シカゴを舞う京の鳳凰~あなたの財布で眠っている130年の誇り ―

◇1-1【届けられなかった手紙、胸中の独白】
桐島文子が京都に帰国して数週間が過ぎた。ある夜のことだった。
日中は、まるで失われた記憶の欠片(かけら)を拾い集めるかのように、 洛中の辻々(つじつじ)を歩き続けた。
夜、一人になると、その日に見た光景が、重く心にのしかかる。
京都御所の北あたり、静かな屋敷町の一角に借りた住まいの書斎で、 桐島文子は、異国の香りがまだ残る便箋にペンを走らせていた。

遠いアメリカで、日本の将来を案じているであろう、ただ一人の肉親へ。
しかし、それは決して投函されることのない手紙だった。

『お父様、ご報告が遅くなりました。私は今、あなたの故郷、そして私の生まれた場所でもある京都におります。
ですが、お父様。あなたが私の幼い手を取り、語ってくださった、あの誇り高い「千年の都」は、どこにも見当たりません。
ここにあるのは、帝に去られ、時代の奔流に取り残され、魂を失った、ただ静かで悲しい抜け殻です。
帰国してからというもの、私の胸を占めるのは、喜びよりも胸に穴が開いたような喪失感ばかりです。
そして…私は、この都で、やはり「異邦人」のようです。
日本のために尽くしたいと願えば願うほど、私の言葉や考え方が、いかにこの国の流儀から外れているかを突きつけられます。
アメリカでの、あの明快で率直な言葉が、時折ひどく恋しくなります。
この街の再生に、私の持つ知識や経験が役立つのではないかと、渡米前には考えておりました。
しかし、その大きな課題を前に、今の私に何ができるというのでしょう。
私の知識は、所詮、西洋の物差しで測ったものに過ぎないのではないか。そう考えると、夜も眠れなくなります。
お父様なら、こんな時、何とおっしゃってくださいますか。
きっと『前だけを見て進め』と、いつものように力強く背中を押してくださるのでしょうね。
その声が、今、無性に聞きたくてなりません…』

桐島は、そこまで書くと、インクが滲む前にペンを置いた。 頬を、一筋の熱いものが静かに伝う。
アメリカでも、これほどの孤独を感じたことはなかったかもしれない。
しかし、彼女は声を上げて泣くことはしなかった。 自らの指先で乱暴にその涙を拭うと、すっくと立ち上がり、窓辺へと向かった。
窓の外に広がるのは、静寂に包まれた古都の闇。
その闇の向こうに、彼女は、まだ消えてはいない人々の暮らしの小さな灯火(ともしび)と、
この都が秘めているはずの、計り知れないほどの底力を見た気がした。 (…それでも)彼女は、固く唇を結んだ。
(それでも、私はやる。私にできることを見つけ、この都の魂を、もう一度世界に示すために。お父様、見ていてください)

書き終えられなかった手紙を、彼女は二度と開くことなく、 机の引き出しの奥深くへと静かにしまい込んだ。

一呼吸置くと、桐島は新しい便箋を取り出した。
今度は、先ほどとは打って変わって、躊躇(ためら)うことなく、 滑らかな筆致で迷いなく言葉を綴っていく。

『お父様、ご報告が遅くなりましたが、先般、無事に京都へ到着し、 元気に過ごしております。
お父様が懐かしんでおられた東山の稜線は、今も変わらず美しく、私の心を和ませてくれます。
街並みは随分と変わりましたが、そこかしこに昔の面影が残っており、懐かしい気持ちで散策する毎日です。
アメリカとは違う、奥ゆかしい文化や人々の気質にも、日々新しい発見があり、 全てが順調で、とても楽しく過ごしております。
どうぞ、文子のことはご心配なさらず、くれぐれもお体を大切にお過ごしください。
また近いうちに、便りをいたします。 文子より』

桐島は、その当たり障りのない、しかし父を安心させるためだけに選ばれた言葉で
埋められた手紙を丁寧に折り畳むと、封筒に入れ、アメリカ合衆国の父の住所を美しい筆記体で書き記した。
引き出しの奥深くに仕舞われた、涙の染みが残る一枚目の手紙には、彼女の「本音」が、
そして、文机の上に置かれた、希望と平穏だけが綴られた二枚目の手紙には、 彼女の「覚悟」が、
その二通の間に横たわる、 誰にも見せることのなかった葛藤を、 彼女はたった一人、胸の内に抱えて生きていくのだ。

◇1-2【京都実業協会、文化首都への挑戦】

それから数年後、明治24年、秋。
京都中の悲願であった「平安遷都千百年紀念祭」の開催が、ついに正式に決定したという報は、深い霧の中に差し込んだ一筋の光明のように、人々の心に希望の灯を点した。
この決定の陰には、京都商法会議所副会頭にして、この紀念祭実行のために自ら「京都実業協会」を設立し、
その会長として先頭に立って奔走した男、中村栄助の不屈の努力があった。

