「紅葉と喧嘩したんですって?」
庭を見ていると小町に話しかけられた。
「喧嘩と言いますか…」
返答に困っていると、小町が伊織の隣に立った。同じように庭を見る。ふと気になった。
「小町様は紅葉様と仲が良いんですか?」
「どうかしら…わたしも紅葉も男の人が周りにいることが多いから…ずっと一緒にいるってわけではないもの。」
恋多き女の紅葉と絶世の美女の小町。確かにそれぞれが恋愛に忙しく友情としての時間は少ないのかもしれない。
「なんというか…紅葉様って気が強い方じゃないですか?」
言葉を選びながら、伊織は言った。小町が、ふふふと笑う。
「紅葉は全てに素直なの。」
「素直?」
伊織は眉を顰めた。直球すぎる発言は紅葉の欠点だと思っているからだ。
「紅葉はわたしの舞を見て、『顔も綺麗で舞も出来るって素敵じゃないの!』って言ったのよ。わたし、男の人にはそうやって言われることも多いけど、女の人にはそう言ってもらえることなくて…男の人はわたしと恋仲になりたいから、どんなにだって褒めてくれるわ。わたしの『美しさ』を手にしたい、『絶世の美女を手にした自分』が欲しい…理由は色々あるけどね。でも女の人は違う。わたしにどこか悪いところは無いかって目を光らせてるの。紅葉に会うまで、ずっとそうだったの。」
そう言う小町の姿は、美しさに歪められてしまった心そのものだった。悩む姿でさえ美しいのは、彼女にとって吉なのか凶なのか。
「わたしの恋愛はね、外側なの。」
「外側?」
伊織が言うと、小町は頷く。
「周りがね、騒いで、求めて、諦めて…。そうやって人が流れていくのを見てるのよ。でもね、紅葉の恋は素敵なの。」
「紅葉様の…恋?」
「紅葉は恋多き女と言われてるけど、それはあの子自身が人を好きになるという気持ちが大きいの。人の魅力にすぐに気づけるって素敵じゃない?紅葉は恋愛の中心で泣いたり、笑ったり…燃えるような恋をしてるの。見ていて羨ましくなっちゃう。」
小町が、庭の木に手を伸ばした。青々とした葉の中に1枚、赤くなりかけた葉。紅葉の季節が近づいている。小町が染まりはじめた紅葉を少し撫でてから、プツリと手折った。
「わたし、男の人なんて大っ嫌いよ。」
小町がポツリと言った。
「じゃあね。」と軽く挨拶をして小町は去って行った。
「何だったんだろう…。」
結局、伊織が知りたかった情報は、得られなかった。
「どうかしましたか?」
宮中を歩いていると、蓮華に会う。
「蓮華様…。」
「何か考え事かしら?よければお茶でもしながら話を聞きましょうか?」
そう言われ、伊織は少し考えてから頷いた。蓮華が手招きをするので、着いていく。蓮華の部屋は宮中の中でも外の音が入らない静かな場所にあった。澄んだ空気に差し込む光が気持ちいい。
「他の六花とは仲良くなれそうですか?」
お茶を一口飲み、蓮華が尋ねる。
「琳とは仲良くなれたのですが、紅葉様と小町様はどうでしょう…。」
蓮華の言葉に苦笑いする伊織。ふふ、と笑う蓮華。
「紅葉はあぁ見えてサッパリした性格ですよ。」
「でもあんなに琳に、『身分、身分』って…」
「あれは琳自身が気にしすぎなのです。紅葉は琳の聡明な部分をしっかり見てますよ。あんなに聡明なのに、自信のない琳にやきもきしているのです。商人のようだという者もいますが、つまり彼女は博識で聡明、そして時に大胆さがあるのです。」
伊織が納得いかない顔をすると、「1人で立てるのにいつまでも抱き上げてもらおうとする幼子に厳しくいうようなものです。」と蓮華が言った。
「紅葉様と小町様は仲が良いのですよね?」
「そうですねぇ…」
少し考えるように蓮華が宙を見た。
「伊織様には大切な友人はいらして?」
「え?」
突然聞かれ、驚きながらも、こくりと頷く。蓮華は、にこりと笑った。
「なぜでしょうかね…世には、運命の恋人という表現はあれど、運命の友人という表現は聞きません。」
「そうですね…。」
蓮華の言葉に、確かに、と頷く。
「小町は意外とあなたに心許してるのかと。あなたのような和歌の得意な方に、自分の気持ちを打ち明けておくと、いつか自分の気持ちを美しく彩り、形にしてもらえるのでは、と思ってしまうものです。自分のもどかしい気持ちを形にしてほしいと望んでしまうのです。」
