君影草の涙〜君がため みそひともじ〜

「清乃様!全てはその臣下の陰謀だったのです!」
友代が清乃を呼ぶ。虚な状態で男たちに連れられていた清乃が、ぴくりと反応した。
「陰謀…?」
「そうです!紫乃を利用して、君孝様を殺し、清乃様を操る…。わたしのせいでもあります…!わたしは、後からいかようにも罰をお受けします!」
琳が泣き叫んだ。
「では…私が君景を呪ったのは…」
清乃の声が震える。
「清乃様はもう自分の意思では動けない。なぜなら、呪いに手を染め、自分の息子を呪って、間違いだったなど、耐えられないからだ!」
臣下は腕に刺さった弓を抜き、笑う。
「どこまで人の心の弱さを利用して…!」
蓮華の眉がつりあがった。
「いい加減にしなさいよ!あんた!」
「紅葉!危ない!」
怒った紅葉が、臣下の元に行こうとすると、手下の男たちが刀を持ち、立ち塞がる。小町が紅葉の腕を掴み、止めた。六花たちが近寄らないように、男たちが刀を向け、警戒する。
「ここで蠱毒をあけ、天災を引き起こす!さぁ、清乃様!蠱毒を開けるのです!あなたには、それしかない!あなたは逃げるにも償うにもそれしかないのだから!こうなれば全員巻き添えだ!さぁ!さぁ!」
臣下が清乃に迫る。
「ごめ…ごめんなさい…私は…」
清乃の弱った心が、全ての判断を鈍らせ、臣下の言う通りに手が動く。清乃が壺の蓋に手をかけた。
「駄目!」
伊織は、手下の男たちが臣下と清乃を見た一瞬を見逃さず、男の1人を突き飛ばし、清乃と臣下の元に飛び込む。壺を奪おうとするが、臣下が止めようと伊織に手を伸ばした。
「こいつ…!」
壺、伊織、清乃、臣下が団子状態になる。その時、ドン!と人が突き飛ばされる大きな音が聞こえた。
「…ぐっ…伊織!母上!その壺から離れろ!」
「…!」
伊織はその声を聞き、臣下を突き飛ばし、思い切り、清乃の腕を引いた。清乃の腕から離れた壺は、地面に当たる寸前で、バキリと割れる。壺の前には1人の男。その男が壺を刀で叩き斬ったのだ。
「君景様⁉︎」
「すまない!遅くなった…!」
その男…君景が振り返った。割れた壺は床に当たり、粉々になって足元に散らばっている。壺の中の1匹の禍々しい毒虫まで、綺麗に斬られていた。それを斬ったせいだろうか、刀はじわりと黒くなり腐り落ちるように折れている。蠱毒を壊したからだろう。苦しそうに現れたはずの君景は徐々に顔色が良くなっていった。
「…ごめんなさ…。」
伊織に腕を掴まれていた清乃が小さくつぶやき、気絶した。なんとか伊織が支えるが、その閉じられた目の下には濃い隈が見える。
「清乃様⁉︎」
友代が心配そうに清乃の名前を呼んだ。伊織は清乃が寝ているだけなのを確認し、友代に目配せをした後、ゆっくり床に寝かせる。
「このことは、父上…帝に報告させてもらう!」
君景は、臣下を睨み、大声で怒鳴った。
「くそっ!こうなれば…!」
臣下が隠し持っていた短刀を手に取り、清乃を狙う。
「…っ‼︎」
伊織が、咄嗟に清乃を背に庇った。臣下の持つ短刀が、伊織の胸を刺す。
「伊織!」
君景の声が響く。伊織の胸を刺した臣下に、君景が体当たりをする。臣下は吹っ飛び、君景は着物にじわりと血を滲ませた伊織を抱きしめた。
「伊織⁉︎大丈夫か⁉︎」
ぐったりとした伊織。
「…ぎゃぁぁぁぁあ!なんだ⁉︎これは⁉︎」
臣下の叫び声。短刀を持つ臣下の指先が黒い。指先、掌、腕とどんどん黒が広がっていく。
「腕が…!体が黒く⁉︎」
混乱する臣下。
「ふふっ…ひひっ…呪詛返しですねぇ。」
いつの間にか、男たちの間を抜けていた泉が不気味に笑う。
「なっ⁉︎そんな馬鹿な!呪いは清乃様が行ったことだ!なんで呪詛返しが私に⁉︎」
どんどん広まる黒は、臣下の頬まで広がっている。泉が臣下の目の前にしゃがみ込んだ。普段は見えない泉の目元が、臣下にのみ、見える。
「なぜか…?…お前が清乃様という蠱毒を生み出したのでしょう?…清乃様が解放された今、呪われるのはお前だ。…さようなら。」
泉が手を伸ばし、臣下の頬を撫でた。そこから、臣下の全身は黒となり、灰のように崩れ去った。臣下の着物だけが残る。
「ひっ⁉︎」
六花に刃を向けていた男たちが、その様子を見て、腰を抜かす。
「…っ!捕らえて、連れて行け!」
「はっ‼︎」
友代の声で従者たちが、男たちを押さえ、連れて行く。
「伊織…!伊織っ…‼︎」
君景が伊織を抱きしめている。君景の目には…透明の雫。目を閉じていた伊織が、薄く目を開いて、微笑んだ。
「良かった…。呪いは解けたのですね…。」
「そんなこと心配している場合か!お前は刺されて…!」
「大丈夫です…。何かに当たって…深くは刺さっておりません…。」
伊織は胸元から何かを取り出した。
「紫乃…」
取り出したそれは、物合わせの貝。それは短刀が刺さったせいで、ばらばらに割れていた。伊織の血と装飾のついた貝の粉が、ぱらぱらと伊織の手から落ちる。
「伊織…!良かった…!」
琳が伊織に駆け寄る。他の六花たちも伊織を囲うように近づいてきた。伊織はみんなを見渡し、悲しそうに笑った。
「…私は役目を果たしました。宮中を出ます。」
紅葉、小町、蓮華、友代が驚いた顔をする。
「そんな…!」
琳が首を振る。泉は考えるそぶりを見せながら、伊織を抱える君景を見た。
「その必要はない。」
「だって…私は君景様を利用して…」
後ろめたそうに言う、伊織。君景はため息をついた。
「…伊織は人の気持ちを詠むのが上手いのに、まだ俺の気持ちが分からないのか?」
君景は向き合うように伊織を座らせた。君景は少し赤くなり、ごほん、と咳払いをした。君景が躊躇いながらも口を開く。

