「ご飯は生きる活力!」
どんっと床におにぎりを置いた。
テーブルがないから仕方ない。これはさっきコンビニで買ってきたおにぎり、お金は門倉のだけど。
「めんどくさくても食べる!」
「……。」
「死ぬから!!」
昨日フェンスに上った門倉の手を引いた時、あまりの軽さにびっくりした。フェンスから落ちてくる門倉を軽々と受け止められると思った。
この生活感のない部屋に、食べるのがめんどくさいという門倉から想像するのは簡単なことで。
「はい、食べて」
ガリガリ君を知らないなんておかしいと思ったけど、たぶんめんどくさいんだ。食べるのがめんどくさい門倉はアイスを買うという概念がない。
だから知らなかったんじゃないかって。
…いや、そんなこと普通ないだろとは思うけど。
「ほら、コンビニのおにぎりっておいしいから」
全然おにぎりを手に取ろうとしない門倉に床のおにぎりを取って押しつけるように手渡した。
無理矢理、嫌々にでも食べてもらわないとまた飛び降りるなんてこと起きなくても餓死の可能性もある。
だってさ、私が過去に来ちゃったから未来変わっちゃってるかもしれないじゃん?
てことは記憶喪失じゃなくて死―…なんてことだって。
それは困る、それはさすがに困る。目の前で人が死ぬのは見たくない、せめて私が未来に帰ってからにしてほしい。
出来たら死なないでほしいけど、一応門倉先生は副担の先生だし。
「…めんどくさいかもしれないけどさ、食べなよ」
諭すように、門倉の方を見て。
「うちら高校生なんだからまだまだ楽しいことあるよ」
なんて、何言ってんだろ私。そんなこと思ってもないのに。
門倉先生みたいなこと言って、ほんと何…もっと何か言えたらよかったよね。
私がおにぎりの袋を開けたらのそのそと門倉もおにぎりを開け始めた、ぺたんと床に座って門倉とおにぎりを食べるなんてなんか変な空間だ。
「…お前、今日どうすんの?」
「え?」
「今日土曜だぞ」
つまりは学校が休み、門倉とこうしておにぎりを食べてていいのか…あぐらをかいて座る門倉は私と違ってひとくちが小さい、門倉先生だったらこんなの2口ぐらいで食べそうなのに。
「…どうしようかな」
最後のひとくちを口に入れた。もぐもぐ…、急に飲み込みづらくなった。
帰る術がなさ過ぎて、何からしたらいいかもわからない。
もしかしてこのままずっとここにいることになるのかな、帰れないでこのまま…
「好きにすればいい」
「え…?」
「帰りたくないなら」
「……。」
何も、聞かないんだね。
でもそれは優しさなのかな?それはただ門倉にもー…
「…とは言いつつも、好きにしてていいのかなぁ~」
これと言って行くところもないんだけど、ずっと門倉とあの部屋にいるのもあれかなってその辺をブラブラしようと外に出た。
着る服なんかないから制服のままで、でも別に休みの日だって部活とかで学校行ったりするからおかしくはないよね。
「10年って長いのかな?短いのかな?変わってるようで変わってないような…」
駅前の方へ来てみたけど、お店とかは違ったりしてもそんなに…
「あ、スタバない!」
そっか、スタバは3年前…くらいに出来たからここにはないんだ。ちょっと飲みたかったのに。
スタバへの未練を残しつつ今はハワイアンカフェの前を通り過ぎて、駅の中に入った。
土曜日だからまぁまぁ人はいるけど、うちの地元そんな都会じゃないからなぁ…賑わってるってほどでもないか。
券売機の前に立つ、上を見れば路線図と料金が表になっていてこれも今とは金額が違ったけど切符の買い方は同じだから。
「……。」
昨日門倉にガリガリ君を奢ったから財布の残金は360円、360円で行けるところ…あるかな?
