伊織は宮中の庭に出ていた。季節が美しい。その光景に和歌を詠みたくなる。
「筆をお願いできますか?」
自分の侍女に頼む。侍女は頷き、廊下を歩いていった。
「あなたもここを見たの…?」
誰もいない空間に問うように、伊織がつぶやいた。
「随分ゆっくりしてらっしゃるのね。そんなにゆっくりしておいて、皇子の呪いは大丈夫なのかしら?」
後ろから聞こえた声に伊織は振り返った。そこには6人の女性が立っている。
宮中には帝の正室と側室、そして皇子の妃候補が住んでいる。皇子の妃候補は、帝が集めたらしく、身分の高い者や何か秀でたものを持つ者が多い。そして、皇子の妃候補の中でも特別待遇に値する者、その者たちは『六花』と呼ばれていた。
「『六花』の皆様…であってますでしょうか?」
「あら、流石の平民出身のあなたでも分かるのね?」
伊織の言葉に返した女性。女性としての魅力を感じるその姿は幾人もの男性を虜にするだろう。
「紅葉、やめておきなさい。こちらだって身分の高い者だけではないですから。」
尼僧のような格好をした高貴そうな女性が嗜めるようにいった。紅葉、そう呼ばれた女性がハッと笑う。
「蓮華様は随分お優しいのね〜。でもあなたが言うと嫌味になるわ〜。ねぇ、琳、そう思わない?」
紅葉は控えめに後ろの方に立っていた女性に声をかけた。
「あっ、えっと…」
かぁぁ…と琳が赤くなる。
「ここで琳を話題にあげなくてもいいでしょう。」
スッと琳を庇うように、別の女性が立った。
「あら、あなたは逆に身分だけよねぇ。友代。」
今度は紅葉の隣に立った女性がくすくすと笑いながら、友代という女性に話しかけた。
「なっ…⁉︎小町…」
友代は悔しそうにグッと唇を噛む。それもそのはず「友代は身分だけ。」そう言った小町は絶世の美女だ。紅葉とはまた違う女性としての美しさに、少女のような可憐さ。一目見れば、心奪われるだろう。小町は「身分だけ」と言われることはない。現れた六花が、仲間内で言い合いを始めたのをポカンとして見る伊織。
「…見える…あなたが全てを解く者…。」
「きゃぁぁあ⁉︎」
耳元から急にぬるりと聞こえた声に、伊織は悲鳴をあげた。美しいが、頭から布を被った怪しげな女性が、伊織の真後ろにピッタリと立っていた。
「失礼。泉と申します。以後、お見知りおきを…。」
ニヤリと笑って挨拶される。バクバクとする心臓を抑えながら、伊織は無言でお辞儀した。
「あら、泉。あんた、ついてきてたのね。」
紅葉が言うと、泉は笑みを深める。
「この泉は、運命が動くのを見届けたく…。」
「あっそ。相変わらず何言ってんだか。」
泉の怪しさを物ともせず、紅葉は興味なさげに言った。
「ねぇ、あんた。歌を詠みなさい。」
紅葉が伊織を指差した。
「は?」
「お得意の歌を詠みなさいって言ってんの。なんでもいいわよ。庭も見えるし、あなたには簡単でしょ?」
他の六花も紅葉と同じように、伊織を見定めるようにジロジロ見る。遠慮ない者と遠慮がちな者には分かれているが。
「この前のが特別な一句、または偶然じゃないなら出来るでしょう?」
小町は紅葉の横で笑いながら、言った。伊織の部屋で君景が泣いた瞬間を見ていない六花は、初めて皇子が泣いたのはただの偶然だと思っているらしい。チラリと六花を見る。紅葉と小町、泉はこっちを見てニヤニヤと笑い、友代は険しい顔をしている。琳は目があった瞬間に目を逸らし、蓮華は静かに目を閉じている。
「…。」
ふぅ、と伊織が一息ついた。眉を下げ、少し困った顔をする。「詠めないのか」紅葉がそう言おうとすると、伊織の声が響いた。
『六花
空舞う姿
手を伸ばし
ともに過ごせば
雪解けの笑み』
(雪のように冷たくも美しい六花の皆様が、こちらに来たので、手を伸ばし、近づきたくなりました。共に過ごして友人になれたのであれば、雪解けのような笑みが見れるのでしょうか?)
