「――ようこそ、勇者たちよ!この国を救ってくれ!」
……その声で、俺は目を開けた。
いや、正確には「まぶたを開けた」っていうより「現実がいきなり全力で殴ってきた」感じだ。
視界いっぱいに広がるのは、ありえないほど青すぎる空。風に揺れてざわざわ鳴る、金色の草原。鼻に刺さる青臭い草の匂い。
「……え、どこ?」
思わず声が漏れた。起き上がろうとして、手のひらにちくっとした痛み。芝生って、思ってたより硬い。しかも冷たい。
「痛っ……マジで痛い……」
夢なら、こういうどうでもいいディテールは省略されるはずだ。
なのにここ、無駄にリアル。風は冷たくて、耳の奥まで吹き抜けるし、肌に当たる草の先がちくちくするし、喉が乾く。
「……あー。これ、夢じゃないやつだ」
のそのそ顔を上げた瞬間、さらに現実が追撃してくる。
背後には巨大な城壁。ゲームの背景みたいなスケールじゃなく、ちゃんと圧がある。石と鉄と人の気配が混ざった、あの感じ。
目の前には、光が薄く残る魔法陣の痕跡。ぐるぐるした模様が地面に焼き付いたみたいに残っていて、そこから湯気みたいな光がふわっと立っていた。
そしてその中心に――やたら装飾過多な玉座っぽい椅子。金ピカ。羽根。謎の宝石。過剰。
そこに腰かけているのは、王様っぽいオジサンだった。王冠、マント、立派なお腹。
「王様風」じゃなくて、ほぼ王様そのもの。
「……異世界?」
俺の脳内で、やっと単語が追いつく。
「いわゆる『異世界転移』ってやつ……?」
口に出した瞬間、横から「うそ……」って震える声が聞こえた。
俺の隣には、スーツ姿の男。ネクタイまで締めてる。どんな状況でも社畜スタイル崩さないの、逆に強い。
さらに隣にはジャージの女子高生。スマホを握りしめたまま固まってる。
その先にはパジャマのままのちびっこ。目をこすって「ママぁ……」って言いかけて、周り見て泣きそうになってる。
「え、なにここ……撮影?ドッキリ?」
ジャージ女子が呆然と呟く。
スーツ男も冷静を装ってるけど、目が泳いでる。
「……いや、ドッキリにしては、城壁の建材が本物だな。あれは……えっと……歴史的建造物の規模を超えてる」
誰だよ、建材で現実判断するタイプ。
ちびっこが俺の服の袖を掴んだ。
「おにーちゃん、ここどこ?」
「……わかんない。俺も迷子」
迷子が迷子をなだめる地獄。
転移者っぽい集団は、俺の視界だけでも十人以上。大学生っぽい男、主婦っぽい人、オタクっぽい人、外国人っぽい人……バリエーションが妙に現実的で、だから余計に怖い。
「ようこそ、勇者たちよ!」
王様が両手を広げて、舞台役者みたいに声を張り上げた。
その声がまたよく通る。マイクないのに。
周りの兵士たちが「オオ……」とざわついて、空気が一気に儀式になる。
「我が国は今、魔王の脅威に晒されておる。ゆえに異世界より、汝らを召喚した!」
……テンプレだ。
テンプレすぎて、逆に笑いが出そうになる。
でも笑えない。だって芝生が冷たいし、風が本物だし、俺の心臓が本気で早鐘してる。
「……おお、これ夢じゃないんだ」
言ったら、ジャージ女子が「同意しかない」と小さく頷いた。
王様の隣には、神官っぽい美少女が立っていた。白い衣装に金の刺繍、長い銀髪。顔が整いすぎて、逆に非現実。
でも目は真剣で、杖を握る手に迷いがない。
「さあ、汝らに宿りし異能を鑑定せん。神よ、導きを――!」
彼女が杖を掲げると、空中にふわりと光のパネルが浮かんだ。
ホログラムみたいに半透明で、でも文字はくっきり読める。……いや、読めるって何?俺、日本語しか読めないのに。なのに普通に読める。変なところで親切すぎる異世界。
