無能令嬢と祓い屋当主の契約結婚~契約で結ばれたわたしたちが、本当の夫婦になるまで~




 屋敷に戻ったふたりは、灰音にあてがわれた客室にいた。
 部屋の隅では長火鉢がパチパチと炭を燃やしながら部屋を暖めている。
 室内にはふたりしかいない。
 灰音は、泣きついてしまったことを恥じて顔をあげることが出来ず、座布団に座ってからも目線はうろうろと定まっていなかった。

(わたしと斎さまが結婚なんて……本当に……?)

 幻聴だったのではあるまいか――そんなことを考えながら、彼の様子を窺う。
 すると、斎が口を開いた。

「そういえば聞いていなかったが、お前に婚約者はいないのか?」
「おりません……。わたしは、その……無能、と呼ばれておりましたので……」
「そうか。……甘露桜家での暮らしはずいぶん厳しいものだと噂に聞いたが、相違ないか?」
「……ご存じだったのですね……」
「先ほど調べさせた者から聞いて、知ったばかりだ。表面的なことしか知らないが」

 車内で話した時にはあまり知らないようだったが、いつの間に調べたのだろうか。しかしまぁ、素性の知らない人間を泊まらせるわけにもいかないだろうし――その一環で調べたのだろう。とにかく、自分の家での扱いはもう知られているようだ。

「はい。わたしは……妹や弟と違い、妖怪を祓う能力がありません。妖怪の姿を見ることが出来るようになったのも遅く……。ですから、その、祓い屋としてというより、普通の……。…………」

 普通の、花嫁修業をしてきました。――とも、言えない。一応、女学院で習った家事は一通り出来るつもりだが、灰音が食事を用意することを家族は嫌がり、家ではもっぱら掃除ばかりの使用人扱いだ。

「ですから、至らないことばかりとは思いますが……。努力いたします」
「ああ。ただし、条件がある」
「はい……」

 灰音は硬い表情で頷いた。
 〝条件〟――そうだ。こんなにうまい話があるわけがない。
 ……なんだろうか。掃除? 雑用? ……式神の能力試し?
 脳裏に紅葉の姿が浮かび上がる。気まぐれに自身の式神をけしかけてくる妹の、愉悦に満ちた顔が……。
 その幻想を消し去るような、まっすぐな声で斎は言った。

「俺の仕事に着いてこい。妖怪祓いの際にはそばにいろ」

 灰音は目をぱちぱちさせて、すぐに頷いた。

「は、はい……」
「俺が妖怪を見えないことは秘密にしろ」
「はい」
「お前が他人に妖怪を見せることが出来ると明かすな。俺が見えないことが感づかれる」
「はい。わかりました……」

 当たり前のことを言われている、と思う。この条件は想定内というか、むしろ必須条件だろう。彼のような御三家の人間が灰音のような下級位の家の娘と結婚する理由こそが、これなのだから。
 というより、このために――斎の役に立てると思って、灰音は婚姻を了承したのだ。
 もっと、他になにかあるのではないか?

「あの、もちろん秘密は守ります。……お次はなんでしょうか。どんなことでも仰ってください」
「……ん? 以上だ。これに了承してくれたら、俺は実家からお前を守ると誓おう」
「あ、あれ……?」

 思わず力が抜ける。
 こんなの、条件でもなんでもない。むしろ、灰音にとって都合が良すぎる条件だった。

「わたしはもちろん……大丈夫です。ありがたいくらいです。でも、斎さまは……その、わたしが結婚相手でも良いのでしょうか?」
「あぁ。効率的に仕事が捗るのが楽しみだ」
「そうですか……」

 好きとか嫌いとかではなく、打算的な感想だった。
 斎は部屋の奥に移動すると、文机から紙とペンを取って戻ってきた。そうして、紙にさらさらとペンを走らせる。

「簡単だが、契約書だ」

 その内容は、以下のものだった。

 
 一.鳳凰寺斎の能力について、他言しない。
 二.甘露桜灰音の能力について、他言しない。
 三.上記が守られている間、婚姻関係を継続する。

 
 内容に特に問題はない。先ほど話された通りだ。
 灰音が契約書にサインをした後、斎もペンを走らせる。
 契約書には、ふたりの名前が並んだ。

「……これで契約成立だな。――灰音」
「はい」

 灰音が返事をした後に黙っていると、

「なんだ。結婚するんだ、呼び捨てでいいだろ」
「……? あ、はい……」

 そこでようやく名前の呼び方が変わったことに気がついた。

「問題ありません。好きに呼んでください」
「では、これから頼む」
「よろしくお願いいたします」

 灰音は手をついて深くお辞儀をした。

(斎さまは、わたしの能力が都合が良くて気に入られただけ……。わたしのことが好きというわけじゃない。だけど、それでも構いません)

 彼は、わたしが無能だと知っても笑わなかった人で、初めてわたしに役割を与えてくれた人……。
 だから灰音は、ただただ、この契約を解除されてしまわないように――彼の役に立とうと、強く心に決めたのだった。



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