あるか、あるけどそんなに遠くは行けないよね。行けても電車で10分ぐらいのところ…そんなの行ってどうするんだろ、行ってもどうしようもないよね。
「まだですかっ」
後ろから聞こえた苛立つ声にビクッとして振り返ると私の後ろに列が出来ていた。つい考え込んじゃって気付かなかった。
「あ…、すみません…っ」
慌ててその場から離れた、恥ずかしくって逃げるようにして走って改札前の柱に隠れた。ちょっとした死角になっているから、なんとなく身を隠したくて。
ふぅっと息を吐いて柱にもたれかかる。
「全然わかんないや…」
どうしたらいいか、全然わからない。
手掛かりになるようなものもないし、思い当たるものもない。
そもそもどうして私が過去へ来たのかも…意味とかあるのかな?
えーっ、そっから探さなきゃいけないのめんどくさ~…意味とか理由とかどーでもいいんだけど早く帰れたらそれで、いいのに。
「……。」
ぼぉーっと遠くを見つめて、もうどこにもピントは合ってない。
自分でも何を見てるのかわからない。
でも何も考えたくなくて。
未来に帰る方法なんて誰がわかるの?そんなのわからなくない?
めんどくさくてしょうがないんだけど。
いっそのことどっか遠くにいきたい。
このままどこか遠く、知らない場所に…あ、遠くに来てるのか、今。来てるんだった。
知ってる場所だけど知らない場所だ、私を知ってる人は誰もいないもんね。
「じゃあ…これでいいのかな?」
考えていると目の前が真っ白になって頭の中も真っ白になっていく。全部が白くなって、まさに白紙って感じで。
何も見えないの、それはきっと見ようとしてないから。
もしかしてそう思ってたからこうなったんじゃないかとさえ、思って。
「帰りたいって思ってるのかな、私…」
思ってないから帰れないの?
帰らなきゃって思ってるのはただの事務的作業に過ぎなくて。
だって私に帰る場所なんてないから、どうやって帰ればいいかわかんないんだ…
「君、何してるの?」
ぼぉーっとしている頭に呼びかけられた。全く頭が働いてなくて何かと思ったけど、その姿を見てハッとした。
さすがに10年前の世界でもわかる、見るからに警察の制服だ。
「ずっとここにいるけど、どうかしたの?」
「えっ、あの…」
ドギマギしながらチラッと視線を変えれば駅員さんがこっちを見ながらコソコソ話していた。
あ、やばい。これって通報されてる?
電車に乗る素振りもなければ待ち合わせでもない、ずーっと改札の前でぼぉっと立ってたら変に思われるよねそりゃ。
しかも外を見れば真っ暗で、ものすごい時間経ってるみたいで。
これは絶対不審に思われてる、補導される…っ
「君、名前は?高校生だよね?」
さらに高校の制服が危機感を増して、高校生がずっとこんなとこにいれば不審というより心配されてる方が大きい気がする。
「えっと、あの…っ」
「親御さんと連絡は取れる?」
「…っ」
ど、どうしよう…だけどここで捕まるわけにはいかない、このまま連れていかれるなんてことになったら困る。
とりあえず逃げなきゃっ
「大丈夫です!」
せめて大きな声で答えて、何でもないですって顔で。
それが余計に怪しまれたかもしれないけど、そんなことよりもまずは走って逃げた。
「あ、君!ちょっと待って!」
駅から飛び出たら想像以上に真っ暗で今何時なんだ!?と思った。
暗いと歩いて来た道がわかりづらい、しかも10年前のここは私の知ってるこことは少し違って見えて迷いそうになる。
それでも足を止めることなく必死に動かして、走って走って…門倉のアパートまで向かった。今の私にはそこしか帰れる場所がないんだって、思いながら。
「ハァ、ハァ…ハァっ」
小刻みに息をして、苦しくなる胸を押さえる。
帰り道のが遠く感じて、何度か道を間違えそうになりながらやっと帰って来れた。
すぅーっと大きく息を吸って、さらにはぁーっと大きく息を吐いた。乱れた呼吸を整えて、胸を撫でる。
よしっと気合いを入れたからピンポンを押したんだけど…
「ん?」
勝手に開けるのはよくないかと思って一応、だけど全然応答がない。
え、なんで?