「うわ、なにこれ……RPGのステータス画面……」
誰かが呟くと、周囲の転移者たちも一斉にざわめいた。
「順番に表示される。……職業、か」
スーツ男が喉を鳴らす。
最初の一人が前に出た。筋肉質の兄ちゃん。顔がやたらやる気。
パネルが光って表示される。
【職業:魔導剣士】
「うおおおお!俺、魔導剣士!?やったぁ!」
兄ちゃんがガッツポーズして、兵士たちが「おお……!」と歓声をあげる。王様も満足そうに頷いた。
次に、ジャージ女子が恐る恐る前へ。
彼女の表示。
【職業:癒しの聖女】
「せ、聖女!?え、私が!?いや無理、絶対無理、注射も無理なのに!?」
叫んだ瞬間、神官美少女が「癒しは注射とは関係ありません……たぶん」と真顔でフォローして、周囲が微妙に笑った。
次の男。
【職業:影の暗殺者】
「……暗殺者って、就職先それでいいの?」
俺が思わず口にすると、暗殺者になった男が「俺もそう思う」と深刻そうに頷いてて、さらに笑えない。
さらに。
【職業:時空魔法師】
「時空!?時空ってあの時空!?え、俺、時間戻せるの!?やべぇ、遅刻なくなる!」
喜びの方向性が間違ってる。
――おお、テンプレ勇者職業のオンパレードだ。
見てる分には最高に盛り上がる。見てる分には。
「……次、神谷ユウト」
神官美少女が俺の名を読み上げた。
俺は反射的に背筋を伸ばす。
そうだ。俺の番だ。
俺の名前は神谷ユウト、日本の高校生。特に優秀な人間じゃない。成績は中の上、運動は中の下、友だちはまあまあ。
でも――
ここまで来たら、俺にも何かあるだろ。
せめて、剣士とか、魔法使いとか、勇者とか……。
看板でもいいから役に立てるやつ……。
……いや、最後、今なんて思った?
看板って思った?俺。
俺は一歩前に出た。
足元の草がざわ、と鳴る。
王様が期待と不安が混じった顔で俺を見ている。兵士も神官も、転移者たちも注目している。
「神よ、導きを――」
杖が光り、パネルが俺の前でひらいた。
表示された文字を見た瞬間、脳が処理を拒否した。
【職業:しゃべる案内看板】
「……は?」
声が、間抜けに裏返った。
俺は目をこすった。二度見した。三度見した。
でも表示は変わらない。むしろ太字に見える。気のせいだ。
【しゃべる案内看板】
「……え、待って。え?今の、なんかの冗談?」
俺がパネルに話しかけても、パネルは無言。パネルは正直だ。
その横で、王様が盛大にむせた。
「ゴホッ……!か、看板!?なんじゃその……斬新すぎる役職は!」
神官美少女も目をぱちくりさせてる。
「あ、あの……おそらく……伝説の固定型情報端末かと……」
「いや説明すんな!説明されたら余計に虚しくなる!」
思わずツッコむと、兵士の一人が「固定型……」と呟いて首を傾げた。
スーツ男は肩をすくめて、そっと半歩後ろに下がった。距離を取るな。
ジャージ女子が吹き出した。
「えっ、ガチで看板?ウケるんだけど!」
「ウケてる俺が一番ウケたいわ!!」
ちびっこが不安そうに見上げてくる。
「おにーちゃん、かんばんって……立ってるやつ?」
「そうだよ!立ってるやつだよ!いやでも俺、人間だよ!さっきまで教室で眠かったんだよ!」
俺が叫ぶほど、空気が「扱いに困るもの」を見ている感じになる。
王様は咳払いして立ち上がり、側近っぽい偉い人に近寄って、ひそひそ話を始めた。
「(どうする……看板だぞ)」
「(いえ、しかし召喚は成功しておりまして……)」
「(戦力にはならぬ……いや、だが国の威信が……)」
「(村の入口にでも……)」
「(それだ!)」
聞こえるんだよ!普通に!
