無能令嬢と祓い屋当主の契約結婚~契約で結ばれたわたしたちが、本当の夫婦になるまで~

 
 やがて、パーティーの日がやってきた。
 あの日の翌日――。吉江が招待状を持ってきて、麒麟堂家のパーティーのことを知った灰音は、斎に話をしたが、彼は仕事で行けないのだと言う。

「お前は行ってきていい。これは麒麟堂家の――甘露桜家を含む、一門のパーティーだからな」

 と言われては、断りづらい。灰音は迷った末、鈴蘭を誘うことにした。

 今の時刻は、十七時の十五分前だ。
 会場の麒麟堂文化芸術ホールは、大きな円形の建物で、白を基調とした洋風の会館だった。
 その入り口で、灰音は鈴蘭を待つ。
 時間になるより早く、鈴蘭はやってきた。挨拶を交わした後、鈴蘭は灰音の服装を見て言った。

「まあ! 灰音さま、ドレスも似合うのね!」
「どこかおかしくはないでしょうか……?」
「うふふ。とっても素敵よ! やっぱり、ドレスで併せようって言ってよかったわ」

 今日の灰音は、洋装のドレス姿だった。生地を贅沢に使った、フリルの大きなドレスに、少し小さな帽子を被っている。鈴蘭も色や形は違うが、ドレス姿だった。
 ふたりは、連れ立ってホールの中に入る。
 まず驚いたのは、その人の多さだった。麒麟堂家一門の系譜しかいないはずだが、とても賑やかだ。ホールの中は赤い絨毯が敷かれ、天井からはシャンデリアの眩い明かりが照らしている。白いテーブルクロスの上には色とりどりの料理が並べられ、立食パーティーになっていた。
 灰音がホールの様子に圧倒されていると、鈴蘭が肩を叩いた。

「ほら見て、灰音さま。あちらが()(りん)(どう)(しおり)()さまよ」
「栞子さま?」

 鈴蘭が指差した先には、美しい令嬢がいた。背の高い、すらりとした細身の女性だ。艶のある金髪をアップでまとめ、煌びやかなドレスに身を包んでいる。歳は二十代半ばくらいだろうか。

「栞子さまは、麒麟堂家の長女でいらっしゃるの。きっと五節の舞姫も、麒麟堂家は彼女よ」
「綺麗な人ですね……」
「ええ。憧れるわ」

 鈴蘭は目を輝かせている。栞子は、今はドレス姿だが、彼女が十二単を着る様子もさぞ美しいだろうことが、遠目からでも想像出来た。

 ふと、近くにいる他の来客の言葉が耳に入る。

「栞子さまはまだご結婚されていないが、どうされるんだろう。昔は栞子さまは鳳凰寺と婚約なさるんじゃないかって思っていたが――」
「ああ、斎さまだろう。その話は知ってるよ」

(斎さまの……噂話……)

 彼らの声はひそひそ声だが、耳に吸い込まれるようによく聞こえた。

「知ってるか? 鳳凰寺は甘露桜から嫁を取ったらしい」
「なんでまた甘露桜を……」
「しっ。今日は甘露桜も来てるらしいからな」

(やっぱり、他の家から見ても不釣り合い……か……)

 気分が沈みかけた時、トントン、と肩を叩かれ、灰音は顔を上げた。鈴蘭だ。

「ねぇ、招待状をくださったのは瑛士さまだったかしら。瑛士さまにご挨拶したら、ご飯を食べましょうよ。見ているだけでお腹がすいてくるわね」
「……はい。そうですね」

 灰音は弱く笑うと、鈴蘭に手を引かれ、パーティー会場を歩き出した。




 瑛士は華やかで、すぐに見つかった。
 彼は人と話していたが、その会話が終わって離れたのを見て、灰音らは近づいた。

「瑛士さま。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「ああ、灰音ちゃん。来てくれたんだ。どう? 楽しんでる? そっちが五十鈴川鈴蘭ちゃん?」
「こんばんは。瑛士さま。五十鈴川鈴蘭です」
「はーい。よろしくね。十九時になったら父上が舞台上でなんやかんや話すと思うけど、それまで食事でもしてゆっくりしててね。こういう時に情報収集に明け暮れる人もいるけれど、まぁ女の子たちは普通に楽しんでいいからね」

