栞が繋ぐ一行体験――3冊のページで、告白を完成させる

図書室を早めに閉めるように言われてから、放課後の終わりはいつもより早い。
「調査中」という言葉が校内に漂っているせいで、先生たちの視線も、いつもよりせかせかしている気がする。
私の鍵は預けたまま。
カウンターの中に立てない図書室は、急に“借り物”になった。

消灯して、ドアを閉める。
カチャ、と金具が噛み合う音が、胸の奥に残った。
閉めたのは図書室なのに、閉められたのは私の方みたいだった。

廊下に出ると、空気が冷たい。
窓の外はもう暗くなり始めていて、校庭のライトだけが白く浮いている。部活の声も、今日は遠い。
誰かの笑い声が聞こえて、私は反射的に肩をすくめた。
その笑いが私のことじゃないと分かっていても、身体が先に身構える。

下駄箱へ向かう途中、掲示板の前を通る。
告発文は剥がされていた。
ピン穴だけが残っている。
紙があった形が、空気に残っている気がして、私は目を逸らした。

(剥がされたのは紙だけ)

剥がされた紙の代わりに、噂は残っている。
“紬が改ざんした”という形のまま。

靴を履き替え、昇降口を出る。
外気が頬を刺した。
夕方の冷たさは、どこか正直で救いがある。校舎の中みたいに、言葉がまとわりつかない。

家までの道は、いつもと同じなのに、景色が少し違って見える。
コンビニの光がやけに白い。
自転車のライトが、私の影を長く伸ばす。
伸びた影が、私から少し遅れてついてくる。

私は歩きながら、胸の奥で何度も同じことを繰り返していた。

(遼は来ない。けれど栞は戻ってくる)

今日返ってきた『透明な余白』。
挟まっていた栞、112。
あの一文が、頭から離れない。

守ることは、黙ることに似ている。
言わないことでしか守れないものがある。

(守るって、誰を)

遼が守ったのは、何。
守られたのは、誰。

そして――貸出カードの空白。
剥がし跡。鉛筆粉。返却ボックスの底の紙片。
偶然じゃない。手口だ。
誰かが、意図して、名前だけを消した。

私は歩道の端で立ち止まった。
街路樹の影が、アスファルトに黒く滲んでいる。
息を吐くと、白くなる。

(……証明しなきゃ)

“やってない”は、言った。
でも言っただけでは足りない。
先生たちの「まだ」が、私の明日を奪っていく。

もし遼が関わっているなら――。
もし遼が、私の名前を消したのだとしたら――。
それは私のためなのか、私から何かを奪うためなのか。
分からないまま、放課後が終わっていくのは嫌だ。

私は鞄の中のノートを思い出し、指先で肩紐を握り直した。
そこに挟んである数字たち。37、58、112、243。
数字が増えるたびに、不安が増えた。
でも同時に、道も増えた。

(ページは、嘘をつかない)

人の噂は勝手に形を変える。
告発文は、先回りして私を黙らせる。
でもページは、書かれたままそこにある。
読めば、そこにあるものだけが残る。

なら、追うべきなのは――人じゃない。
噂じゃない。
“記録”だ。

貸出カード。
台帳。
返却ボックス。
栞のページ番号。
誰かが消そうとした「名前」と、残した「ページ」。

私はもう一度、歩き出した。
今度は、さっきより少し速い。
足音が、自分の決意を追い越さないように。

家の前の角まで来たところで、私はスマホを取り出した。
クラスのグループ通知は、見ないまま消していた。
今見ても、助けにならない。
助けになるのは、私が“答え”を持つことだけだ。

私はメモアプリを開き、短く書き込む。

『透明な余白』P.37 / P.112

『規則と告発』P.58 / P.201

『同じページの合図』P.243

欠落一行:2/13、2/14、2/15

返却ボックス底:鉛筆粉/紙片

書き終えた瞬間、胸の奥が少しだけ落ち着いた。
整理すると、恐れは形になる。形になれば、向き合える。

(私は、カードを追う)

誰かが削った記録を、私は拾い直す。
誰かが貼った罪の名前を、私は剥がし返す。

そして――遼が来ない理由も。
遼がページで答えた理由も。
全部、放課後の中で見つける。

家の玄関灯が見えた。
私は鍵を回しながら、最後に小さく息を吐いた。

明日、図書室で。
私は“記録”から逃げない。