図書室を早めに閉めるように言われてから、放課後の終わりはいつもより早い。
「調査中」という言葉が校内に漂っているせいで、先生たちの視線も、いつもよりせかせかしている気がする。
私の鍵は預けたまま。
カウンターの中に立てない図書室は、急に“借り物”になった。
消灯して、ドアを閉める。
カチャ、と金具が噛み合う音が、胸の奥に残った。
閉めたのは図書室なのに、閉められたのは私の方みたいだった。
廊下に出ると、空気が冷たい。
窓の外はもう暗くなり始めていて、校庭のライトだけが白く浮いている。部活の声も、今日は遠い。
誰かの笑い声が聞こえて、私は反射的に肩をすくめた。
その笑いが私のことじゃないと分かっていても、身体が先に身構える。
下駄箱へ向かう途中、掲示板の前を通る。
告発文は剥がされていた。
ピン穴だけが残っている。
紙があった形が、空気に残っている気がして、私は目を逸らした。
(剥がされたのは紙だけ)
剥がされた紙の代わりに、噂は残っている。
“紬が改ざんした”という形のまま。
靴を履き替え、昇降口を出る。
外気が頬を刺した。
夕方の冷たさは、どこか正直で救いがある。校舎の中みたいに、言葉がまとわりつかない。
家までの道は、いつもと同じなのに、景色が少し違って見える。
コンビニの光がやけに白い。
自転車のライトが、私の影を長く伸ばす。
伸びた影が、私から少し遅れてついてくる。
私は歩きながら、胸の奥で何度も同じことを繰り返していた。
(遼は来ない。けれど栞は戻ってくる)
今日返ってきた『透明な余白』。
挟まっていた栞、112。
あの一文が、頭から離れない。
守ることは、黙ることに似ている。
言わないことでしか守れないものがある。
(守るって、誰を)
遼が守ったのは、何。
守られたのは、誰。
そして――貸出カードの空白。
剥がし跡。鉛筆粉。返却ボックスの底の紙片。
偶然じゃない。手口だ。
誰かが、意図して、名前だけを消した。
私は歩道の端で立ち止まった。
街路樹の影が、アスファルトに黒く滲んでいる。
息を吐くと、白くなる。
(……証明しなきゃ)
“やってない”は、言った。
でも言っただけでは足りない。
先生たちの「まだ」が、私の明日を奪っていく。
もし遼が関わっているなら――。
もし遼が、私の名前を消したのだとしたら――。
それは私のためなのか、私から何かを奪うためなのか。
分からないまま、放課後が終わっていくのは嫌だ。
私は鞄の中のノートを思い出し、指先で肩紐を握り直した。
そこに挟んである数字たち。37、58、112、243。
数字が増えるたびに、不安が増えた。
でも同時に、道も増えた。
(ページは、嘘をつかない)
人の噂は勝手に形を変える。
告発文は、先回りして私を黙らせる。
でもページは、書かれたままそこにある。
読めば、そこにあるものだけが残る。
なら、追うべきなのは――人じゃない。
噂じゃない。
“記録”だ。
貸出カード。
台帳。
返却ボックス。
栞のページ番号。
誰かが消そうとした「名前」と、残した「ページ」。
私はもう一度、歩き出した。
今度は、さっきより少し速い。
足音が、自分の決意を追い越さないように。
家の前の角まで来たところで、私はスマホを取り出した。
クラスのグループ通知は、見ないまま消していた。
今見ても、助けにならない。
助けになるのは、私が“答え”を持つことだけだ。
私はメモアプリを開き、短く書き込む。
『透明な余白』P.37 / P.112
『規則と告発』P.58 / P.201
『同じページの合図』P.243
欠落一行:2/13、2/14、2/15
返却ボックス底:鉛筆粉/紙片
書き終えた瞬間、胸の奥が少しだけ落ち着いた。
整理すると、恐れは形になる。形になれば、向き合える。
(私は、カードを追う)
誰かが削った記録を、私は拾い直す。
誰かが貼った罪の名前を、私は剥がし返す。
そして――遼が来ない理由も。
遼がページで答えた理由も。
全部、放課後の中で見つける。
家の玄関灯が見えた。
私は鍵を回しながら、最後に小さく息を吐いた。
明日、図書室で。
