなら私怨より、国のことが関係しているかもしれませんから。それに何より友代は、正義感が強い。呪いという恐ろしいものにも臆さず、あなたを助けてくれるでしょう。」
蓮華が自信ありげに言った。

「友代様か…」
蓮華の部屋からの帰りに伊織はつぶやいた。宮中で良くない噂をされる彼女。果たして力になってくれるのだろうか。
「呼びましたか?」
「えっ!」
伊織は目を疑った。積まれた本に手足が生えている…。
「顔が見えなくて申し訳ないです。友代です。」
抱えた本から顔を覗かせたのは友代だった。

「手伝っていただき、ありがとうございます。」
「いえ…」
伊織は友代の部屋に来ていた。一緒に持ってきた山積みの本を文机に下ろす。
「これ、全部読むのですか…?」
伊織は驚いた。宮中の歴史、政治の仕組み、戦法について…持ってきた本以外にも部屋に様々な本が積んである。
「えぇ。」
友代はなんでもないように頷いた。
「随分、勉強家なんですね…」
伊織は感心した。
「いえいえ…そういえば、私に用があったんですよね?」
友代が、本を軽く片付けて、伊織の前に座る。伊織は蓮華と話した内容を伝えた。
「確かに…私たち六花が呪いについて知る頃には、呪いを解く、という話しか聞かなかった…。そのせいで、戦相手が原因とばかり…。」
言葉を止める友代。
「これは誰かに?」
「いえ、今は蓮華様と友代様しか…」
伊織が言った。
「でしたら、この話は臣下や侍女にはしないようお願いします。」
友代が言う。
「えっ…なぜ?」
「六花に話がまわってくるまでに、『呪った者を探すのではなく、呪いを解く』ということに意識を持っていった者がいるかもしれません。それは宮中にいる者でしょう。」
「そんな。」
「宮中では噂がすぐに回ります。あなたも私について何か聞いたことあるのでは?」
そう言い、友代は苦笑いをした。伊織がびくりと震える。おそらく『妾の子』という噂のことだろう。
「少し…友代様の生まれについて…」
控えめに伊織が言うと、友代は姿勢を正した。
「その噂は本当です。私は妾の子。皇子と恋仲になろうとは思ってません。今は妃候補として宮中にいますが、兄妹として支えていきたい。私にあるのは、帝からいただいた『身分だけ』。それでも、ここにいて恩を返したいのです。帝が私を見つけてくれた。母は別のところに住んでいて、不自由なく暮らしている。それも全て帝のおかげなのです。…清乃様には嫌われていますが。」
噂は本当らしい。そして、清乃に嫌われている、友代は酷く虐められていたのだろう。清乃のことを話す友代の顔に苦痛が滲む。その顔を見ると伊織は、何をされたか、深くは聞けなかった。
「まぁ、そういうことで。臣下や侍女が知れば、宮中ですぐに噂になるでしょう。探っていることを呪いをかけた者に気づかれるのは危険です。調べていることを話すにしても、なるべく少なく…信用できる人間を選ぶべきです。」
友代の言うことに頷く伊織。
「…なにか怪しい噂や、謀反を企てそうな人に心当たりがある人から話を聞けたらいいのですが…」
伊織のその言葉に、しばらく考えた友代が口を開いた。
「それなら泉を訪ねるといいかと。部屋にいても会えるか怪しいけれど…。彼女は妃候補になる前から戦や政治を支える占い師として、代々宮中にいたはずだから、何か知ってるかもしれない。知らなくても、泉は占い師としても優秀だから、頼んだら占ってくれると思います。」
友代はそう言って筆を手に取る。サラサラと流れるように宮中の地図を描いた。
「ほら。ここが泉の部屋。彼女は陽の光を好まないから、奥まった部屋にいるんです。」
伊織は地図と友代を見比べた。
「随分、親切にしてくださるのですね。」
「…君景様にとって大切な伊織様が困っていたから。」
少し考えるそぶりを見せ、友代はぽつりぽつりと話し出した。
「私は帝に恩を返したい。帝の大切なものを守りたい。帝、君景様が国を守りたいのであれば、私もそうだ。私が…私が、男ならば。検非違使になって国を守る礎になれたのに。」
心なしか少し口調が男っぽくなった友代が、自分の腕を見る。別に非力というほどではない。しかし、どう足掻いても力は男性に劣るだろうそれを、もう片方の手で掴んだ。
「変なことを言ってすまない。あなたに…いや、誰にこんなことを言ったってしょうがないのにね。」
友代は笑った。それは泣いているようにも見えた。友代の心の奥底に隠している想い。それは宮中の誰も知らない、そしてこれから先も友代は、心の中に閉まっておくのだろう。
「友代様…。」
伊織は蓮華の言葉を思い出した。
『自分のもどかしい気持ちを形にしてほしいと望んでしまうのです。』
伊織は目を閉じた。
「伊織様?」
友代が伊織に声をかけたとき、伊織は口を開いた。

『国がため
身を尽くす君
頼もしや
秘めた筋道
君の誠道』

(国のために身を尽くすあなたは、なんと頼もしい存在だろう。表には見せぬ筋道があり、それはあなたの誠にかなった道なのだ。)
―――国のために身を尽くす友代。こんなに身を尽くしてるのだ、女であろうが頼もしいものだろう。表立って言うことはない血筋。それでも友代が望む正義の道は国のための道だ。

友代は目を見開く。伊織の歌の意味を理解して、友代は俯いた。
「わっ…私は、国のためになれるのだろうか…」
友代が、ぼろぼろと大粒の涙をこぼす。伊織は微笑んだ。
「友代様。よければ次からは、伊織と呼んでくださいませんか?それに、話し方も。友代様らしく話してくれたらうれしいです。」
「私らしく…」
「えぇ。」
「あぁ。あぁ…!私のことも友代と呼んでくれ。伊織、私は絶対に君の力になろう。君景様の呪いを解き、国を平和に導くのだ…!」
友代が涙を拭き、強く言った。伊織が頷く。
「えぇ、とりあえず泉様を訪ねてみます。」
「あぁ。」
伊織が部屋を去る。
「あ、泉の部屋に行くなら覚悟がいると伝え忘れたな…。」
友代は1人つぶやくのだった。

―――呪い渦巻くは、君景の体なのか、それとも宮中か。渦巻くそれの中心には一体何があるのだろう。