―――今の季節とは全然違う『雪』で六花の美しさと今の状況を示す。歓迎されていないであろう冷たさを感じながらも、六花を尊敬し仲良くなりたい、といじらしく歌を詠むその姿。六花は悪い気はしなかっただろう。
誰からだろうか。ほぅ…と感心のため息が漏れる。
「ふ、ふん!」
「あらぁ。」
「おや。」
「…そんな。」
「見事ですね。」
「ふふふ。」
紅葉、小町、蓮華、琳、友代、泉がそれぞれ反応する。スッと蓮華が伊織の前に立った。
「先ほどの無礼、謝らせてください。見事です。美しい庭ではなく、わたくしたちに向けてとは。心を掴むのがお上手ですね。」
蓮華。六花を取りまとめているのは彼女だろう。他の者より、年上らしい落ち着きもあり、静かな高貴さはまさに蓮の花を連想させる。
「ほら、皆さんも。」
蓮華の言葉に残りの5人がそれぞれに伊織を見る。紅葉はそっぽを向き、小町は微笑みながら軽く「ごめんねぇ。」と謝る。琳と友代は悪いことなどしてないのにぺこりと頭を下げ、泉は相変わらず不気味に笑っていた。
「宮中で困ったことがあったら何でも言ってくださいね。わたくしたちも、君景様を救いたい気持ちはあるのです。」
蓮華はそう言い、立ち去って行った。
「ちょっと蓮華!待ちなさいよ!」
「じゃあね、新人ちゃん。」
紅葉と小町が続いて行く。友代はもう一度、伊織にお辞儀をし3人を追いかけた。泉はというと、もういなくなっていた。残っているのは琳だ。
「あ、あの…」
「?」
琳が伊織に話しかける。琳の声が小さいため、伊織は近づいた。
「和歌、得意なんですね…。」
「?えぇ、唯一の取り柄です。」
伊織がそう返すと、琳はなんとも言えない顔をした。
「で、では…」
琳はそう言って、逃げるように立ち去った。
「伊織様?どうかされましたか?」
侍女が帰ってきた。伊織は侍女に問う。
「六花の皆様は、どんな方たちなの?」
侍女は伊織に筆を渡しながら、返事をする。
「ううん…。そうですね、『蓮華様』は信心深く、法話で君景様に涙を流させようとしたとか。高貴な生まれの方ですし、優しい方ですよ。『紅葉様』は恋多き方ですね。君孝様の妃候補だったのですが、君孝様の優しいところが好きとおっしゃっているときもあれば、君景様の勇ましい様子も好ましいと言っていたこともあるそうですよ。紅葉様と仲が良いのは『小町様』ですね。美しさはこの国で一番と名高く、舞もお上手です。小町様も君孝様の妃候補でしたね。君孝様の妃候補であり、今は君景様の妃候補…と言えば『泉様』と『琳様』もですね。ただ、泉様は部屋にいることが多いのであまり見ませんね。謎に包まれたお方です。陰陽師の家系で、占いが得意ということしか知りません。琳様は低い身分だと言われていますが、聡明な方ですよ。そして、六花の中で一番後に宮中に迎えられたのは『友代様』です。…なんでも実は妾の子だとか。皇子と恋仲にならずとも身分だけは与えてあげたいとかでしょうかね…。どこの家にいたのか分からない友代様を帝が連れてきたんですよ。」
最後の方は小声で噂するように、侍女は言った。
「そうですか…」
伊織は少し考えるそぶりを見せた。
「ですが、君景様は伊織様に夢中でございます!」
侍女がにっこりと笑い、大きな声でそう言うので、伊織は少し困ったように笑った。
―――誰かが何かを知っている。知っていて、黙っているのだ。そう、それは積もった雪のように静かに。
「筆をお願いできますか?」
自分の侍女に頼む。侍女は頷き、廊下を歩いていった。
「あなたもここを見たの…?」
誰もいない空間に問うように、伊織がつぶやいた。