そこへ、コツ……とハイヒールの音がして、

「あらあら、瑛士ったら。女の子ばかりと話しているのは、少し問題あるんじゃなくて?」
「姉上」

 やってきたのは、麒麟堂栞子だった。灰音よりも背が高く、スタイルが良い。彼女の長い睫毛とキリとした眉は、凜として見えた。

「あなたが噂の灰音さん? ……斎さまはどう?」
「え……」

 ドキ、と心臓が不安げに鳴った。
 先ほど他の人が話していた噂話が思い出される。

 ――「昔は栞子さまは鳳凰寺と婚約なさるんじゃないかって思っていたが――」

(斎さまの……過去の婚約者候補が、こんな美人……)

 ごくり、と唾を飲み込んだとき、栞子に両手を掴まれた。

「斎さまって言葉が冷たくて頭が頑固で女に厳しいでしょう!? あなた、冷遇されてません!?」
「え……?」

 思わず、目をしばたたく。
 栞子は続けた。

「彼とは何度冷戦になったことか……! 私はもう勘弁ですわ。ですから、おとなしくて従順そうな子をお嫁にして好き放題しているんじゃないかって、心配してたのよ!」
「えぇと……、そのようなことは……ありません」
「えぇっ!?」

 栞子は大きな声を上げた。

「やっぱり、好きな子には違うのかしら!? ねぇ、瑛士!」
「そうだよ姉上。斎くんは変わったのさ。今日のパーティーだって、僕が灰音ちゃんも招待するって言っただけで睨まれて、大変だったんだから」
「こんなに可愛らしいんだもの、わかるわ……!」

 そう言って栞子は微笑んだ。

(思ったよりも、明るい方だわ……)

「あら。でもその割には今日は彼、来てないのね」
「あ……。斎さまは、お仕事があって……」
「パーティーに妻ひとりなの!? やっぱり冷遇かしら……!?」
「いえ、本当にお仕事で……! だ、大丈夫です。ありがとうございます……!」

 灰音はそう言ったが、栞子は眉を下げ、まだなにか言いたそうだった。

「まぁ、私がどうこういうことではないけれど…… いつでも相談に乗りますからね……!」

 栞子はそう言って、灰音の手を強く握った。





 灰音と鈴蘭は、料理の並ぶ机へと移動した。
 長机がいくつも並び、それぞれに違う料理が並べられている。

「まあ見て! あっちのテーブルに新しく運ばれてきたお皿、すごく美味しそう! 私、あれ取ってくるわね!」

 鈴蘭が嬉しそうな足取りで遠くの机へ向かう。しかし、人が多く、うまく進めていない。

 そんな友人の後ろ姿を眺めていたので、灰音は背後に来た人物に気がつくのが遅れてしまった。

「あらぁ? お姉さまじゃなぁい! お久しぶりねぇ!」
「も、みじ……」

 そこに立っていたのは、妹の紅葉であった。紅樺色の髪を揺らし、不敵な笑みを浮かべている。
 実家に結婚の挨拶に行って以来、紅葉には会っていない。妹にされた様々なことが思い起こされ、灰音は一歩後退る。

「お姉さまも、服だけは一丁前にいい服を着てるわねぇ。よっぽど優雅な暮らしをしているのかしら? 私も今日のドレスは景光さまからいただいたのよ。景光さまとお揃いの仕立てなの。今はあちらでお仕事中よ」

 紅葉の目線を辿ると、彼女の婚約者である景光が、他の中級位家の男性たちと話していた。

「でも、どんなに着飾ってもダメね。所詮は着る人によるわ。お姉さまったら、美しくもなんともない。お化粧が薄くて、ドレスに負けてるわよぅ? それでよく、のこのこパーティーなんかに来られたわね? くすくす!」
「…………」

 慣れないドレスを着ていることで、妹からの指摘に自分の格好が恥ずかしく思えて、急速に自信を失ってしまう。
 周囲はそれぞれが会話していて、誰も灰音たちを気にとめていない。