数秒後、王様が俺の方を向き直った。笑顔が、さっきより一段固い。
「神谷ユウトよ……うむ。その、村の入口に立ってもらおうか」
「……立つ?」
「ええと、道に迷う者への手助けとして……その……情報提供役じゃ!」
「……要するに、戦力外通告ですよね?」
「そ、そんなことは――」
「言い切る前に目が泳いでますけど!?」
神官美少女が申し訳なさそうに視線を逸らした。
ジャージ女子は「がんばって……道とか……」と雑な励ましをくれた。
スーツ男は「……情報は武器になり得る」と真面目に言ってくれた。いや、それ今言う?
俺だけがパーティーから除外され、兵士に肩を叩かれた。
「では、こちらへ。……看板殿」
「殿、いる!?」
妙に丁重に扱うのやめてくれ。笑いを堪えてるのが透ける。
城壁の門を抜け、村へ続く道を歩かされる。
周りの景色は牧歌的なのに、俺の心は荒れ放題だ。
異世界だぞ!勇者召喚だぞ!
俺、人生一発逆転フラグじゃん。
なのに、俺の職業、看板……。
職業が看板って何?副業じゃダメなの?
しゃべるってところだけ、変に優しいの何?情け?
兵士が言った。
「ここが村の入口です。皆さん、道に迷われますので」
「迷うのは俺の人生だよ!」
つい返したら、兵士は咳払いして「……失礼」とだけ言った。反応に困るな。
村の端、道が分かれる場所に、木製の支柱が一本立っていた。
そこに俺を立たせる。
いや、「立たせる」っていうより「設置する」。
「では、この位置で」
兵士が一歩下がった瞬間、足元がカチッと音を立てた気がした。
嫌な予感がして、俺は一歩引こうとした。
――動かない。
「……え?」
もう一回。
動かない。
足首から下が、地面に縫い付けられたみたいに固定されてる。
「ちょ、待って待って待って。動けないんだけど」
兵士は当たり前みたいに頷いた。
「はい。看板ですので」
「看板でも動くわ!!せめて倒れるくらいはするわ!!」
俺は上半身をねじった。腕を振った。ジャンプを試みた。
結果:びくともしない。
「……え、マジで固定?固定型情報端末ってこういう意味!?」
視界の端に、例のステータス画面が浮かんだ。
開き方は分からないけど、なぜか見ようと思ったら見える。この異世界、UIだけは優秀。
俺は震える指……いや、震えても意味ない指で確認する。
【スキル:しゃべる】
【スキル:道案内】
【スキル:見守る】
「見守るって何!?見守るってスキルか!?幼稚園の先生か!?俺は今、村の入口で見守る係か!?」
攻撃力ゼロ。防御力ゼロ。移動力ゼロ。
存在価値、方向音痴の救済。いや、救済って言えば聞こえはいいけどさ!
遠くで、村人っぽいおばちゃんがこっちを見てヒソヒソしてる。
「ほら、新しい案内板よ」
「しゃべるらしいわよ」
「へぇ~、便利ねぇ」
便利ねぇじゃない!俺の尊厳!
俺は空を見上げた。
青い。どこまでも青い。
その青さが、逆に腹立つ。
勇者って言ったよな。
俺も勇者たちの中に入ってたよな。
俺、確かに召喚されたんだよな。
なのにこの扱い!
チュートリアルどころか、操作説明の段階で詰んでない!?