何度押しても応答がない、こそっとドアに耳をつけても部屋から物音がしてる様子がない。この古さと壁の薄さなら聞こえそうな気が…もしかしていない?
ピンポンを諦めてドアノブに手をかけてみたけど、案の定開かなかった。
え、いないの?この時間に?結構真っ暗だよ、陽が落ちるのが遅い夏なのにこの暗さだよ。
「…どこ行ったんだろ」
それも私には関係ないことなんだけど。
ちょっと家に置いてもらってるだけだし、門倉が何しようとどこ行こうと私には…
はぁっと息を吐いてその場にうずくまった。
走って疲れた、こんな全力疾走したの久しぶりだよ。私って案外まだまだ走れたんだね、ちょっとびっくりしちゃった。
夏の夜はむしむし暑い、それでもたまに生暖かい風が吹いてくるから気持ちよくて…
「いや、全然暑いんだけど!」
これだけじゃ足りない、こっちは全力疾走してきた後なんだエアコンのある部屋で休みたい最悪思いっきり水風呂に飛び込みたい。いつもだったらハンディファン持ってたのに平成にハンディファンないし。
何なのもう…っ
なんでないの!?
いくら平成でも暑いもんは暑いんだから、それぐらいあってもいいじゃん!
なんでないの、むかつく…すっごいむかついて、イライラする。どうしようもなくイライラする。
帰るとか帰れないとかもうどーでもいい、そんなめんどくさいこと考えたくない。
なんで私がどうにかしなきゃいけないの?
勝手にこうなったんでしょ、私に非なんてあるかな?なくない?
ずっとここにいていいならいるし、別に私が帰らなくても困らないでしょ?それで困ることなんかあるの?そんなのないじゃん…ないよ、そんなの。
もうわかんないよ、全然意味がわかんないよ…
「てゆーかなんで門倉帰って来ないの!?」
これが1番意味わからない。
あんな無気力全開みたいな奴が夜遅くまで出掛けてるって何?実は裏でやばいことやってますみたいな奴なの?
絶対そうは見えない陰キャじゃん。
なんで帰って来ないわけ?どこ行ってんの、本当…
「早く帰って来てよ…」
寂しいじゃん。
寂しいから早く帰って来てよ、門倉。
“悲しむから!…よくない、と思う”
あのね、門倉。
門倉にあんなこと言ったけど、本当は私にあんなこと言う資格なんてない。
だから上手い言葉が見付からなかったの。
だって私もだから、私も思ってるから。
どうしたらここから消えることが出来るのー…?
「おい、お前何してる」
頭の上から声が聞こえた、しゃがみ込んで顔を伏せてたから。でもその抑揚のない声に顔を上げた。
「家の前で邪魔なんだけど」
「門倉…」
上から覗き込むように私を見てた。眉間にしわを寄せながら、ちょっと迷惑そうな顔で。
「どこ行ってたのー!?」
「どこってお前っ」
「遅いよ、遅い!もう真っ暗なんだから!」
「別に何時に帰って来ようが俺の勝手だろ」
「そうだけど…っ」
門倉の顔を見たら、なんだか泣きそうになって瞳の奥が熱くなった。
なんで?どうして?わからないけど…
「お前こそどこ行ってたんだよ、全然帰って来ねぇから心配しただろーが」
たぶんね、門倉に会いたかったの。
「ねぇ、門倉」
私のことをわかってくれるのは、今の門倉だけなんじゃないかなって。門倉だったら、わかってくれるのかなって…そんな気がして。
「私、消えたいの」
誰にも言えなかった私の気持ち、門倉なら…
「どうしたら消えることが出来ると思う?」
顔を上げる、門倉の方を見るように。ボロいアパートの前の街灯は薄暗くて見づらい。
でも門倉は一切表情を変えなかった。
「さぁ、消え方はわかんねぇけど」
それで、息をする間もなく答えたの。
「一緒に消える?」
どうして門倉は迷いがないの?なんでそんなことが言えるの?
