夕映えの街を、灰音らを乗せた車が走る。
車窓から見える川には、夕日を反射したオレンジの光がゆらゆらと揺れている。
「…………」
灰音は黙ったまま、隣に座っている青年の顔をうかがい見た。彼の黄金色の瞳も、今は夕日色に見える。彼はむっすりとした表情で、何かを考えているようだ。気軽に話しかけられるような雰囲気ではなかった。――先ほど優しそうに見えたのは、勘違いだったのだろうか……。
黒塗りの車の車内にいるのは、灰音、青年、それから運転手の三人だった。彼らは特に話さず、車内には車のエンジン音だけが響いている。
車なんて、初めて乗った。あるのは知っていたが、父や紅葉は「馬車の方が優雅に見える」とよく言って、乗らなかったのだ。しかし、ずいぶんと速いスピードで進む。
(もう、だいぶ遠くへと来たんじゃないかしら……?)
普段通らない道を通っているらしきことだけはわかる。そうして窓の外をぼんやり眺めていると、
「――お前には、アレが見えていたんだったな?」
「え、あ……はい」
灰音はびくりとして彼の方へ顔を向けた。
青年はこちらをまっすぐ見ており、その真剣な表情に思わず唾を飲む。
アレ、とは……がしゃどくろのことだろう。灰音は頷いた。
彼は金色の目を細めると言った。
「では、お前はどこかの祓い屋の家なのか? ――俺の名は鳳凰寺斎。お前は?」
「ほうおうじ……いつきさま……」
灰音には、その名前は聞き覚えがあった。祓い屋の名家中の名家、千年前から続く祓い屋の始祖御三家のうちのひとつ、鳳凰寺家。そこの若き当主の名だったはずだ。
(あんな大きな妖怪を一撃で燃やしてしまうなんて、すごい能力だと思ったけれど、まさか鳳凰寺家の当主さまだったなんて……)
祓い屋には階級がある。国からの依頼を受け国内に結界を張ったり、強力な妖怪を払うことのできる一族は、〈上級位〉の御三家と呼ばれる。御三家の補佐をする〈中級位〉が三十家ほど。一般の依頼――「どこどこの家に妖怪が住み着いたので祓ってほしい」というような依頼を解決しに行くのは〈下級位〉で、甘露桜家はこのうち、下級位であった。
「あの、わたしは甘露桜灰音と申します」
「甘露桜家……。では、封印壺は持っていなかったのか?」
「……ご存じなんですか?」
「ああ。大体の祓い屋の情報は知っている」
「そう、ですか……」
さすが鳳凰寺家のお方だ、と思うのと同時に、
(じゃあ、甘露桜家の無能のことも、ご存じ……かしら……)
灰音はそわそわと指先をすり合わせた。
甘露桜家には無能がいる。だけど、それが目の前の少女だとは気づいていないようだ。
「確か、甘露桜家は下級位の中でも式神を扱うことも出来れば、妖怪を封印する力もあると聞いている。がしゃどくろの封印は難しいとしても、多少は戦える家だと思っていたが」
彼の言うとおりだ。お父さまや、ちゃんと式神を連れている時の紅葉なら――あんな捕まるなんて体たらくにはならなかっただろう。……だからこそ、紅葉に期待が掛けられているとも言うのだが――。
灰音は消え入るような声で、俯きながら説明した。
「あの、……わ、わたしは……その……無能でして……」
自分で口にすることの、なんと情けないことか……。
「妖怪祓いの能力があるのは、妹と弟だけなんです。わたしには、なんにもありません……。だから封印壺も、扱えません。今日も、妹といっしょにいたのですが……妹は無事に家に戻れたと思います。わたしだけが、捕まってしまって……」
「……そうか」
(ああ、これで彼も……)
いつもの嘲笑を予感しながら、灰音はそろりと顔を上げ、彼の様子をうかがった。
すると、目が合った青年は――鳳凰寺斎は思いがけず微笑を浮かべた。
「ではなおさら、俺が助けられて良かった」
「え……」
驚いて、目を見張る。斎は今まで真剣な――真顔に近い顔をしていたので、なおさらだ。
それに。
(ああ、「例の甘露桜家の無能が君か」と、言われると、そう思ったのに――)
灰音は思わず目を逸らしてしまい、少し赤くなった頬に手をやるのだった。



