無能令嬢と祓い屋当主の契約結婚~契約で結ばれたわたしたちが、本当の夫婦になるまで~

 
その後、灰音は医者の草壁の病院に寄り、治療を受けた。
 幸い、外傷は多くなかったようで、簡単な治療で帰宅することになった。
 むしろ呪具での傷が多く、家に帰るとすぐに寿々が泣きながら飛んできて、呪文を唱えながら光の手毬をつきまくった。

「うぇ~ん。心配したのじゃ~!」
「寿々ちゃん、治療ありがとうございます」
「よかったのじゃ~!」

 ズビズビと涙と鼻水にまみれた寿々はかわいらしく、また、灰音の胸を温かくさせた。

「灰音がいなくなったと主さまに聞いて、妾が追いかけたんじゃが、強力な呪具の力で追跡出来んかったのじゃ。じゃが、主さまがこれほど性能が良いなら鏡月院の呪具じゃないかと言ってのぅ……」
「そうだったんですか……」

(それで場所がわかったのね)

 斎がやってきた理由がわかり、灰音は納得した。
 寿々は泣きながら言う。

「しかし屋外はしんどくてのぅ。妾がそばにいてやれんですまんかったのじゃ~!」
「今、こうして治療してくれるだけで嬉しいです。ありがとうございます」
「うぇ~んなのじゃ~!」

 治療が一通り終わると、寿々は大の字で転がってしまい、ふたりは寿々の部屋を出た。



 庭に面した回廊を、並んで歩く。
 時刻はすっかり夜になり、空には月が浮かんでいた。

(静かになってしまった……っ)

 バタバタしているうちは考えないようにしていたが、ふたりきりになるとどうしていいものかわからない。
 灰音が俯きながら指先をこねていると、斎が口を開いた。

「今日は大変だったな。お前が無事で、本当に良かった」

 ドキ、と胸が小さく鳴る。

(斎さまが助けに来てくれて、嬉しかった。けど……)

「……あ、あの……。斎さまは、来られないんじゃないかと、思っていました」
「……なぜだ?」
「えぇと、その……」

 灰音は、足を止めた。そして、ぽつりぽつりと話し出した。

「わたしは、『他人に妖怪を見せることが出来る』異能なのだと、斎さまは仰いました。だから、わたしと契約結婚を結ぶと。……ですが、わたしはその異能を、おそらく失ってしまいました……」
「…………」
「だから、契約は終わりで……。離縁、になるのだと、わかっています。でも、」

「何を言っている。離縁はしない」

「――え?」

 思わぬ言葉に、灰音は顔を上げた。斎は、まっすぐこちらを見つめている。
 目が合うと、斎は少し目線を逸らして、

「始めは、いい案だと思った。契約結婚は利害の一致で、合理的だと」

 そこまで言って、斎は再び灰音の目を見た。

「だが、お前はいつも一生懸命で、ひたむきで、嫌な顔一つせずについてきてくれた。お前が泣いていると心の底から腹立たしいし、お前が笑っていると俺まで嬉しくなった。――いっしょにいて安堵できたのは、お前が初めてなんだ。灰音がいない未来など、もう考えられない」
「斎さま……」

 彼は灰音の髪を掬うと、その髪束にキスをした。
 黄金色の瞳が、灰音の瞳をまっすぐ見つめる。

「好きだ」

 彼の言葉が、胸に響く。

「お前が能力を失おうと、関係ない。俺はお前を手放す気はない」

「……っ」
「これからも、ずっと俺の側にいろ」
「本当、ですか……?」

 涙が溢れて、後から後から溢れて、止まらない。
 斎の胸に抱き寄せられて、そのまま彼のシャツを濡らす。
 温かな手が、灰音の背を抱いた。

「ああ。俺の妻は灰音だけだ」
「わたし、斎さまのことお支えできませんよ……?」
「俺の側にいることが、支えになる」
「わたし、無能なんですよ……?」
「もう、そう言うのをやめろ。お前は充分頑張っている」
「わたし、わたし……」

 灰音は斎の胸から顔を離し、彼を見上げた。

「わたし、斎さまのことが好きでした。でも、契約だけの関係だって、ずっと思ってて……」
「これからは、本当の夫婦になろう」
「はい……! はい、斎さま……!」

 灰音が頷くと、斎の手でそっと頬を包まれる。
 そのままゆっくりと、優しいキスが降ってきた。
 甘くて、幸せな気持ちでいっぱいで、涙がこぼれる。
わたしのままで愛されるのが、こんなに嬉しいなんて……。
 彼と本当の――愛で結ばれた夫婦になるのだと思うと、なによりも嬉しかった。