ふふ、と蓮華が優雅に微笑む。
「小町様の気持ち…?」
「恋愛が…友情より大切とは限らないのです。」
蓮華はふたたび目を閉じ、子守唄のように静かに言った。
「またいらっしゃい。」そう言われ、お礼を言いながら、蓮華の部屋を出る。
「はっきりと答えをくれたわけじゃなかったけど…」
もやもやしながら、宮中を歩いていたら、侍女の声が聞こえた。
「清乃様は、まだ部屋に篭ってらっしゃるの?」
「帝とも顔を合わせないらしいわよ。」
「君孝様が亡くなって半年たった頃くらいから見てないわね。」
「でも、部屋に篭ってるだけマシよ。君孝様が亡くなって友代様が来られたときったら…」
「帝も時期が悪かったわよね。友代様、お可哀想に…。」
「そうとう、虐められたそうね。友代様は清乃様が部屋に篭られて安心してるのじゃないかしら?」
「なんせ妾の子って噂だものね…。」
「あの壮絶な虐め方…友代様の前にもねぇ…あの方が出て行ったのも、あれが理由じゃないかと言われてましたもんね…。」
「それを追いかけて心中って聞いたわよ。」
『清乃様』、帝の奥方…つまりは皇后様だ。宮中に迎え入れられてから一度も顔を合わせていないのは、部屋に篭っているかららしい。柱に隠れ、こっそり聞いているとツカツカと足音がした。
「清乃様とあたし達、六花の話かしら?随分と人を見ているのね?」
「も、紅葉様…」
「帝が知人を呼んで宴をするらしいわよ。手伝ってきたほうがいいんじゃない?暇ならね?」
足音は紅葉のものだった。嫌味たっぷりに言うが、噂話の内容が内容なだけに、パタパタと侍女達が申し訳なさそうに散っていく。
「…友代。ここ通るんじゃないの?」
紅葉が廊下の曲がり角に向かって話しかける。
「す、すみません…。」
紅葉が話しかけた廊下から、友代が現れた。
「紅葉…助かりました。ありがとうございます。」
「別に。侍女が仕事もせずに噂話をしてるのが気に食わなかっただけよ。」
友代がお礼を言うと、なんでもないように紅葉が言った。友代は紅葉に頭を下げると少し急ぎ足で、その場を去った。
「で?あんたは、ここで何してるわけ?」
キッと伊織がいる柱を睨む紅葉。
「たまたま通りがかって…意外とお優しいんですね。」
伊織が柱の裏から出ると、紅葉は苦い顔をした。
「意外、は余計よ。」
「あはは…失礼しました。」
「あんた、気をつけた方がいいわよ。」
「え?」
紅葉の突然の言葉に疑問を持つ伊織。腕を組んだ紅葉が、伊織に向き直った。
「あんたは知らないでしょうけど、宮中で以前亡くなった妃候補は、あんたとよく似てるわ。」
「それって…」
「妃候補は良くも悪くも注目されて…勝手に、好かれたり、嫌われたりするわ。あんたを見てあの子を思い出した人間がどう思うか分からないから気をつけなさい。」
紅葉は忠告して、その場を立ち去ろうとする。その背中に伊織は叫んだ。
「ありがとうございます!紅葉様、いい人なんですね!」
「勘違いしないでよね!あんたの心配じゃなくて、宮中を心配してるんだから。」
振り返らずに紅葉が言う。紅葉の耳が赤くなっていたのを伊織は見逃さなかった。手を振り、見送る。伊織の笑顔が消えた。胸元でぎゅっと手を握る。
「紫乃…」
1人になった空間で、伊織は誰にも聞かれないくらい小さな声で、そう呟くのだった。
「君景は無事なのかしら…」
伊織は自室に戻り、落ち着きなく筆を取っては置き…を繰り返している。君景は戦に出ており、まだ帰ってきていない。出迎えるという行為は、六花もいるので立場上あまり望ましくない。
「こんなにあの人を想ってたら、あの人の夢に私が出てしまうわ…。」
夢というのは不思議なもので、人が夢に出てくるのは、その人が夢を見ている相手のことを強く想っているからだ、と考えられてる。伊織は自分が君景のことを想いすぎて、君景の夢に自分が出てしまうのではと恥ずかしくなった。
「君景…」
小さく呟き、さらに頬を染める。そう呼べと言った彼は、強く勇ましく冷酷で、それなのに…伊織にだけ心の柔らかいところを見せる。君景に早く会いたい、伊織はそう望むのだった。
―――その夜、うつらうつらと伊織は、夢の通路を探す。どうか夢の中だけでもあの人に会えますように。