彼の胸には、岩倉具視公が欧米視察時にモスクワでの経験から提唱し、
佐野常民翁が第一回内国勧業博覧会東京開催という形でその可能性を示した、「京都文化首都構想」という揺るぎない目標が燃えていた。
東京に政治経済の中心が移った今、首都ではなくなった京都が再び輝きを取り戻す道は、
世界に冠たる文化の都として再生すること以外にない―

中村栄助はそう固く信じ、中央政府や頑迷な重鎮たちを相手に粘り強い交渉を重ね、
幾多の困難を乗り越え、ついにこの紀念祭という歴史的な事業の開催を決定させたのである。
京都実業協会は、中村のその熱意に引かれるように、
京都の未来を憂う商人、職人、文化人たちが続々と集う、まさに「文化首都」実現への希望の砦となっていた。

その日の午後も、京都商法会議所の大広間は、中村栄助の呼びかけに応じた京都実業協会の会員たちの熱気で、
外の肌寒さとは裏腹にむせ返るようだった。
そこは紀念祭の具体的な計画を練るための戦場であり、同時に、京都の未来を語り合う希望の砦でもあった。

◇1-3【通訳兼日本初の広報官、桐島文子】

その京都実業協会の会合に、桐島文子の姿もあった。
帰国から1年後には京都商法会議所の専属通訳を務め、中村栄助の強い要請を受け、
京都実業協会の活動にも加わって以来、彼女はその国際感覚と広報官としての鋭い視点で、
紀念祭の計画に新たな風を吹き込もうとしていた。
アメリカで育ち、現地で広報を学んだ桐島は、英語は母語同然、欧米の文化や社会事情にも精通している。

しかし、その一方で、日本の、特に京都の奥ゆかしいとも言える婉曲的な物言いや、
「忖度」を重んじる空気には、未だ戸惑いを隠せないでいた。
彼女の率直で論理的な発言は、時に古い考えを持つ者たちから
「生意気だ」「女の浅知恵」と反発を招くこともあったが、
中村栄助は、そんな彼女の型破りな発想力と、何よりも「日本の文化の真価を世界に正しく伝えたい」という
強烈な信念を高く評価していた。

◇1-4【突然の指令、世界への挑戦】

議題が進行し、会議も終盤に入る頃 一人の書記が慌ただしく入室し、中村に一枚の電報を手渡した。
「会長、東京の政府筋より、至急の電報でございます!」
中村は訝しげにそれを受け取り、目を通す。
その顔が、みるみるうちに驚きと、 そして新たな緊張の色を帯びていくのを、一同は息を詰めて見守った。
ややあって、中村は顔を上げ、電報を持つ手をわなわなと震わせながら、 絞り出すような声で言った。
「今、驚くべき報せが届いた。政府が、来たる明治26年、アメリカ合衆国シカゴで開催される万国博覧会へ、
正式に参加することを決定した、と」

「シカゴ…万博…?」
どよめきが広がる。
平安遷都千百年紀念祭という国内の一大事業に集中していた彼らにとって、 それは予期せぬ、そして途方もなく大きな話であった。
「それだけではない」
中村は続ける。
「政府は、このシカゴ万博において、我が国を代表する文化や産業を世界に示すべし、と。そして…」
彼は一度言葉を切り、改めて一同を見渡した。
「我々、京都実業協会に対し、『京都ならではの、日本の文化の粋を示す出展内容を、
速やかに検討し、提案すべし』との、お達しが下ったのじゃ!」

その言葉は、紀念祭決定時の歓喜とは異なる、重い衝撃となって会議室を揺るがした。
シカゴ万博―それは、欧米列強がその国力と技術力を競い合う、まさに世界の檜舞台。
そこに、今の疲弊した京都が、一体何を示せるというのか。
紀念祭の準備だけでも手一杯だというのに。会場には、期待よりもむしろ、 戸惑いと重圧感が漂い始めた。
「会長、それはまことですか?シカゴとは、また…大きな話だ。 紀念祭の準備だけでも手一杯というのに…」
年配の呉服商が、不安げに声を震わせる。
「うむ。確かに、平安遷都千百年紀念祭は我々の最優先課題じゃ。
これは、まず国内に向けて、京都の文化と誇りを再び示すための、 絶対に失敗できぬ戦い。しかしだ」

中村は、自らを、そして一同を鼓舞するように、力強く拳を握った。
「このシカゴ万博への出展は、平安遷都千百年紀念祭とは全く別の、 もう一つの大きな好機と捉えるべきではないか?
我々が目指すは、単なる紀念祭の成功だけではない。その先にある、京都が真の『文化首都』として世界に認められる未来じゃ。
そのためには、国内への発信と同時に、世界へも我々の真価を問わねばならん。
紀念祭とシカゴ万博は、いわばその両輪。どちらも『京都文化首都構想』実現のためには欠くことのできぬ布石なのだ!」