 対照的に明るい表情の紅葉は、にこやかに言った。

「――あら? お姉さま、今日は斎さまはどうされたのぉ?」
「…………。斎さまは、お仕事がお忙しくて来ていません」
「それって本当? 今まで御三家の当主として、彼って大きなパーティーは来ていたはずよ。今回だけ来られないなんてこと、あるかしらぁ? あっ、気づいちゃったわ。斎さま、ダサいお姉さまといっしょに歩くのが、恥ずかしくなったんじゃないのぉ?」
「…………」

 彼のことを、信じている。彼が仕事と言ったら、仕事なのだ。それなのに、妹の言葉で足下が揺れる。

「うふふ! お姉さまってば、もう旦那さまに飽きられちゃったのぉ? 最初の一夜がどんなに盛り上がったか知らないけれど、一時の感情で結婚まで決めて、斎さまがおかわいそう! ――きっと今頃になって、後悔されているのよ」
「……そんなこと……」
 
 ――ない、だろうか? 彼は、鏡月院クイナや麒麟堂栞子と結婚した方が良かったのではないか? 現に、彼との外出は仕事への同行だけではないか……?
 
(考えては、だめ……。わたしは契約結婚なんだから、勝手にそれ以上のことを求めて落ち込むなんて、おかしいのよ)
 
 呼吸が、荒くなる。取り乱しては、だめ。なのに心臓はドクンドクンと大きな音を立てて、もっと酸素を吸うようにと急かす。

 その時だった。

「灰音。待たせたな」
「え……?」

 肩に手を置かれ、灰音は振り返った。

「斎さま……? ど、どうして……」
「後でな」

 それは、ここにいるはずのない斎だった。燕尾服に身を包み、髪をアップにして整えている。彼は灰音を自分の方に引き寄せると、紅葉に険しい視線を向けて言った。

「お前は灰音の妹だったな。俺の妻に何の用だ?」
「――は? 斎さまは今日は来られないって、事前の調査で……。なのに、どうしてここにいるわけ?」
「灰音になにを言った?」
「い、嫌ですわ、斎さま。私はただ、嫁いでしまった姉と久しぶりの挨拶をしていただけですわぁ」
「まさか、俺の妻を侮辱する言葉が、甘露桜家では挨拶だとでも?」
「ぐっ……!」

 紅葉が怯んだ時、彼女の父親が飛んできた。

「い、斎さま……! どうされましたか!?」
「俺の妻は鳳凰寺家だ。彼女を侮辱する言葉を、俺は断じて許さない」
「も、もちろんです」

 甘露桜家の当主は、頭を下げた。下級位にもかかわらず相場の十倍の結納金をもらった手前、彼は鳳凰寺家に逆らわないと決めていた。

「娘にはよく言って聞かせますので……!」
「は、はぁっ!?」

 不服そうな声を上げた紅葉を、斎は睨み付けた。

「甘露桜家を麒麟堂の一門から破門することも出来るんだぞ」
「いや、あの、いやですわ。斎さま。私……」
「妻を侮辱した口で俺の名を呼ぶな」
「……っ」

 紅葉は唇を噛むと、握りこぶしを作った。
 そこへ、瑛士がやってきた。

「どうしたのー?」
「あの女をつまみ出せ。やはり今年も下級位は呼ばなくて良かったんじゃないか」
「灰音ちゃんの妹ちゃんじゃん。え、なんかあったの? 灰音ちゃんどうしたの?」
「えっと……」

 瑛士が背をかがめて、灰音と目線を合わせようとした時――。

 ふたりの間に、斎が割って入った。

「俺の妻だ。お前に心配される必要はない」

 斎は灰音の手を掴むと、歩き出す。

「行くぞ」
「えっ……。は、はい……!」

 ――『俺の妻』――何度も口にされたその言葉に、灰音の心はトクントクンと弾む。

(斎さま。ねぇ斎さま。わたし、あなたが来てくれて嬉しいです。妻だと呼んでくれて、嬉しいです、斎さま……)

 彼の手は、温かい。温もりに手を引かれながら、灰音はパーティー会場を出た。



 その様子を、鈴蘭は料理の皿を持ちながら見ていた。

「今日は私が励まさなきゃって思ってたけど、必要なかったわね」

 一悶着あったが、パーティー会場はまた元のざわめきに戻っていった。