庭を見ていると小町に話しかけられた。
「喧嘩と言いますか…」
返答に困っていると、小町が伊織の隣に立った。同じように庭を見る。ふと気になった。
「小町様は紅葉様と仲が良いんですか?」
「どうかしら…わたしも紅葉も男の人が周りにいることが多いから…ずっと一緒にいるってわけではないもの。」
恋多き女の紅葉と絶世の美女の小町。確かにそれぞれが恋愛に忙しく友情としての時間は少ないのかもしれない。
「なんというか…紅葉様って気が強い方じゃないですか?」
言葉を選びながら、伊織は言った。小町が、ふふふと笑う。
「紅葉は全てに素直なの。」
「素直?」
伊織は眉を顰めた。直球すぎる発言は紅葉の欠点だと思っているからだ。
「紅葉はわたしの舞を見て、『顔も綺麗で舞も出来るって素敵じゃないの!』って言ったのよ。わたし、男の人にはそうやって言われることも多いけど、女の人にはそう言ってもらえることなくて…男の人はわたしと恋仲になりたいから、どんなにだって褒めてくれるわ。わたしの『美しさ』を手にしたい、『絶世の美女を手にした自分』が欲しい…理由は色々あるけどね。でも女の人は違う。わたしにどこか悪いところは無いかって目を光らせてるの。紅葉に会うまで、ずっとそうだったの。」
そう言う小町の姿は、美しさに歪められてしまった心そのものだった。悩む姿でさえ美しいのは、彼女にとって吉なのか凶なのか。
「わたしの恋愛はね、外側なの。」
「外側?」
伊織が言うと、小町は頷く。
「周りがね、騒いで、求めて、諦めて…。そうやって人が流れていくのを見てるのよ。でもね、紅葉の恋は素敵なの。」
「紅葉様の…恋?」
「紅葉は恋多き女と言われてるけど、それはあの子自身が人を好きになるという気持ちが大きいの。人の魅力にすぐに気づけるって素敵じゃない?紅葉は恋愛の中心で泣いたり、笑ったり…燃えるような恋をしてるの。見ていて羨ましくなっちゃう。」
小町が、庭の木に手を伸ばした。青々とした葉の中に1枚、赤くなりかけた葉。紅葉の季節が近づいている。小町が染まりはじめた紅葉を少し撫でてから、プツリと手折った。
「わたし、男の人なんて大っ嫌いよ。」
小町がポツリと言った。
「じゃあね。」と軽く挨拶をして小町は去って行った。
「何だったんだろう…。」
結局、伊織が知りたかった情報は、得られなかった。
「どうかしましたか?」
宮中を歩いていると、蓮華に会う。
「蓮華様…。」
「何か考え事かしら?よければお茶でもしながら話を聞きましょうか?」
そう言われ、伊織は少し考えてから頷いた。蓮華が手招きをするので、着いていく。蓮華の部屋は宮中の中でも外の音が入らない静かな場所にあった。澄んだ空気に差し込む光が気持ちいい。
「他の六花とは仲良くなれそうですか?」
お茶を一口飲み、蓮華が尋ねる。
「琳とは仲良くなれたのですが、紅葉様と小町様はどうでしょう…。」
蓮華の言葉に苦笑いする伊織。ふふ、と笑う蓮華。
「紅葉はあぁ見えてサッパリした性格ですよ。」
「でもあんなに琳に、『身分、身分』って…」
「あれは琳自身が気にしすぎなのです。紅葉は琳の聡明な部分をしっかり見てますよ。あんなに聡明なのに、自信のない琳にやきもきしているのです。商人のようだという者もいますが、つまり彼女は博識で聡明、そして時に大胆さがあるのです。」
伊織が納得いかない顔をすると、「1人で立てるのにいつまでも抱き上げてもらおうとする幼子に厳しくいうようなものです。」と蓮華が言った。
「紅葉様と小町様は仲が良いのですよね?」
「そうですねぇ…」
少し考えるように蓮華が宙を見た。
「伊織様には大切な友人はいらして?」
「え?」
突然聞かれ、驚きながらも、こくりと頷く。蓮華は、にこりと笑った。
「なぜでしょうかね…世には、運命の恋人という表現はあれど、運命の友人という表現は聞きません。」
「そうですね…。」
蓮華の言葉に、確かに、と頷く。
「小町は意外とあなたに心許してるのかと。あなたのような和歌の得意な方に、自分の気持ちを打ち明けておくと、いつか自分の気持ちを美しく彩り、形にしてもらえるのでは、と思ってしまうものです。自分のもどかしい気持ちを形にしてほしいと望んでしまうのです。」
