――最悪だ。
これが冴木優の第一印象だった。
僕は七瀬律。高校三年生だ。
自分で言うのはなんだけど、成績優秀で生徒会長。弓道部の部長を務めている。
そんな僕の前に突然現れたのが、同級生の冴木傑だ。
冴木は訳があって、東京都立桜丘高等学校に転校してきたのだ。
昨日の放課後、担任の先生から「急にだけど明日から転校生が来るから、面倒をみてほしい」と頼まれた。
どうやら転校生の父親と担任の先生は、高校時代からの付き合いがあるらしい。
急に転校が決まったのでは、さぞかし不安だろうと思った僕は、一つ返事で「わかりました」と答えた。
急な親の転勤などが転校の理由だろう。
元々世話好きで、責任感の強い僕は、転校してくる冴木君の力になられたらいいな……。と、希望を抱いていた。
担任の先生が隣の席にしてくれたらしいから、教科書が届くまでは教科書を見せてあげたり、昼休みは一緒に学生食堂に行くのもいいかもしれない。
学校の中だって案内してあげたいし、部活動見学にも連れて行ってあげたい。
冴木傑君ってどんな子なんだろう……。
僕の期待は膨らむばかりだ。
仲良くしたい、友達になりたい。
僕の胸の中で、どんどん希望が膨らんでいくのを感じた。
それなのに――。
「彼が冴木傑君だ」
「……はい?」
担任の先生に紹介されたのは、僕が想像していた生徒とは全く違っていた。
明らかに校則違反の茶髪に、肩まである髪をハーフアップにまとめている。
耳にはいくつピアスがついているかわからないくらいだし、指輪やブレスレットをたくさんつけている。
ワイシャツのボタンは第二ボタンまで止められておらず、鎖骨が丸見えになってしまっている。同性の僕でさえ、目のやり場に困るくらいだ。
ネクタイだってかなり緩く占められているし、腰には学校指定のセーターが巻かれている。
上履きの踵なんて踏み潰されていて、彼が歩く度に靴を引きずるだらしない音が職員室中に響き渡った。
一体これだけで、いくつの校則を破っているのだろうか?
校則を破ることなく、優等生として生活をしている僕から見たら、冴木君は受け入れがたい存在だった。
僕はといえば、冴木君とは正反対で、短髪の黒髪。
制服だって校則通りに着こなしているし、ピアスだって開けていない。
上履きの踵を踏むなんて以ての外だ。
――最悪だ。
僕はもう一度、冴木君を見て思う。
どこをどう努力すれば、僕と冴木君が仲良くなれるというのだろうか?
いくら親同士が知り合いだといっても、こんな生徒の世話をするなんてまっぴらごめんだ。
下手をしたら、僕の評判まで下がってしまう。
できれば関わりたくない。僕の全身が、冴木君を拒絶した。
しかし、冴木君はそんなのお構いなしだ。
「よろしくね」
なんてにこにこ笑っている。
その笑顔はとても無邪気で、まるで子供のようだ。
そのおおらかな雰囲気で、彼は僕のテリトリーに一瞬で入り込んできてしまったのかもしれない。
明るくて無邪気で、屈託なく笑う冴木君に、僕は少しだけ興味を持ってしまった。
でも、僕たちは全く正反対の存在のように感じてしまう。
僕は両親が教師をしていて、厳しい家庭環境の中で育ってきた。
社会のレールからはみ出すことは許されなかったし、なんでも一番でいなければならなかった。
しかし、きっと彼は違う。大空を飛ぶ鳥のように、自由奔放に育ってきたのだろう。
誰かに指図されることもなく、自分らしく生きてきたのかもしれない。
そう考えると、僕は冴木君が少しだけ羨ましくなってきてしまう。
親が敷いたレールに乗って生きてきた僕と、一目も気にせず自由に生きてきた彼。
正反対の僕らが出会った瞬間だった――。
それから僕は、担任の先生に言われた通り、冴木君に校内の案内をすることになった。
彼は僕の後ろを、鼻歌を歌いながらついてくる。