風が吹く。草が揺れる。
俺は揺れない。
「……ここが……俺の戦場か……」
無駄にカッコつけたけど、ただの道端である。
そして、ほんとに動けない。
俺の異世界生活、チュートリアルで詰みました。
……その声で、俺は目を開けた。
いや、正確には「まぶたを開けた」っていうより「現実がいきなり全力で殴ってきた」感じだ。
視界いっぱいに広がるのは、ありえないほど青すぎる空。風に揺れてざわざわ鳴る、金色の草原。鼻に刺さる青臭い草の匂い。
「……え、どこ?」
思わず声が漏れた。起き上がろうとして、手のひらにちくっとした痛み。芝生って、思ってたより硬い。しかも冷たい。
「痛っ……マジで痛い……」
夢なら、こういうどうでもいいディテールは省略されるはずだ。
なのにここ、無駄にリアル。風は冷たくて、耳の奥まで吹き抜けるし、肌に当たる草の先がちくちくするし、喉が乾く。
「……あー。これ、夢じゃないやつだ」
のそのそ顔を上げた瞬間、さらに現実が追撃してくる。
背後には巨大な城壁。ゲームの背景みたいなスケールじゃなく、ちゃんと圧がある。石と鉄と人の気配が混ざった、あの感じ。
目の前には、光が薄く残る魔法陣の痕跡。ぐるぐるした模様が地面に焼き付いたみたいに残っていて、そこから湯気みたいな光がふわっと立っていた。
そしてその中心に――やたら装飾過多な玉座っぽい椅子。金ピカ。羽根。謎の宝石。過剰。
そこに腰かけているのは、王様っぽいオジサンだった。王冠、マント、立派なお腹。
「王様風」じゃなくて、ほぼ王様そのもの。
「……異世界?」
俺の脳内で、やっと単語が追いつく。
「いわゆる『異世界転移』ってやつ……?」
口に出した瞬間、横から「うそ……」って震える声が聞こえた。
俺の隣には、スーツ姿の男。ネクタイまで締めてる。どんな状況でも社畜スタイル崩さないの、逆に強い。
さらに隣にはジャージの女子高生。スマホを握りしめたまま固まってる。
その先にはパジャマのままのちびっこ。目をこすって「ママぁ……」って言いかけて、周り見て泣きそうになってる。
「え、なにここ……撮影?ドッキリ?」
ジャージ女子が呆然と呟く。
スーツ男も冷静を装ってるけど、目が泳いでる。
「……いや、ドッキリにしては、城壁の建材が本物だな。あれは……えっと……歴史的建造物の規模を超えてる」
誰だよ、建材で現実判断するタイプ。
ちびっこが俺の服の袖を掴んだ。
「おにーちゃん、ここどこ?」
「……わかんない。俺も迷子」
迷子が迷子をなだめる地獄。
転移者っぽい集団は、俺の視界だけでも十人以上。大学生っぽい男、主婦っぽい人、オタクっぽい人、外国人っぽい人……バリエーションが妙に現実的で、だから余計に怖い。
「ようこそ、勇者たちよ!」
王様が両手を広げて、舞台役者みたいに声を張り上げた。
その声がまたよく通る。マイクないのに。
周りの兵士たちが「オオ……」とざわついて、空気が一気に儀式になる。
「我が国は今、魔王の脅威に晒されておる。ゆえに異世界より、汝らを召喚した!」
……テンプレだ。
テンプレすぎて、逆に笑いが出そうになる。
でも笑えない。だって芝生が冷たいし、風が本物だし、俺の心臓が本気で早鐘してる。
「……おお、これ夢じゃないんだ」
言ったら、ジャージ女子が「同意しかない」と小さく頷いた。
王様の隣には、神官っぽい美少女が立っていた。白い衣装に金の刺繍、長い銀髪。顔が整いすぎて、逆に非現実。
でも目は真剣で、杖を握る手に迷いがない。
「さあ、汝らに宿りし異能を鑑定せん。神よ、導きを――!」
彼女が杖を掲げると、空中にふわりと光のパネルが浮かんだ。