でもね、涙がこぼれて来るから。
ボロボロ瞳の奥から押し出されるようにこぼれて来る、それは止めることが出来なくて次第に視界はぼやけていった。
何も見えなくなる、何も…だけどさっきほど寂しくもなければ真っ白になっていく感覚もない。
きっとそれは、門倉がいてくれたから。何も言わない門倉が…
「なぁ消え方はあとで考えるとしてさ」
「……。」
言うんだ、このタイミングで。
しかも何、それは置いといてみたいな言い方。
で、何言い出すの?
「その前にアイス食わねぇ?」
「……。」
「溶ける」
手に持ってた袋から取り出した、ソーダ味のガリガリ君を。
ふーん、コンビニ行ってたんだ。食べるのめんどくさいとかって言ってた門倉がコンビニにアイス…
「…食べる」
それを言われたら、うんって頷いてしまった。目の前に出されちゃったら食べるしかない、だって暑いし今食べたい気分だったし。せっかく門倉が買って来てくれたらなら。
「ん」
「…ありがと」
ガリガリ君を私に渡したかと思えば、そのまま隣にしゃがみ込んだ。
ここで食べるんだ、めっちゃ家の前っていうかドアの前だけど。そーゆうこと気にしないよね、門倉って。
少しずつわかってきたかもしれない、門倉のこと。
「そーいえばこないだの“あたり”どうしたの?」
私が奢ってあげたガリガリ君、門倉の食べたのは“あたり”だった。
「冷蔵庫に入れてある」
「なんで!?」
「置いとくとこなくて」
「絶対他にあるでしょ!」
いや、確かに棚とか引き出しとか入れられそうなとこは何もなかったけど冷蔵庫って。食べ終わった木の棒冷蔵庫に入れておくって何、ありえないでしょ。
「てゆーかそれあたりなんだから交換してもらえばよかったのに」
「交換…?ってどこで?」
「普通にコンビニとかスーパーでしてくれるよ」
「へぇー…」
今さっきコンビニ行ったなら買わなくても交換でよかったのに。1個得したのに。
「それは…緊張するな」
「全然しないから、それ」
どこで緊張したのか、やっぱ門倉ってよくわかんないけど…うん、そうだね。今はアイスを食べていたいって思っちゃったかも。そんなのあとでいっかって、思った。
どんっと床におにぎりを置いた。
テーブルがないから仕方ない。これはさっきコンビニで買ってきたおにぎり、お金は門倉のだけど。
「めんどくさくても食べる!」
「……。」
「死ぬから!!」
昨日フェンスに上った門倉の手を引いた時、あまりの軽さにびっくりした。フェンスから落ちてくる門倉を軽々と受け止められると思った。
この生活感のない部屋に、食べるのがめんどくさいという門倉から想像するのは簡単なことで。
「はい、食べて」
ガリガリ君を知らないなんておかしいと思ったけど、たぶんめんどくさいんだ。食べるのがめんどくさい門倉はアイスを買うという概念がない。
だから知らなかったんじゃないかって。
…いや、そんなこと普通ないだろとは思うけど。
「ほら、コンビニのおにぎりっておいしいから」
全然おにぎりを手に取ろうとしない門倉に床のおにぎりを取って押しつけるように手渡した。
無理矢理、嫌々にでも食べてもらわないとまた飛び降りるなんてこと起きなくても餓死の可能性もある。
だってさ、私が過去に来ちゃったから未来変わっちゃってるかもしれないじゃん?
