台本にない恋、はじめました。

 それから、三年が経った。
 番組の特集企画として、『恋のサークル合宿』の例のシーズンのその後を追う、短いインタビューが組まれた。
 用意されたスタジオではなく、小さなカフェのテラス席。
 カメラは一台でマイクも、最小限。過剰な演出は、ない。

 ──まず、お二人は現在、どういう関係ですか?

 三國と視線が合う。一瞬、どちらが答えるか迷ってから彼が先に口を開いた。

「恋人です」

 即答だった。俺は、少し遅れて頷く。

「……一応」

 横から彼が小さく笑う。

「一応じゃないだろ」

 そのやりとりに、スタッフは和んでいる様子だ。
 
 ──当時の告白、振り返ってみてどう思いますか?

 俺は、少し考える。あの中庭、風の音。泣いて、抱きしめて、逃げなかったあの瞬間。

「……正直」

 言葉を選ぶ。

「あれ以上、正解はなかったと思います」

 自分でも、少し驚くほど、はっきり言えた。

「怖かったけど、逃げなかったことだけは今も誇りに思ってます」

 彼は黙って聞いていた。

 ──三國さんは?

「俺は……」

 少し照れたように、はにかんで笑う。

「やっと、言えたなって。高校のときから、ずっと言えなかったことだったので」

 俺は、視線を落とす。それでも、後悔はない。

 ──番組が“想定外の結末”を迎えたことについては?

 この質問には、二人とも一瞬だけ間があった。でも、先に答えたのは、俺だった。

「……番組を壊した、とは思ってません」

 静かに。

「恋愛リアリティーショーだったけど、恋が起きたこと自体は嘘じゃなかったから」

 隣で小さく頷く。

「それに」

 続けて、彼が付け足す。

「俺たち、ちゃんと今も一緒にいるので」

 それが、すべてだった。

 ──最後に。お互いに、ひと言ずつ。

 少し照れくさい空気だが、逃げることはしない。昔と同じ、まっすぐな目で三國は俺を見る。

「……ありがとう」

 それだけ。
 俺は少し笑って答えた。

「こちらこそ」

 言葉は、もう多くいらなかった。

 カメラが止まる。スタッフが礼を言い、機材を片付け始める。
 そのとき、三國が俺の手に、そっと触れた。インタビューでは映らない、何でもない仕草。
 でも、それが今のすべてだった。
 俺はその手を優しく握り返す。
 逃げないし、隠さない。あの日、中庭で選んだ答えは、今も、ちゃんと続いている。

 ※※※

 仕事の形も、立場も、少しずつ変わった。俺はもう、“みんなの王子様”と呼ばれることは少ない。
 それでも、困ってはいない。

 夕方、買い物袋を提げて家に帰る。鍵を開けると、リビングから声がした。

「おかえり」

 三國がキッチンのほうから顔を出す。エプロン姿が、すっかり板についている。

「今日は早かったな」
「収録、巻いた」

 靴を脱いで、近づくと、鍋から湯気が立ちのぼっている。

「相変わらず、量多くない?」
「花埜がちゃんと食べるから」

 そう言って、三國は笑う。他愛もない会話だが、これがいい。

 食事のあとはたいていソファに並んで座る。テレビはついているけど、内容はもう誰も見ていない。
 俺はふと思い出したように言う。

「なあ」
「ん?」
「恋サー、覚えてる?」

 三國は一瞬きょとんとしてから、すぐに苦笑した。

「忘れるわけないだろ」

 俺は、そうだよな、と笑う。

「あのときさ」
「俺、逃げなくてよかった」

 三國は、少し驚いたように俺を見る。

「今さら?」
「今だから、言える」

 俺は、正直に続ける。

「怖かったし、不安だったけど」
「それでも」

 三國の手を、そっと取る。

「選んでよかった」

 彼は何も言わない。ただ、指を絡めてくる。その手は、酷く温かい。

 夜、ベッドに入る前。ふと、彼が言う。

「なあ」
「ん?」
「俺さ」

 少しだけ、照れた声。

「今も、花埜に会うために生きてるよ」

 俺は、息を止める。それは、あの手紙と同じ言い方だった。笑って答える。

「……ずっと?」
「ずっと」

 それで、十分だった。特別な約束は、していない。
 派手な未来予想も、いらない。
 ただ。今日も、同じ家に帰ってきて、同じ時間を過ごして、同じ人の隣で眠る。
 それだけで、人生は、ちゃんと続いていく。想定外だった恋は、いつの間にか当たり前の未来になっていた。