私は“記録”から逃げない。
「調査中」という言葉が校内に漂っているせいで、先生たちの視線も、いつもよりせかせかしている気がする。
私の鍵は預けたまま。
カウンターの中に立てない図書室は、急に“借り物”になった。
消灯して、ドアを閉める。
カチャ、と金具が噛み合う音が、胸の奥に残った。
閉めたのは図書室なのに、閉められたのは私の方みたいだった。
廊下に出ると、空気が冷たい。
窓の外はもう暗くなり始めていて、校庭のライトだけが白く浮いている。部活の声も、今日は遠い。
誰かの笑い声が聞こえて、私は反射的に肩をすくめた。
その笑いが私のことじゃないと分かっていても、身体が先に身構える。
下駄箱へ向かう途中、掲示板の前を通る。
告発文は剥がされていた。
ピン穴だけが残っている。
紙があった形が、空気に残っている気がして、私は目を逸らした。
(剥がされたのは紙だけ)
剥がされた紙の代わりに、噂は残っている。
“紬が改ざんした”という形のまま。
靴を履き替え、昇降口を出る。
外気が頬を刺した。
夕方の冷たさは、どこか正直で救いがある。校舎の中みたいに、言葉がまとわりつかない。
家までの道は、いつもと同じなのに、景色が少し違って見える。
コンビニの光がやけに白い。
自転車のライトが、私の影を長く伸ばす。
伸びた影が、私から少し遅れてついてくる。
私は歩きながら、胸の奥で何度も同じことを繰り返していた。
(遼は来ない。けれど栞は戻ってくる)
今日返ってきた『透明な余白』。
挟まっていた栞、112。
あの一文が、頭から離れない。
守ることは、黙ることに似ている。
言わないことでしか守れないものがある。
(守るって、誰を)
遼が守ったのは、何。
守られたのは、誰。
そして――貸出カードの空白。
剥がし跡。鉛筆粉。返却ボックスの底の紙片。
偶然じゃない。手口だ。
誰かが、意図して、名前だけを消した。
私は歩道の端で立ち止まった。
街路樹の影が、アスファルトに黒く滲んでいる。
息を吐くと、白くなる。
(……証明しなきゃ)
“やってない”は、言った。
でも言っただけでは足りない。
先生たちの「まだ」が、私の明日を奪っていく。
もし遼が関わっているなら――。
もし遼が、私の名前を消したのだとしたら――。
それは私のためなのか、私から何かを奪うためなのか。
分からないまま、放課後が終わっていくのは嫌だ。
私は鞄の中のノートを思い出し、指先で肩紐を握り直した。
そこに挟んである数字たち。37、58、112、243。
数字が増えるたびに、不安が増えた。
でも同時に、道も増えた。
(ページは、嘘をつかない)
人の噂は勝手に形を変える。
告発文は、先回りして私を黙らせる。
でもページは、書かれたままそこにある。
読めば、そこにあるものだけが残る。
なら、追うべきなのは――人じゃない。
噂じゃない。
“記録”だ。
貸出カード。
台帳。
返却ボックス。
栞のページ番号。
誰かが消そうとした「名前」と、残した「ページ」。
私はもう一度、歩き出した。
今度は、さっきより少し速い。
足音が、自分の決意を追い越さないように。
家の前の角まで来たところで、私はスマホを取り出した。
クラスのグループ通知は、見ないまま消していた。
今見ても、助けにならない。
助けになるのは、私が“答え”を持つことだけだ。
私はメモアプリを開き、短く書き込む。
『透明な余白』P.37 / P.112
『規則と告発』P.58 / P.201
『同じページの合図』P.243
欠落一行:2/13、2/14、2/15
返却ボックス底:鉛筆粉/紙片
書き終えた瞬間、胸の奥が少しだけ落ち着いた。
整理すると、恐れは形になる。形になれば、向き合える。
(私は、カードを追う)
誰かが削った記録を、私は拾い直す。
誰かが貼った罪の名前を、私は剥がし返す。
そして――遼が来ない理由も。
遼がページで答えた理由も。
全部、放課後の中で見つける。
家の玄関灯が見えた。
私は鍵を回しながら、最後に小さく息を吐いた。
明日、図書室で。
私は“記録”から逃げない。