てことは記憶喪失じゃなくて死―…なんてことだって。
それは困る、それはさすがに困る。目の前で人が死ぬのは見たくない、せめて私が未来に帰ってからにしてほしい。
出来たら死なないでほしいけど、一応門倉先生は副担の先生だし。
「…めんどくさいかもしれないけどさ、食べなよ」
諭すように、門倉の方を見て。
「うちら高校生なんだからまだまだ楽しいことあるよ」
なんて、何言ってんだろ私。そんなこと思ってもないのに。
門倉先生みたいなこと言って、ほんと何…もっと何か言えたらよかったよね。
私がおにぎりの袋を開けたらのそのそと門倉もおにぎりを開け始めた、ぺたんと床に座って門倉とおにぎりを食べるなんてなんか変な空間だ。
「…お前、今日どうすんの?」
「え?」
「今日土曜だぞ」
つまりは学校が休み、門倉とこうしておにぎりを食べてていいのか…あぐらをかいて座る門倉は私と違ってひとくちが小さい、門倉先生だったらこんなの2口ぐらいで食べそうなのに。
「…どうしようかな」
最後のひとくちを口に入れた。もぐもぐ…、急に飲み込みづらくなった。
帰る術がなさ過ぎて、何からしたらいいかもわからない。
もしかしてこのままずっとここにいることになるのかな、帰れないでこのまま…
「好きにすればいい」
「え…?」
「帰りたくないなら」
「……。」
何も、聞かないんだね。
でもそれは優しさなのかな?それはただ門倉にもー…
「…とは言いつつも、好きにしてていいのかなぁ~」
これと言って行くところもないんだけど、ずっと門倉とあの部屋にいるのもあれかなってその辺をブラブラしようと外に出た。
着る服なんかないから制服のままで、でも別に休みの日だって部活とかで学校行ったりするからおかしくはないよね。
「10年って長いのかな?短いのかな?変わってるようで変わってないような…」
駅前の方へ来てみたけど、お店とかは違ったりしてもそんなに…
「あ、スタバない!」
そっか、スタバは3年前…くらいに出来たからここにはないんだ。ちょっと飲みたかったのに。
スタバへの未練を残しつつ今はハワイアンカフェの前を通り過ぎて、駅の中に入った。
土曜日だからまぁまぁ人はいるけど、うちの地元そんな都会じゃないからなぁ…賑わってるってほどでもないか。
券売機の前に立つ、上を見れば路線図と料金が表になっていてこれも今とは金額が違ったけど切符の買い方は同じだから。
「……。」
昨日門倉にガリガリ君を奢ったから財布の残金は360円、360円で行けるところ…あるかな?
あるか、あるけどそんなに遠くは行けないよね。行けても電車で10分ぐらいのところ…そんなの行ってどうするんだろ、行ってもどうしようもないよね。
「まだですかっ」
後ろから聞こえた苛立つ声にビクッとして振り返ると私の後ろに列が出来ていた。つい考え込んじゃって気付かなかった。
「あ…、すみません…っ」
慌ててその場から離れた、恥ずかしくって逃げるようにして走って改札前の柱に隠れた。ちょっとした死角になっているから、なんとなく身を隠したくて。
ふぅっと息を吐いて柱にもたれかかる。
「全然わかんないや…」
どうしたらいいか、全然わからない。
手掛かりになるようなものもないし、思い当たるものもない。
そもそもどうして私が過去へ来たのかも…意味とかあるのかな?
えーっ、そっから探さなきゃいけないのめんどくさ~…意味とか理由とかどーでもいいんだけど早く帰れたらそれで、いいのに。
「……。」
ぼぉーっと遠くを見つめて、もうどこにもピントは合ってない。
自分でも何を見てるのかわからない。
でも何も考えたくなくて。
未来に帰る方法なんて誰がわかるの?そんなのわからなくない?
めんどくさくてしょうがないんだけど。
いっそのことどっか遠くにいきたい。
このままどこか遠く、知らない場所に…あ、遠くに来てるのか、今。来てるんだった。
知ってる場所だけど知らない場所だ、私を知ってる人は誰もいないもんね。
「じゃあ…これでいいのかな?」
考えていると目の前が真っ白になって頭の中も真っ白になっていく。全部が白くなって、まさに白紙って感じで。
何も見えないの、それはきっと見ようとしてないから。
もしかしてそう思ってたからこうなったんじゃないかとさえ、思って。
「帰りたいって思ってるのかな、私…」
思ってないから帰れないの?
