その後、車内でがしゃどくろとの遭遇の経緯などを聞かれ、灰音は自分の見たままを話した。
そうしているうちに車はどんどん走り、やがて高台にある一軒の屋敷の前で止まった。ここが鳳凰寺家らしい。来るのは初めてだった。
「着いたぞ」
「は、はい」
斎に声をかけられ、灰音は頷いて車を降りる。そして、目の前にそびえ立つそれを、息をのんで見上げた。
それは、大きな朱塗りの門だった。周囲を照らす夕映えと相まって、その朱色は鮮やかで眩しいほどだ。重そうな門がゆっくりと開いていき、そうして現れたのは広い庭園と、その奥に立つ五棟からなる純和風の大きなお屋敷だった。屋敷の周囲は長い塀で囲まれており、どこまでが鳳凰寺家の敷地なのか、入り口からは把握できない。
(すごく広いお屋敷……)
灰音がほぅ……と屋敷を眺めていると、斎が言った。
「ほら。早くしろ」
「え?」
彼は、両手を広げている。――まさか……。
「足が痛むんだろ?」
「い、いえ……! 大丈夫です。歩けます……!」
「遅いのは嫌いだ」
そう言って斎は、有無を言わせず灰音を抱きかかえてしまった。お姫様抱っこで、紅梅の咲く庭を歩いて行く。
彼の胸板が灰音の頬に触れ、その温もりに体がこわばってしてしまう。嫌なわけではない。ただ、困惑というか――慣れないというか――耐性がないというか。断ることも降りることも出来ず、灰音はただ顔を赤らめるだけだった。
当主の帰りに気づいた使用人が、屋敷に一度戻り、今度は複数人になって出てくる。人数は五人で、それぞれ男性は作務衣、女性は給仕エプロン姿だった。
斎は玄関前まで歩いてから、灰音を地面へと下ろす。
使用人らは斎の前で整列すると、揃ってお辞儀をした。
「当主さま、おかえりなさいませ。そちらのご令嬢は?」
「甘露桜家の灰音嬢だ。報賽通りでがしゃどくろが現れて、彼女はそれに巻き込まれた。医者を呼んでやれ」
そしてチラと薄汚れた灰音を見てから、
「それから、風呂の準備も」
「かしこまりました。しかし、そんな大妖怪に襲われても無事だったなんて、さすがは甘露桜家のご令嬢ですねぇ」
そう言って使用人のひとり――五十代ほどの女性が言って、感心したように灰音を見た。
その視線に、慌てて灰音は首を振る。とんでもない思い違いをされてはいけない。
「いえ、本当に、危ないところでした。斎さまがいらっしゃらなければ、その……。ですから、助けていただいて、本当にありがとうございました……」
そう言って灰音は、斎に頭を下げた。
「別に。普通のことだ。――吉江、後は頼んだぞ」
「はい、かしこまりました。こちらへどうぞ、灰音さま」
「あ、はい……」
吉江と呼ばれた使用人の女性――先ほどの五十代ほどの使用人だ――に手を引かれ、そしてもうひとりの使用人に背を押され、灰音は歩き出す。斎がついて来ないのを感じ、後ろ髪を引かれるかのようにそっと振り返る。
彼はそのまま庭に立ち、灰音が玄関に入るのを見ていた。
灰音と女性の使用人たちがいなくなると、庭には斎と男性の使用人のみが残った。
「しかし当主さま。甘露桜家へ送り届けても良かったのでは? 報賽通りですと、あちらの家の方が近かったのではありませんか? あの家なら夜でも医者も呼べるでしょうし」
「呼ぶと思うか?」
「え……?」
「少し、気になることがあってな。急ぎ、甘露桜家について調べてほしい」
「か、かしこまりました」
使用人たちは手配について相談しながら、屋敷へと戻っていく。
ひとり庭に残った斎は、その場で口を開いた。
「――どう思う?」
「くすくす。どうもこうも、主さまが一番わかるのではないかや?」
斎の背後の空間がゆらりと歪んで――彼の式神が現れた。彼女は着物の袖を口元で揺らしながら、愉快そうに笑う。
「しかし、珍しいこともあるもんじゃ。主さまがおなごを連れてくるとは。いつものあやつでさえ、なかなか屋敷には連れて来んのに。まさか、惚れたのかや?」
「うるさいぞ。話を逸らすな」
「はははっ! しかし、なかなか別嬪じゃったぞ」
斎は「はぁ」とため息ををついて、灰音のことを考えた。しなやかな黒髪と、夜の海のような深く澄んだ藍色の瞳。それらはいつも不安げに揺れていて、痛々しい。――だが、そんなことよりも連れ帰った理由は別にある……。
「……ようやく見つけたかもしれないんだ」
「ほう?」
「まだはっきりとしたわけじゃないが――」
そこで斎は一旦言葉を切った。
「もしかすると、彼女は俺の――……」
