麒麟堂家のパーティーから数日後。
紅葉とその父は、とある寺の近くの川辺へと向かっていた。もちろん、妖怪祓いの仕事である。
山の麓で馬車を降り、そこからは歩きだ。寺までの小道があり、それを進んでいく。
父が言った。
「紅葉、今回の仕事は完璧にこなすんだ。先日の件で麒麟堂家から釘を刺されてな。――成果を得られなければ破門されるやもしれん」
「大げさよねぇ。私、お姉さまと普通にお話ししてただけだもの」
「……灰音はもう鳳凰寺家なんだ。今まで通りに接することは出来ないということだ」
「……ふん。あんなの、旦那の威を借る狐じゃなぁい」
紅葉はそう悪態をついた。
「そんなことより、お前は今年は一月に仕事して以来だろう。大丈夫なのか?」
「もー。お父さまってば。大丈夫に決まってるわよ」
言いながら、紅葉は祓い壺を確認した。万全を期すために、複数持ってきている。
祓い屋家業はしばらく父に任せていたが、今回は麒麟堂家からの直々の使命だという。
(面倒くさいけど、仕方ないわ。ま、ちゃちゃっとやってしまいましょ)
やがて、川が見えた。
「最近、寺の住職が代替わりしてな。すると川に妙な物が現れると、近隣住民から訴えがあったんだと」
「ふぅん。今の住職が弱っちいだけなんじゃないのぉ? 代替わりなんかしなけりゃ、よかったのに」
「そういうわけにもいかないだろう。出るのは河童だ。牙もある」
「……へぇ」
水辺に現れる妖怪は、その多くが河童と分類される。人型だったり獣型だったりするのだが、おおよそ人間を水に引き込むというのが共通される。彼らとの戦闘は水辺がほとんどで、祓い屋自身も水に引き込まれないように注意が必要だ。
父が川辺に降りて、辺りを捜索する。
「あの橋を渡る最中に目撃されることが多いらしいが……」
「じゃ、再現してみるわ」
紅葉が橋に立った――その時。
「紅葉! 出たぞ! 捕縛だ!」
「は? え? どこ?」
「川の中の岩の上だ!」
父の声で、紅葉は河童の姿を探す。
「いないわよ!」
「……っ! もういい! ――呪を唱う。『かごめかごめ・捕縛』!」
父が手のひらほどの小箱を取り出して、蓋を開けて川に向ける。すぐにそこから赤い糸が勢いよく飛び出し、空中に巻き付いた。
「ここだ! 今度こそ、わかっただろう! 糸が一本じゃ切られる! 早くお前も出せ!」
(はぁっ!? どこよ!)
河童の姿などどこにも見えない。
(なにこれ、からかわれてる!?)
「早くしろ!」
「……っ」
紅葉も小箱を取り出すと、父の手の向きを見て同じ方向へ向けた。
「しゅ、呪を唱う。『かごめかごめ・捕縛』!」
小箱は開き、そして――糸は見えなかった。
「なんで糸が出ないのっ!?」
しかし、父からは違う言葉が返ってきた。
「馬鹿! どこを狙っているんだ! 全然外してるぞ! しっかりしろ!」
「え!? 糸、出てるの!?」
「!?」
父は、目を見開いた。
「紅葉、まさかお前……見えていないのか……?」
「は……?」
頭をよぎったのは、無能と呼ばれた姉の姿。
カラン――紅葉の手から小箱が滑り落ち、岩に当たって音を立てた。
「――っ! 式神!」
紅葉は腰につけた祓い壺のひとつを開ける。中からはいつもの式神が――出てこなかった。
蓋は、確かに開いている。父の目線は、紅葉のやや上に向いている。出てきているのだ。――見えていないだけで。
「……なんで……?」
この日から、紅葉はすべての仕事に失敗した。その理由は、毎度同じ。
『妖怪の姿が見えなくなった』からである――。
* * *