その言葉には、有無を言わせぬ気迫がこもっていた。
中村の脳裏には、岩倉公が語ったという、政治経済としての首都機能を失ってもなお、
伝統的な儀式や文化・歴史の首都として輝き続けるモスクワの姿があった。京都もまた、そうなれるはずだ、と。
その言葉には力があったが、具体的な方策が見えない中では、空回りする熱意のようにも聞こえた。
桐島は、そのやり取りを冷静に見つめていた。
彼女の大きな瞳は、他の誰よりも遠い、シカゴの地平を見据えているかのようだった。

◇1-5【沈黙の会議、試される知恵】

中村の檄を受け、会議は改めてシカゴ万博への出展内容の検討に入った。
しかし、なかなか議論は深まらなかった。

「西陣の最高級の打掛を数十点集め、その豪華絢爛さで度肝を抜くのが一番では…」と、
老舗の織物問屋の松井が、斜陽の業界の再起を賭けるように切々と訴える。
「このままでは、西陣の名も地に落ちてしまう。今こそ、世界にその真価を問わねば!」
「いや、それだけでは美術館の展示と変わらん」と、清水焼の陶磁器組合の長老、田所が重々しく首を振る。

「清水の陶工に、万博を記念した巨大な花瓶でも作らせてはどうかね?
先人たちが築き上げたこの繊細な手仕事の美を、絶やすわけにはいかぬ。
だが、これをどう異国へ運び、その価値を理解させるか…」

それぞれの提案には、京都の文化への誇りと愛情、そして各業界が抱える厳しい現状と未来への切実な願いが滲んでいた。
だが、万博という未知の舞台で、しかも厳しい予算と時間の制約の中で、
確実に「世界を驚かせる」だけのインパクトと独創性を兼ね備えたものは何か。
その一点において、誰もが光明を見出せずにいた。

桐島文子は、それぞれの意見に耳を傾けながら、
幼き頃、父に連れて行ってもらった1876年のフィラデルフィア万博を思い出していた。
日本の工芸品が単なる「珍奇な骨董品」としてしか扱われなかった苦い記憶。 そして帰国後に京都の工房で目の当たりにした、
名もなき職人たちの、生活を賭して伝統を守り抜こうとする 静かな、しかし燃えるような心意気。
必要なのは、物珍しさではない。 魂を揺さぶる「物語」なのだ、と彼女は確信していた。

時間だけが過ぎ、部屋には重苦しい疲労感が漂い始める。 中村栄助は、眉間の皺を一層深くし、太い腕を組んだ。
「…皆の熱意はよう分かった。しかし、これでは埒が明かぬな」
その声には、隠しきれない焦燥が滲んでいた。
「このままでは、中央政府に我々京都の心意気を示せん」 叱咤するような言葉にも、もはや活気ある反論は返ってこない。
中村は、大きく息を吐き出すと、決断を下した。

「本日のところは、ここまでと致す。各々、この難問を持ち帰り、 今一度、白紙の状態で知恵を絞り、
そして魂を込めて考えてほしい。 数日後、改めてこの場で、それぞれの『世界を驚かせる京都の宝』を聞かせてもらう。
それまでに、必ずや答えを見つけ出すのだ。よいな!」
その言葉は、重い宿題を改めて全員に課すものだった。
会議室は、安堵よりもむしろ、さらなる重圧に包まれたように静まり返った。

中村栄助は、重い足取りで席を立ち、会場を後にした。

◇1-6【静寂の中の構想】

会議が終わり、人々が三々五々、重い足取りで大広間を後にしていく中、
桐島は一人、窓辺に佇み、暮れなずむ京都の空をじっと見つめていた。 彼女の大きな瞳は、先ほどまでの会議室の誰よりも遠く、
そして鮮明に、 シカゴの、そしてその先の未来を見据えているかのようだった。

その手には、会議中に無意識に書き留めたいくつかの走り書きと、 そこに描かれた、ある壮麗な建物、
そしてそれを取り巻くであろう国籍も人種も異なるであろう多くの人々が、 一様に息をのみ、
そして心からの笑顔を浮かべている光景の、ぼんやりとした、 しかし確かな輪郭を持つスケッチが握られていた。
(千年の都の魂を、世界に示す…その形は、これまでに誰も見たことのない、
そして誰もが心奪われる、そんな輝きをもっていなければ…! これならば、きっと…!
言葉や文化の壁を超えて、 彼らの心に直接、日本の文化の真髄を届けられるはずだわ!)

それは、幼き頃にフィラデルフィアの万博で感じた悔しさ、帰国後の京都で出会った職人たちの心意気、
京都の持つ素晴らしい伝統文化、そしてアメリカで培った広報官としての視点、
その全てが彼女の中で結実しようとしている、巨大な構想の萌芽であった。

彼女は、静かに息を吸い込み、そのスケッチを胸に抱きしめた。
数日後の会議。 そこで、この古都の、そして日本の未来を賭けた、壮大な提案がなされることを、
今はまだ、彼女だけが知っていた。 その大きな瞳が、決意の光にひときわ強く美しく輝いていた。