ホログラムみたいに半透明で、でも文字はくっきり読める。……いや、読めるって何?俺、日本語しか読めないのに。なのに普通に読める。変なところで親切すぎる異世界。
「うわ、なにこれ……RPGのステータス画面……」
誰かが呟くと、周囲の転移者たちも一斉にざわめいた。
「順番に表示される。……職業、か」
スーツ男が喉を鳴らす。
最初の一人が前に出た。筋肉質の兄ちゃん。顔がやたらやる気。
パネルが光って表示される。
【職業:魔導剣士】
「うおおおお!俺、魔導剣士!?やったぁ!」
兄ちゃんがガッツポーズして、兵士たちが「おお……!」と歓声をあげる。王様も満足そうに頷いた。
次に、ジャージ女子が恐る恐る前へ。
彼女の表示。
【職業:癒しの聖女】
「せ、聖女!?え、私が!?いや無理、絶対無理、注射も無理なのに!?」
叫んだ瞬間、神官美少女が「癒しは注射とは関係ありません……たぶん」と真顔でフォローして、周囲が微妙に笑った。
次の男。
【職業:影の暗殺者】
「……暗殺者って、就職先それでいいの?」
俺が思わず口にすると、暗殺者になった男が「俺もそう思う」と深刻そうに頷いてて、さらに笑えない。
さらに。
【職業:時空魔法師】
「時空!?時空ってあの時空!?え、俺、時間戻せるの!?やべぇ、遅刻なくなる!」
喜びの方向性が間違ってる。
――おお、テンプレ勇者職業のオンパレードだ。
見てる分には最高に盛り上がる。見てる分には。
「……次、神谷ユウト」
神官美少女が俺の名を読み上げた。
俺は反射的に背筋を伸ばす。
そうだ。俺の番だ。
俺の名前は神谷ユウト、日本の高校生。特に優秀な人間じゃない。成績は中の上、運動は中の下、友だちはまあまあ。
でも――
ここまで来たら、俺にも何かあるだろ。
せめて、剣士とか、魔法使いとか、勇者とか……。
看板でもいいから役に立てるやつ……。
……いや、最後、今なんて思った?
看板って思った?俺。
俺は一歩前に出た。
足元の草がざわ、と鳴る。
王様が期待と不安が混じった顔で俺を見ている。兵士も神官も、転移者たちも注目している。
「神よ、導きを――」
杖が光り、パネルが俺の前でひらいた。
表示された文字を見た瞬間、脳が処理を拒否した。
【職業:しゃべる案内看板】
「……は?」
声が、間抜けに裏返った。
俺は目をこすった。二度見した。三度見した。
でも表示は変わらない。むしろ太字に見える。気のせいだ。
【しゃべる案内看板】
「……え、待って。え?今の、なんかの冗談?」
俺がパネルに話しかけても、パネルは無言。パネルは正直だ。
その横で、王様が盛大にむせた。
「ゴホッ……!か、看板!?なんじゃその……斬新すぎる役職は!」
神官美少女も目をぱちくりさせてる。
「あ、あの……おそらく……伝説の固定型情報端末かと……」
「いや説明すんな!説明されたら余計に虚しくなる!」
思わずツッコむと、兵士の一人が「固定型……」と呟いて首を傾げた。
スーツ男は肩をすくめて、そっと半歩後ろに下がった。距離を取るな。
ジャージ女子が吹き出した。
「えっ、ガチで看板?ウケるんだけど!」
「ウケてる俺が一番ウケたいわ!!」
ちびっこが不安そうに見上げてくる。
「おにーちゃん、かんばんって……立ってるやつ?」
「そうだよ!立ってるやつだよ!いやでも俺、人間だよ!さっきまで教室で眠かったんだよ!」
俺が叫ぶほど、空気が「扱いに困るもの」を見ている感じになる。
王様は咳払いして立ち上がり、側近っぽい偉い人に近寄って、ひそひそ話を始めた。
「(どうする……看板だぞ)」
「(いえ、しかし召喚は成功しておりまして……)」
「(戦力にはならぬ……いや、だが国の威信が……)」
「(村の入口にでも……)」
「(それだ!)」
聞こえるんだよ!普通に!
