「こっちだ」
斎が言って、灰音はその後に続いた。新常宮の端に向かっているようだ。
「あの、会場にいなくていいんでしょうか?」
「もう、俺たちの出番は終わっただろう。確かこっちに休めるところがあったはずだ」
確かに、少し休みたい気分だ。灰音は斎に並んで歩き出した。
「暗いですね」
「零時を超えているからな」
外灯はあるが、それは新常宮の周辺だけだ。少し外れただけで、辺りは暗くなった。
斎の手が、そっと灰音の手を握る。
「はぐれるなよ」
「あ……。はい」
こんなことくらいで、いちいちドキドキするのもおかしいとは思うが――。
ふたりは手を繋いだまま、歩き出した。
それから、十分後――。
「…………」
「あのー……」
「……上から会場が見下ろせる、いい場所があったんだがな」
「えっと……まあ……」
どうやら、迷ったらしい。この事態は想定出来たはずなのに、手を引かれて歩くと、ついその通りに歩いてしまいがちだ。
(やはり、どこか移動するときは事前に目印を聞いておかないと……!)
斎が真顔で周囲を見回している。
それを見た灰音は、思わず「ふふっ」と笑ってしまった。
「いっしょに探しますね」
「いや、……そんなに凄いものでもない。ただ、東屋があるだけなんだ。会場に戻るか」
「ふふっ。戻れるのですか?」
「歩いていればそのうち着くだろう」
(斎さまって毎回こう言うけど、毎回迷っているような……)
もう、こちらも慣れたものだ。
「なんだか、楽しいです」
「……楽しくはないだろう」
「今までは迷われたとき、どうされていたのですか?」
「今までのことはもういいだろう」
「あ……えっと、そうですよね。すみませ――」
少し言い過ぎたかと思っていると、斎が言った。
「……これからは、ずっとお前がいるんだろう? だったら、問題ないだろ」
「……はい」
夜風が吹いて、彼の黒髪が揺れる。
彼の言葉が、全身に染み渡るようだった。
「なんだ、驚くことないだろ。――では、戻るか」
「い、いえ……。あの……! 斎さまが連れて行ってくれようとした場所に、行ってみたいです」
もう少し、彼と一緒にいたかった。
東屋へようやくたどり着いたふたりは、ベンチに腰を下ろした。
深夜になり、闇は深くなっているが、代わりに月の光も一層白く光って見える。
そこは小高い丘のようになっており、遠目に見下ろすと新常宮がある。人はとても小さく見え、太鼓や笛などの楽器の音だけがかろうじて聞こえていた。
(国の安寧のため、今も誰かが演奏しているんだわ……)
灰音は、会場の方を眺めながら言った。
「すごい人数ですね。わたし、ここに来たのは一度だけで……。妹が舞姫に選ばれた年だったんですけど。こんなに長い時間、神事を行っているなんて、知りませんでした」
「もうすぐ、ようやく終わるな。だが、これからは毎年あるぞ」
「毎年……ですか。そうですよね……。斎さまの奉納演舞は素敵ですが、五節の舞姫は来年はちょっと遠慮したいかも、です」
「なぜだ? 綺麗だったが」
斎は真顔で聞いてきた。
灰音は指先をこねながら、曖昧に笑う。
「その、大任すぎてですね……。今日もとても緊張してしまいました」
「そうは見えなかったが。杵柄があっただけとは到底思えないほど出来ていた。努力した成果がでていたと思う」
「で、でも、途中ちょっと、間違えそうになりましたし……」
「そうなのか? 全く気がつかなかった。お前の舞が一番綺麗だった」
「そ、それは褒めすぎでは……!?」
前から少し思っていたが、ストレート過ぎるというか、大げさというか、そもそも彼は真顔で言うので、本気か嘘かもわからない。
「来年も頼んだぞ」
「……はい」
こんなに褒められた後に、これ以上「でも、だって」と並べるのも失礼だろう。
星の綺麗な夜で、そのままふたりはたわいない話をしたのだった。
* * *



