シカゴを舞う京の鳳凰~あなたの財布で眠っている130年の誇り ―

◇1【半世紀の伝言~栞に託されし永遠の美】

それから、幾星霜の時が流れた。 明治は遠く、日本は激動の昭和の世を生きていた。
戦後の灰燼の中から復興が進む中、新しい時代にふさわしい貨幣のデザインが議論されていた。

奇しくも、宇治の平等院鳳凰堂が国宝に指定された昭和26年(1951年)
新しい十円硬貨の裏面に、その優美な姿が刻まれることが決まった 。
58年前、シカゴの空に舞った鳳凰殿 。あの日、文子が祈りを込めて一枚ずつ金箔を置いた「栞」の輝き が、あるいは職人たちが端材から削り出した「小さな鳳凰」の魂 が、巡り巡って、新しい日本の象徴として選ばれたのかもしれない。

その報せを、京都で穏やかな晩年を送っていた桐島文子――85歳になった彼女は、ある日、新聞の小さな記事で知った。
彼女は、記事に添えられた不鮮明な写真の上を、皺の刻まれた指先でそっとなぞった 。

「…そう。あの時、シカゴの空へ翔ばたかせようとした鳳凰は、こうして、この国の全ての人々の手の中に、還ってきたのね…」

遠いシカゴの乾いた風の匂い、久留たちが木を打つ小気味よい音 、そしてジュリエットと分かち合った抹茶の、あの温かなほろ苦さ 。 日本の美の真価を伝えたいと願った、あの日々の熱い想いが、胸の奥に鮮烈に蘇る。
文子の目元には、深い感慨と共に、穏やかな微笑みが浮かんだ。
その小さな茶褐色の硬貨は、以来、日本の隅々にまで行き渡り、老若男女、知らぬ者のない存在となった 。

シカゴで桐島文子たちが蒔いた一粒の種は、半世紀以上の時を経て、
こうして日本中の人々の日常の中に、最も身近な、そして永遠の形となって実を結んだのだ 。
その輝きは、今、この瞬間もあなたの手元で生き続けている。

◇2【物語の続きは、あなたの財布の中から――】
この物語は、あなたが読み終えたその瞬間から、静かに現実世界へと続いていく。
その真の終着点は、これを読み終えたあなた自身に委ねたい。

どうか、今すぐに、あなたの財布の中に眠る一枚の十円硬貨を取り出してみてほしい。
そして、その表面を指先でなぞってみてほしい。
そこに刻まれた鳳凰殿の左右対称の優美な屋根、そして今にも飛び立とうとする鳳凰の鋭い翼の感触を。

その冷たい金属の凹凸に触れるとき、あなたの指先は、130年の時を超えて、文子が栞に置いた金箔のぬくもりや、職人たちが魂を削り出した檜の質感と、確かに繋がるはずだ。
あなたが今、掌に感じているその重みこそが、明治のシカゴで、言葉と文化の壁に挑んだ人々の情熱の重さそのものなのだ。

もしあなたが京都を訪れる機会があったなら、ぜひ宇治の平等院鳳凰堂へと足を運んでみてほしい。
そこには、130年前のシカゴで文子たちが命を懸けて守り抜こうとした「日本の誇り」の正体が、
変わらぬ姿であなたを静かに待っているはずだ。

そう。あなたもまた、この物語を受け継いでいく一人。
あなたの手のひらにある小さな鳳凰は、これからも変わることなく、日本の誇りと希望を静かに語り続けていく。