「随分ゆっくりしてらっしゃるのね。そんなにゆっくりしておいて、皇子の呪いは大丈夫なのかしら?」
後ろから聞こえた声に伊織は振り返った。そこには6人の女性が立っている。
宮中には帝の正室と側室、そして皇子の妃候補が住んでいる。皇子の妃候補は、帝が集めたらしく、身分の高い者や何か秀でたものを持つ者が多い。そして、皇子の妃候補の中でも特別待遇に値する者、その者たちは『六花』と呼ばれていた。
「『六花』の皆様…であってますでしょうか?」
「あら、流石の平民出身のあなたでも分かるのね?」
伊織の言葉に返した女性。女性としての魅力を感じるその姿は幾人もの男性を虜にするだろう。
「紅葉、やめておきなさい。こちらだって身分の高い者だけではないですから。」
尼僧のような格好をした高貴そうな女性が嗜めるようにいった。紅葉、そう呼ばれた女性がハッと笑う。
「蓮華様は随分お優しいのね〜。でもあなたが言うと嫌味になるわ〜。ねぇ、琳、そう思わない?」
紅葉は控えめに後ろの方に立っていた女性に声をかけた。
「あっ、えっと…」
かぁぁ…と琳が赤くなる。
「ここで琳を話題にあげなくてもいいでしょう。」
スッと琳を庇うように、別の女性が立った。
「あら、あなたは逆に身分だけよねぇ。友代。」
今度は紅葉の隣に立った女性がくすくすと笑いながら、友代という女性に話しかけた。
「なっ…⁉︎小町…」
友代は悔しそうにグッと唇を噛む。それもそのはず「友代は身分だけ。」そう言った小町は絶世の美女だ。紅葉とはまた違う女性としての美しさに、少女のような可憐さ。一目見れば、心奪われるだろう。小町は「身分だけ」と言われることはない。現れた六花が、仲間内で言い合いを始めたのをポカンとして見る伊織。
「…見える…あなたが全てを解く者…。」
「きゃぁぁあ⁉︎」
耳元から急にぬるりと聞こえた声に、伊織は悲鳴をあげた。美しいが、頭から布を被った怪しげな女性が、伊織の真後ろにピッタリと立っていた。
「失礼。泉と申します。以後、お見知りおきを…。」
ニヤリと笑って挨拶される。バクバクとする心臓を抑えながら、伊織は無言でお辞儀した。
「あら、泉。あんた、ついてきてたのね。」
紅葉が言うと、泉は笑みを深める。
「この泉は、運命が動くのを見届けたく…。」
「あっそ。相変わらず何言ってんだか。」
泉の怪しさを物ともせず、紅葉は興味なさげに言った。
「ねぇ、あんた。歌を詠みなさい。」
紅葉が伊織を指差した。
「は?」
「お得意の歌を詠みなさいって言ってんの。なんでもいいわよ。庭も見えるし、あなたには簡単でしょ?」
他の六花も紅葉と同じように、伊織を見定めるようにジロジロ見る。遠慮ない者と遠慮がちな者には分かれているが。
「この前のが特別な一句、または偶然じゃないなら出来るでしょう?」
小町は紅葉の横で笑いながら、言った。伊織の部屋で君景が泣いた瞬間を見ていない六花は、初めて皇子が泣いたのはただの偶然だと思っているらしい。チラリと六花を見る。紅葉と小町、泉はこっちを見てニヤニヤと笑い、友代は険しい顔をしている。琳は目があった瞬間に目を逸らし、蓮華は静かに目を閉じている。
「…。」
ふぅ、と伊織が一息ついた。眉を下げ、少し困った顔をする。「詠めないのか」紅葉がそう言おうとすると、伊織の声が響いた。
『六花
空舞う姿
手を伸ばし
ともに過ごせば
雪解けの笑み』
(雪のように冷たくも美しい六花の皆様が、こちらに来たので、手を伸ばし、近づきたくなりました。共に過ごして友人になれたのであれば、雪解けのような笑みが見れるのでしょうか?)