数秒後、王様が俺の方を向き直った。笑顔が、さっきより一段固い。
「神谷ユウトよ……うむ。その、村の入口に立ってもらおうか」
「……立つ?」
「ええと、道に迷う者への手助けとして……その……情報提供役じゃ!」
「……要するに、戦力外通告ですよね?」
「そ、そんなことは――」
「言い切る前に目が泳いでますけど!?」
神官美少女が申し訳なさそうに視線を逸らした。
ジャージ女子は「がんばって……道とか……」と雑な励ましをくれた。
スーツ男は「……情報は武器になり得る」と真面目に言ってくれた。いや、それ今言う?
俺だけがパーティーから除外され、兵士に肩を叩かれた。
「では、こちらへ。……看板殿」
「殿、いる!?」
妙に丁重に扱うのやめてくれ。笑いを堪えてるのが透ける。
城壁の門を抜け、村へ続く道を歩かされる。
周りの景色は牧歌的なのに、俺の心は荒れ放題だ。
異世界だぞ!勇者召喚だぞ!
俺、人生一発逆転フラグじゃん。
なのに、俺の職業、看板……。
職業が看板って何?副業じゃダメなの?
しゃべるってところだけ、変に優しいの何?情け?
兵士が言った。
「ここが村の入口です。皆さん、道に迷われますので」
「迷うのは俺の人生だよ!」
つい返したら、兵士は咳払いして「……失礼」とだけ言った。反応に困るな。
村の端、道が分かれる場所に、木製の支柱が一本立っていた。
そこに俺を立たせる。
いや、「立たせる」っていうより「設置する」。
「では、この位置で」
兵士が一歩下がった瞬間、足元がカチッと音を立てた気がした。
嫌な予感がして、俺は一歩引こうとした。
――動かない。
「……え?」
もう一回。
動かない。
足首から下が、地面に縫い付けられたみたいに固定されてる。
「ちょ、待って待って待って。動けないんだけど」
兵士は当たり前みたいに頷いた。
「はい。看板ですので」
「看板でも動くわ!!せめて倒れるくらいはするわ!!」
俺は上半身をねじった。腕を振った。ジャンプを試みた。
結果:びくともしない。
「……え、マジで固定?固定型情報端末ってこういう意味!?」
視界の端に、例のステータス画面が浮かんだ。
開き方は分からないけど、なぜか見ようと思ったら見える。この異世界、UIだけは優秀。
俺は震える指……いや、震えても意味ない指で確認する。
【スキル:しゃべる】
【スキル:道案内】
【スキル:見守る】
「見守るって何!?見守るってスキルか!?幼稚園の先生か!?俺は今、村の入口で見守る係か!?」
攻撃力ゼロ。防御力ゼロ。移動力ゼロ。
存在価値、方向音痴の救済。いや、救済って言えば聞こえはいいけどさ!
遠くで、村人っぽいおばちゃんがこっちを見てヒソヒソしてる。
「ほら、新しい案内板よ」
「しゃべるらしいわよ」
「へぇ~、便利ねぇ」
便利ねぇじゃない!俺の尊厳!
俺は空を見上げた。
青い。どこまでも青い。
その青さが、逆に腹立つ。
勇者って言ったよな。
俺も勇者たちの中に入ってたよな。
俺、確かに召喚されたんだよな。
なのにこの扱い!
チュートリアルどころか、操作説明の段階で詰んでない!?
風が吹く。草が揺れる。
俺は揺れない。
「……ここが……俺の戦場か……」
無駄にカッコつけたけど、ただの道端である。
そして、ほんとに動けない。
俺の異世界生活、チュートリアルで詰みました。