上履きを引きずる音が廊下に響き渡り、僕は何度も「上履きはちゃんと履こうね」と言いかけた言葉を呑みこむ。
本当は茶髪もピアスも校則違反だ。
制服だって本来なら、もっときちんと着てほしい。
でも、これが彼の個性であり、先生が認めているのであれば、僕が口を出すところではない。
だけど、気になる。気になって仕方がない。
今からでも「やっぱり、僕と彼は合いません。彼の世話係なんて無理です!」と担任の先生に申し出ようか悩んでいるくらいなのだから。
でも見た目で人を判断してはいけない。そう自分に言い聞かせて、とりあえず自分たちの教室へと向かった。
「ところで、冴木君はなんで転校してきたの?」
「傑でいいよ。俺も律って呼びたいし」
「あー、うん。そうだね」
僕は正直、こんな感じの馴れ馴れしい雰囲気は好きではない。
名前を呼ぶときは〇〇君、〇〇さんと呼ぶべきだと思っているから。
でも、ここは仲良くするためだ。彼の望む通り名前で呼ぼう。
「傑はなんで急に転校してきたの? 保護者の転勤とかが理由だったりする?」
「うーん……。そうじゃない」
「じゃあ、なんで? こんな時期に転校なんて珍しいじゃない?」
階段を上りながら傑に視線を移すと「うーん」と何か考え事をしている。
その姿を見て僕はハッとする。
もしかしたら、ご両親の離婚とか、話づらい内容だったのかもしれない。
僕は軽々しく問いかけてしまったことを、酷く後悔してしまった。
「ごめんね、変なことを聞いて……」
そう口を開こうとした時、傑が僕のかを見てにっこりと微笑む。
その笑顔がまるで太陽に向かって咲く向日葵のようで……。僕は言葉を失ってしまう。
傑ってよく見るとすごくイケメンなんだ、とこの時初めて知った。
「転校の理由はさ、ちょっと喧嘩しちゃったんだよね」
「喧嘩? 友達と喧嘩したくらいで転校してきたの?」
「あー、まぁね」
傑は、見た目によらずデリケートなんだ……。
その見た目とのギャップが可愛らしく感じられた。
「友達とどんな喧嘩をしちゃったの?」
「友達って言うか、いきなり五人くらいの奴らに囲まれたから、全員ボコしたらなんか転校させられた」
「え? 喧嘩って、そういう喧嘩なの……?」
「あぁ。でも喧嘩を売ってきたのは向こうだぜ? 被害者は俺だよ」
傑はそう言いながら窓の外を眺めている。
五対一の喧嘩……。
僕には想像もつかないような話だった。
「それで傑はその喧嘩に勝ったの?」
「うん。俺、幼稚園の頃から空手をやってたから、五人くらい余裕だったよ」
「へ、へぇ、そうなんだ……。傑は喧嘩が強いんだね……」
「まぁね。でも俺は悪くないのに転校させられてさ。納得いかねぇよ」
そう話す傑に、反省の色は全く見られない。
――やっぱり最悪だ。
なんでこんな不良のことを可愛いと思ってしまったのだろうか、と自分を呪いたくなってしまう。
大体担任の先生だって、こんな問題児の世話をしろだなんて、あんまりではないか?
僕は咄嗟に、この場から逃げ出したくなる衝動を必死に堪える。
だって、傑がふと寂しそうな顔をしたように見えたから――。
これが、まるで正反対の僕たちが出会った瞬間だ。
でもこの先、僕は少しずつ傑に惹かれていくこととなる。
なぜなら、傑は僕の知らない世界をたくさん教えてくれたから。
初めて飲む炭酸飲料に、初めて食べたチョコレート。
それらは、体に悪いからって、小さい頃から両親に与えてもらえなかったものだった。
それだけではない。
初めて授業をサボったり、放課後ゲームセンターに寄ったり。
そして、僕は生まれて初めて恋をした。
出会いはあんなに最悪だったのに、僕は傑に恋をしたんだ。
初めて手を繋いで。
初めて抱き締められて。
初めてキスをした――。
最悪の出会いが恋に変わる瞬間を……。
この時の僕は、まだ知らなかった。