そして、また少し考えるような仕草をした。
そうしているうちに車はどんどん走り、やがて高台にある一軒の屋敷の前で止まった。ここが鳳凰寺家らしい。来るのは初めてだった。
「着いたぞ」
「は、はい」
斎に声をかけられ、灰音は頷いて車を降りる。そして、目の前にそびえ立つそれを、息をのんで見上げた。
それは、大きな朱塗りの門だった。周囲を照らす夕映えと相まって、その朱色は鮮やかで眩しいほどだ。重そうな門がゆっくりと開いていき、そうして現れたのは広い庭園と、その奥に立つ五棟からなる純和風の大きなお屋敷だった。屋敷の周囲は長い塀で囲まれており、どこまでが鳳凰寺家の敷地なのか、入り口からは把握できない。
(すごく広いお屋敷……)
灰音がほぅ……と屋敷を眺めていると、斎が言った。
「ほら。早くしろ」
「え?」
彼は、両手を広げている。――まさか……。
「足が痛むんだろ?」
「い、いえ……! 大丈夫です。歩けます……!」
「遅いのは嫌いだ」
そう言って斎は、有無を言わせず灰音を抱きかかえてしまった。お姫様抱っこで、紅梅の咲く庭を歩いて行く。
彼の胸板が灰音の頬に触れ、その温もりに体がこわばってしてしまう。嫌なわけではない。ただ、困惑というか――慣れないというか――耐性がないというか。断ることも降りることも出来ず、灰音はただ顔を赤らめるだけだった。
当主の帰りに気づいた使用人が、屋敷に一度戻り、今度は複数人になって出てくる。人数は五人で、それぞれ男性は作務衣、女性は給仕エプロン姿だった。
斎は玄関前まで歩いてから、灰音を地面へと下ろす。
使用人らは斎の前で整列すると、揃ってお辞儀をした。
「当主さま、おかえりなさいませ。そちらのご令嬢は?」
「甘露桜家の灰音嬢だ。報賽通りでがしゃどくろが現れて、彼女はそれに巻き込まれた。医者を呼んでやれ」
そしてチラと薄汚れた灰音を見てから、
「それから、風呂の準備も」
「かしこまりました。しかし、そんな大妖怪に襲われても無事だったなんて、さすがは甘露桜家のご令嬢ですねぇ」
そう言って使用人のひとり――五十代ほどの女性が言って、感心したように灰音を見た。
その視線に、慌てて灰音は首を振る。とんでもない思い違いをされてはいけない。
「いえ、本当に、危ないところでした。斎さまがいらっしゃらなければ、その……。ですから、助けていただいて、本当にありがとうございました……」
そう言って灰音は、斎に頭を下げた。
「別に。普通のことだ。――吉江、後は頼んだぞ」
「はい、かしこまりました。こちらへどうぞ、灰音さま」
「あ、はい……」
吉江と呼ばれた使用人の女性――先ほどの五十代ほどの使用人だ――に手を引かれ、そしてもうひとりの使用人に背を押され、灰音は歩き出す。斎がついて来ないのを感じ、後ろ髪を引かれるかのようにそっと振り返る。
彼はそのまま庭に立ち、灰音が玄関に入るのを見ていた。
灰音と女性の使用人たちがいなくなると、庭には斎と男性の使用人のみが残った。
「しかし当主さま。甘露桜家へ送り届けても良かったのでは? 報賽通りですと、あちらの家の方が近かったのではありませんか? あの家なら夜でも医者も呼べるでしょうし」
「呼ぶと思うか?」
「え……?」
「少し、気になることがあってな。急ぎ、甘露桜家について調べてほしい」
「か、かしこまりました」
使用人たちは手配について相談しながら、屋敷へと戻っていく。
ひとり庭に残った斎は、その場で口を開いた。
「――どう思う?」
「くすくす。どうもこうも、主さまが一番わかるのではないかや?」
斎の背後の空間がゆらりと歪んで――彼の式神が現れた。彼女は着物の袖を口元で揺らしながら、愉快そうに笑う。
「しかし、珍しいこともあるもんじゃ。主さまがおなごを連れてくるとは。いつものあやつでさえ、なかなか屋敷には連れて来んのに。まさか、惚れたのかや?」
「うるさいぞ。話を逸らすな」
「はははっ! しかし、なかなか別嬪じゃったぞ」
斎は「はぁ」とため息ををついて、灰音のことを考えた。しなやかな黒髪と、夜の海のような深く澄んだ藍色の瞳。それらはいつも不安げに揺れていて、痛々しい。――だが、そんなことよりも連れ帰った理由は別にある……。
「……ようやく見つけたかもしれないんだ」
「ほう?」
「まだはっきりとしたわけじゃないが――」
そこで斎は一旦言葉を切った。
「もしかすると、彼女は俺の――……」
そして、また少し考えるような仕草をした。