帰らなきゃって思ってるのはただの事務的作業に過ぎなくて。
だって私に帰る場所なんてないから、どうやって帰ればいいかわかんないんだ…
「君、何してるの?」
ぼぉーっとしている頭に呼びかけられた。全く頭が働いてなくて何かと思ったけど、その姿を見てハッとした。
さすがに10年前の世界でもわかる、見るからに警察の制服だ。
「ずっとここにいるけど、どうかしたの?」
「えっ、あの…」
ドギマギしながらチラッと視線を変えれば駅員さんがこっちを見ながらコソコソ話していた。
あ、やばい。これって通報されてる?
電車に乗る素振りもなければ待ち合わせでもない、ずーっと改札の前でぼぉっと立ってたら変に思われるよねそりゃ。
しかも外を見れば真っ暗で、ものすごい時間経ってるみたいで。
これは絶対不審に思われてる、補導される…っ
「君、名前は?高校生だよね?」
さらに高校の制服が危機感を増して、高校生がずっとこんなとこにいれば不審というより心配されてる方が大きい気がする。
「えっと、あの…っ」
「親御さんと連絡は取れる?」
「…っ」
ど、どうしよう…だけどここで捕まるわけにはいかない、このまま連れていかれるなんてことになったら困る。
とりあえず逃げなきゃっ
「大丈夫です!」
せめて大きな声で答えて、何でもないですって顔で。
それが余計に怪しまれたかもしれないけど、そんなことよりもまずは走って逃げた。
「あ、君!ちょっと待って!」
駅から飛び出たら想像以上に真っ暗で今何時なんだ!?と思った。
暗いと歩いて来た道がわかりづらい、しかも10年前のここは私の知ってるこことは少し違って見えて迷いそうになる。
それでも足を止めることなく必死に動かして、走って走って…門倉のアパートまで向かった。今の私にはそこしか帰れる場所がないんだって、思いながら。
「ハァ、ハァ…ハァっ」
小刻みに息をして、苦しくなる胸を押さえる。
帰り道のが遠く感じて、何度か道を間違えそうになりながらやっと帰って来れた。
すぅーっと大きく息を吸って、さらにはぁーっと大きく息を吐いた。乱れた呼吸を整えて、胸を撫でる。
よしっと気合いを入れたからピンポンを押したんだけど…
「ん?」
勝手に開けるのはよくないかと思って一応、だけど全然応答がない。
え、なんで?
何度押しても応答がない、こそっとドアに耳をつけても部屋から物音がしてる様子がない。この古さと壁の薄さなら聞こえそうな気が…もしかしていない?
ピンポンを諦めてドアノブに手をかけてみたけど、案の定開かなかった。
え、いないの?この時間に?結構真っ暗だよ、陽が落ちるのが遅い夏なのにこの暗さだよ。
「…どこ行ったんだろ」
それも私には関係ないことなんだけど。
ちょっと家に置いてもらってるだけだし、門倉が何しようとどこ行こうと私には…
はぁっと息を吐いてその場にうずくまった。
走って疲れた、こんな全力疾走したの久しぶりだよ。私って案外まだまだ走れたんだね、ちょっとびっくりしちゃった。
夏の夜はむしむし暑い、それでもたまに生暖かい風が吹いてくるから気持ちよくて…
「いや、全然暑いんだけど!」
これだけじゃ足りない、こっちは全力疾走してきた後なんだエアコンのある部屋で休みたい最悪思いっきり水風呂に飛び込みたい。いつもだったらハンディファン持ってたのに平成にハンディファンないし。
何なのもう…っ
なんでないの!?
いくら平成でも暑いもんは暑いんだから、それぐらいあってもいいじゃん!
なんでないの、むかつく…すっごいむかついて、イライラする。どうしようもなくイライラする。
帰るとか帰れないとかもうどーでもいい、そんなめんどくさいこと考えたくない。
なんで私がどうにかしなきゃいけないの?