―――今の季節とは全然違う『雪』で六花の美しさと今の状況を示す。歓迎されていないであろう冷たさを感じながらも、六花を尊敬し仲良くなりたい、といじらしく歌を詠むその姿。六花は悪い気はしなかっただろう。
誰からだろうか。ほぅ…と感心のため息が漏れる。
「ふ、ふん!」
「あらぁ。」
「おや。」
「…そんな。」
「見事ですね。」
「ふふふ。」
紅葉、小町、蓮華、琳、友代、泉がそれぞれ反応する。スッと蓮華が伊織の前に立った。
「先ほどの無礼、謝らせてください。見事です。美しい庭ではなく、わたくしたちに向けてとは。心を掴むのがお上手ですね。」
蓮華。六花を取りまとめているのは彼女だろう。他の者より、年上らしい落ち着きもあり、静かな高貴さはまさに蓮の花を連想させる。
「ほら、皆さんも。」
蓮華の言葉に残りの5人がそれぞれに伊織を見る。紅葉はそっぽを向き、小町は微笑みながら軽く「ごめんねぇ。」と謝る。琳と友代は悪いことなどしてないのにぺこりと頭を下げ、泉は相変わらず不気味に笑っていた。
「宮中で困ったことがあったら何でも言ってくださいね。わたくしたちも、君景様を救いたい気持ちはあるのです。」
蓮華はそう言い、立ち去って行った。
「ちょっと蓮華!待ちなさいよ!」
「じゃあね、新人ちゃん。」
紅葉と小町が続いて行く。友代はもう一度、伊織にお辞儀をし3人を追いかけた。泉はというと、もういなくなっていた。残っているのは琳だ。
「あ、あの…」
「?」
琳が伊織に話しかける。琳の声が小さいため、伊織は近づいた。
「和歌、得意なんですね…。」
「?えぇ、唯一の取り柄です。」
伊織がそう返すと、琳はなんとも言えない顔をした。
「で、では…」
琳はそう言って、逃げるように立ち去った。
「伊織様?どうかされましたか?」
侍女が帰ってきた。伊織は侍女に問う。
「六花の皆様は、どんな方たちなの?」
侍女は伊織に筆を渡しながら、返事をする。
「ううん…。そうですね、『蓮華様』は信心深く、法話で君景様に涙を流させようとしたとか。高貴な生まれの方ですし、優しい方ですよ。『紅葉様』は恋多き方ですね。君孝様の妃候補だったのですが、君孝様の優しいところが好きとおっしゃっているときもあれば、君景様の勇ましい様子も好ましいと言っていたこともあるそうですよ。紅葉様と仲が良いのは『小町様』ですね。美しさはこの国で一番と名高く、舞もお上手です。小町様も君孝様の妃候補でしたね。君孝様の妃候補であり、今は君景様の妃候補…と言えば『泉様』と『琳様』もですね。ただ、泉様は部屋にいることが多いのであまり見ませんね。謎に包まれたお方です。陰陽師の家系で、占いが得意ということしか知りません。琳様は低い身分だと言われていますが、聡明な方ですよ。そして、六花の中で一番後に宮中に迎えられたのは『友代様』です。…なんでも実は妾の子だとか。皇子と恋仲にならずとも身分だけは与えてあげたいとかでしょうかね…。どこの家にいたのか分からない友代様を帝が連れてきたんですよ。」
最後の方は小声で噂するように、侍女は言った。
「そうですか…」
伊織は少し考えるそぶりを見せた。
「ですが、君景様は伊織様に夢中でございます!」
侍女がにっこりと笑い、大きな声でそう言うので、伊織は少し困ったように笑った。
―――誰かが何かを知っている。知っていて、黙っているのだ。そう、それは積もった雪のように静かに。



