無能令嬢と祓い屋当主の契約結婚~契約で結ばれたわたしたちが、本当の夫婦になるまで~

 日が傾いた頃、灰音らは鳳凰寺家へと戻った。
 灰音の荷物は少なく、簡単にまとめることが出来たのだ。
 十九年過ごした生家だったが、その別れはあっけないものだった。父はただ結納金に喜び、第二夫人も「せいせいするわ」と嬉しそうな様子だった。
 紅葉とは挨拶出来なかった。昨日のことをどう消化していいのかわからず、結局まともに話せずじまいだった。
 充は挨拶に来てくれたかと思ったが、部屋の床に落ちているごみを指摘して、部屋を掃除してから家を出るようにと言っただけだった。荷物をまとめたあとすぐに家を出られなかったのは、このせいだ。

(……はぁ。こんなものなのね)

 小さくため息をつきながら、灰音は荷ほどきをしていた。
 ここは昨日泊まった客室ではなく、別の部屋だった。斎の部屋と中庭を挟んで隣に位置しているらしく、妻の部屋として用意されたようだ。客室も綺麗だったが、より美しく、青々とした新しい畳の匂いがしている。()(とう)(まど)風の窓枠がおしゃれで、掛け軸も可愛らしい花と小鳥の姿が描かれたものが飾られている。衣桁の他に家具はなく、部屋は広く感じた。
 ――それにしても、彼があんな大金を払ってくれるとは……。あのお金で嫁入り道具を揃えられないことが心苦しい。父はしばらく金貨に目がくらんでいたが、嫁入り道具がいることを思い出すとしぶしぶ金貨を十枚だけ灰音に持たせ、

「これで買え。残りは鳳凰寺なら出してもらえるだろう」

 と言ったのだ。

(なんて浅ましいの……)

 斎は「好きな物を買ってくれていい」と言ってくれたが、父の考えはそれを見越してのことだ。灰音は再び、小さくため息をついた。

(頭が痛い……)

 こめかみのあたりが、ズキズキと痛む。
 そういえば、帰ってきてからずっと痛むような気がする。
 部屋の明かりがチカチカとまぶしく思えて、灰音は目をこすった。

(……疲れているのかしら……?)

 生家の掃除もしたからか、体にも倦怠感がある。
 灰音はふくらはぎにチクチクと刺すような痛みを覚え、足をさすった。その手も、なんだかピリピリと痺れていく。痛みは徐々に増していき、灰音は顔をしかめた。

(……なに……?)

 訝しんだ灰音が、足をよく見ようとした時だった。
 ズキッ! 頭に一際大きな痛みが響き、灰音は思わず手で押さえた。

「……っ」

 頭が、割れるように痛い。

「なに……っこれ……っ」

 喉が詰まって、上手く声が出せない。

「だ……れか……っ」

 小さく、かすれた声がでた。
 廊下に向けて、震える腕を伸ばすが――力が入らない。

 そしてそのまま、灰音はドサリと畳に倒れ込んだ。