無能令嬢と祓い屋当主の契約結婚~契約で結ばれたわたしたちが、本当の夫婦になるまで~


 事件の日から、一ヶ月が経った。
 いつものように朝日が部屋に差し込み、灰音はゆっくりと目を開けた。

「おはよう、ございます……」
「起きたか」

 隣の布団には、先に目を覚ましていた斎が体を起こしている。
 あれから、ふたりは寝室をともにするようになった。
 始めはとても緊張したが、今では隣に温もりがあることが、安らぎになっている。

「前から話していたが、今日も同行を頼めるか?」
「もちろんです」

 斎には変わらず妖怪祓いの仕事の打診が来て、灰音は能力を失った後もそれに同行していた。今まで毎回同行していたのだ。しかも、対外的には『好きで離れたくないから一緒にいる』というものだったため、能力がないからといって同行をやめるとおかしな話になる。
 ふたりは出かける用意をして、いつものように出発した。


 あれから――。紅葉とクイナは祓い屋警務課の管理する牢にいれられ、鏡月院家と甘露桜家の全員が取り調べを受けた。クイナと紅葉は、呪具を妖怪祓いのためでなく、人に向けて使用を繰り返したことを咎められた。なにより、鳳凰寺家本妻である灰音への誘拐と暴行は強く非難され、鏡月院家と甘露桜家がともに保釈金を用意すると言ったが、認められなかった。
 また、鏡月院家は、当主が娘に協力していたこと、そして呪具の中に違法な効能を持つものを個別に開発していたことを糾弾された。この呪具たちがなければ事件は起きなかっただろうと言われ、上級位から下級位にまで降格することになった。
 甘露桜家当主と第二夫人は平謝りだったが、紅葉が主犯ということで苦しい立場に置かれた。紅葉と(うめの)(こう)()(かげ)(みつ)さまの婚約は破棄となり、甘露桜家へは今後の仕事は一切振らないとの宣告――事実上の界隈からの追放だった。


 車で三十分ほど移動し、ふたりは現場に着いた。
 小さな野原の一角で、斎は妖怪を祓う準備をする。斎はまたぼんやりとしか妖怪の姿が見えなかったが、「今まで通りだから気にするな」と言っていた。
 ――気にならないと言ったら、嘘になる。なにもしなくてもいいとは言われているが、やっぱり少しは役に立ちたかったというのも本音である。
 斎が陣を書き終えると、木蓮の香りが漂った。

「そういえば、あいつらは俺の秘密に気づいたようだが、噂は広まらなかったな」
「はい。わたしが能力を失っていたのが幸いというか。紅葉が見えないままだったので、仮説が崩れたのでしょう」
「それはなによりだ。俺の秘密は、お前だけのものだ」
「……はい」

 微笑みながら、灰音は頷いた。

(あの時、斎さまの秘密を守り抜けて良かった……)

 彼は今も権威を保っている。灰音はそのことに安堵していた。


 やがて少しの時間の後、妖怪は現れた。小さく、素早い鼠のような妖怪で、ふたりからはまだ距離がある。
 灰音がその位置を知らせようと思った時――。

 斎は素早く刀を抜くと、高らかに唱えた。

(つつし)んで(たてまつ)る。(あま)(ほむら)よ、我が(やいば)に宿りて(けが)れを焼き祓い(たま)え! ――『()(れん)(ほう)(おう)(ざん)』!!」
 そして刀は炎を纏い、素早く走る小さな妖怪に直撃した。
「……!」

 灰音はその早さに呆気にとられて、ぽかんと口を開けた。
 ゴウゴウと燃え盛る炎で、妖怪の姿はあっという間に浄化される。
 刀を仕舞った斎に、灰音は駆け寄った。

「斎さま……! 今のは……」
「灰音、お前、能力が戻ったのか……!?」
「えっ……?」

(どういうこと……?)

 灰音は目をしばたたく。

「今の妖怪だが、鼠のような姿で間違いないか?」
「は、はい……」
「少しだが、その姿が見えた。黒い靄になったり鼠の姿になったりしながら走っていたが……」
「それって……」
 
灰音は、自分の両手を見た。

(まさか、そんなことって……!)

 ――能力を失ったと思ったが、少し回復した……?

 その手に、斎の手がそっと重ねられる。

「俺としては、灰音がそばにいさえすればどちらでも構わないが、お前が気にしていただろう……?」

 まだ、実感が沸かない。

 ――本当なの? (たま)(たま)? まぐれ?

 心臓が早鐘を打つ。

 でも、もし本当なら――……。

 灰音は、添えられた手に、少し力を込めた。

「斎さま……。わたし、もしまたあなたのお役に立てるなら、これ以上の喜びはありません……」
「……そうか」

 斎の金の瞳が、まるで陽だまりのように優しく灰音を見つめる。
 これから先、能力が完全に戻るかはわからない。
 だけど、彼はどうであっても、能力に(かか)わらず、わたしを愛してくれる。それがわかっているから、焦ったり不安になったりは、もうしない。

 雲が切れて、柔らかな秋の日差しが降り注ぐ。

「帰るぞ。俺たちの家に」
「はい、斎さま」

 ふたりは並んで歩き出す。歩幅はもう、ぴったりだ。
 目の前の道は明るい。
 ふたりの表情もまた、穏やかで、明るいものだった。

 
(了)