ふふ、と蓮華が優雅に微笑む。
「小町様の気持ち…?」
「恋愛が…友情より大切とは限らないのです。」
蓮華はふたたび目を閉じ、子守唄のように静かに言った。
「またいらっしゃい。」そう言われ、お礼を言いながら、蓮華の部屋を出る。
「はっきりと答えをくれたわけじゃなかったけど…」
もやもやしながら、宮中を歩いていたら、侍女の声が聞こえた。
「清乃様は、まだ部屋に篭ってらっしゃるの?」
「帝とも顔を合わせないらしいわよ。」
「君孝様が亡くなって半年たった頃くらいから見てないわね。」
「でも、部屋に篭ってるだけマシよ。君孝様が亡くなって友代様が来られたときったら…」
「帝も時期が悪かったわよね。友代様、お可哀想に…。」
「そうとう、虐められたそうね。友代様は清乃様が部屋に篭られて安心してるのじゃないかしら?」
「なんせ妾の子って噂だものね…。」
「あの壮絶な虐め方…友代様の前にもねぇ…あの方が出て行ったのも、あれが理由じゃないかと言われてましたもんね…。」
「それを追いかけて心中って聞いたわよ。」
『清乃様』、帝の奥方…つまりは皇后様だ。宮中に迎え入れられてから一度も顔を合わせていないのは、部屋に篭っているかららしい。柱に隠れ、こっそり聞いているとツカツカと足音がした。
「清乃様とあたし達、六花の話かしら?随分と人を見ているのね?」
「も、紅葉様…」
「帝が知人を呼んで宴をするらしいわよ。手伝ってきたほうがいいんじゃない?暇ならね?」
足音は紅葉のものだった。嫌味たっぷりに言うが、噂話の内容が内容なだけに、パタパタと侍女達が申し訳なさそうに散っていく。
「…友代。ここ通るんじゃないの?」
紅葉が廊下の曲がり角に向かって話しかける。
「す、すみません…。」
紅葉が話しかけた廊下から、友代が現れた。
「紅葉…助かりました。ありがとうございます。」
「別に。侍女が仕事もせずに噂話をしてるのが気に食わなかっただけよ。」
友代がお礼を言うと、なんでもないように紅葉が言った。友代は紅葉に頭を下げると少し急ぎ足で、その場を去った。
「で?あんたは、ここで何してるわけ?」
キッと伊織がいる柱を睨む紅葉。
「たまたま通りがかって…意外とお優しいんですね。」
伊織が柱の裏から出ると、紅葉は苦い顔をした。
「意外、は余計よ。」
「あはは…失礼しました。」
「あんた、気をつけた方がいいわよ。」
「え?」
紅葉の突然の言葉に疑問を持つ伊織。腕を組んだ紅葉が、伊織に向き直った。
「あんたは知らないでしょうけど、宮中で以前亡くなった妃候補は、あんたとよく似てるわ。」
「それって…」
「妃候補は良くも悪くも注目されて…勝手に、好かれたり、嫌われたりするわ。あんたを見てあの子を思い出した人間がどう思うか分からないから気をつけなさい。」
紅葉は忠告して、その場を立ち去ろうとする。その背中に伊織は叫んだ。
「ありがとうございます!紅葉様、いい人なんですね!」
「勘違いしないでよね!あんたの心配じゃなくて、宮中を心配してるんだから。」
振り返らずに紅葉が言う。紅葉の耳が赤くなっていたのを伊織は見逃さなかった。手を振り、見送る。伊織の笑顔が消えた。胸元でぎゅっと手を握る。
「紫乃…」
1人になった空間で、伊織は誰にも聞かれないくらい小さな声で、そう呟くのだった。
「君景は無事なのかしら…」
伊織は自室に戻り、落ち着きなく筆を取っては置き…を繰り返している。君景は戦に出ており、まだ帰ってきていない。出迎えるという行為は、六花もいるので立場上あまり望ましくない。
「こんなにあの人を想ってたら、あの人の夢に私が出てしまうわ…。」
夢というのは不思議なもので、人が夢に出てくるのは、その人が夢を見ている相手のことを強く想っているからだ、と考えられてる。伊織は自分が君景のことを想いすぎて、君景の夢に自分が出てしまうのではと恥ずかしくなった。
「君景…」
小さく呟き、さらに頬を染める。そう呼べと言った彼は、強く勇ましく冷酷で、それなのに…伊織にだけ心の柔らかいところを見せる。君景に早く会いたい、伊織はそう望むのだった。
―――その夜、うつらうつらと伊織は、夢の通路を探す。どうか夢の中だけでもあの人に会えますように。