『尊し人
桜を数え
幸ここのえ
世を織りなさむ
命尽くるまで』

(いとおしいあなたとともに、咲く桜の花を数え、幾重にも重なる幸せを一緒にここで感じながら、この世を織り上げていきたい。命が尽きるその時まで。)
―――幸せを数えながら、一緒に生きたいと強く誓う。夢か現実かと彷徨う気持ちを強く引き寄せる歌だ。それは、伊織が君景の元を去った時に送った歌への返歌。

「あらあら…」
「ふぅ〜ん。」
「わぁ…!」
「おぉ!」
「これはこれは…」
「ひひっ!」
小町、紅葉、琳、友代、蓮華、泉が、それぞれの反応を見せる。にやにやとした六花の反応を見て、伊織は、恥ずかしそうに手で顔を覆い隠した。君景が伊織に近づき、その手を剥がして、目を合わせる。君景の大きな手が、伊織の頬を包んだ。優しく、伊織に唇を重ねる。伊織の目がまん丸になったときに、君景の唇が離れ、もう一度、伊織を見つめた。
「たとえ、はじまりが利用するつもりだったとしても、関係ない。俺の呪いが解けても、伊織と一緒でなければ意味がないんだ。」
伊織の目を見て、そう言った君景は、冷酷な皇子なんてものとは程遠い、美しい桜色の頬をしていたのだった。伊織は顔を真っ赤にして返す。
「あっ…あのような見事な返歌をいただいてしまっては断れないわ…。私だって…君景を愛してるもの。」
堂々と和歌を詠む伊織の姿からは想像も出来ない、少女のように恥じらう姿。君景は胸が苦しくなる。それは呪いのせいではない。
「伊織は…俺を愛しているのか…!」
「なんで泣くんですか⁉︎」
「あはは!うれしいはずなのに、涙が出るんだ…!泣き癖がついてしまったな…!」
ぽろぽろ涙を流しながら、笑う君景。伊織はその笑顔を見て、心が暖かくなるのを感じた。泣き虫で愛おしい人。大好きなその人を思い切り抱きしめる。

―――けふ ここのえに。今日、心の奥深くで2人の気持ちは重なったのだった。