勝手にこうなったんでしょ、私に非なんてあるかな?なくない?
ずっとここにいていいならいるし、別に私が帰らなくても困らないでしょ?それで困ることなんかあるの?そんなのないじゃん…ないよ、そんなの。
もうわかんないよ、全然意味がわかんないよ…
「てゆーかなんで門倉帰って来ないの!?」
これが1番意味わからない。
あんな無気力全開みたいな奴が夜遅くまで出掛けてるって何?実は裏でやばいことやってますみたいな奴なの?
絶対そうは見えない陰キャじゃん。
なんで帰って来ないわけ?どこ行ってんの、本当…
「早く帰って来てよ…」
寂しいじゃん。
寂しいから早く帰って来てよ、門倉。
“悲しむから!…よくない、と思う”
あのね、門倉。
門倉にあんなこと言ったけど、本当は私にあんなこと言う資格なんてない。
だから上手い言葉が見付からなかったの。
だって私もだから、私も思ってるから。
どうしたらここから消えることが出来るのー…?
「おい、お前何してる」
頭の上から声が聞こえた、しゃがみ込んで顔を伏せてたから。でもその抑揚のない声に顔を上げた。
「家の前で邪魔なんだけど」
「門倉…」
上から覗き込むように私を見てた。眉間にしわを寄せながら、ちょっと迷惑そうな顔で。
「どこ行ってたのー!?」
「どこってお前っ」
「遅いよ、遅い!もう真っ暗なんだから!」
「別に何時に帰って来ようが俺の勝手だろ」
「そうだけど…っ」
門倉の顔を見たら、なんだか泣きそうになって瞳の奥が熱くなった。
なんで?どうして?わからないけど…
「お前こそどこ行ってたんだよ、全然帰って来ねぇから心配しただろーが」
たぶんね、門倉に会いたかったの。
「ねぇ、門倉」
私のことをわかってくれるのは、今の門倉だけなんじゃないかなって。門倉だったら、わかってくれるのかなって…そんな気がして。
「私、消えたいの」
誰にも言えなかった私の気持ち、門倉なら…
「どうしたら消えることが出来ると思う?」
顔を上げる、門倉の方を見るように。ボロいアパートの前の街灯は薄暗くて見づらい。
でも門倉は一切表情を変えなかった。
「さぁ、消え方はわかんねぇけど」
それで、息をする間もなく答えたの。
「一緒に消える?」
どうして門倉は迷いがないの?なんでそんなことが言えるの?
でもね、涙がこぼれて来るから。
ボロボロ瞳の奥から押し出されるようにこぼれて来る、それは止めることが出来なくて次第に視界はぼやけていった。
何も見えなくなる、何も…だけどさっきほど寂しくもなければ真っ白になっていく感覚もない。
きっとそれは、門倉がいてくれたから。何も言わない門倉が…
「なぁ消え方はあとで考えるとしてさ」
「……。」
言うんだ、このタイミングで。
しかも何、それは置いといてみたいな言い方。
で、何言い出すの?
「その前にアイス食わねぇ?」
「……。」
「溶ける」
手に持ってた袋から取り出した、ソーダ味のガリガリ君を。
ふーん、コンビニ行ってたんだ。食べるのめんどくさいとかって言ってた門倉がコンビニにアイス…
「…食べる」
それを言われたら、うんって頷いてしまった。目の前に出されちゃったら食べるしかない、だって暑いし今食べたい気分だったし。せっかく門倉が買って来てくれたらなら。
「ん」
「…ありがと」
ガリガリ君を私に渡したかと思えば、そのまま隣にしゃがみ込んだ。
ここで食べるんだ、めっちゃ家の前っていうかドアの前だけど。そーゆうこと気にしないよね、門倉って。
少しずつわかってきたかもしれない、門倉のこと。
「そーいえばこないだの“あたり”どうしたの?」
私が奢ってあげたガリガリ君、門倉の食べたのは“あたり”だった。
「冷蔵庫に入れてある」
「なんで!?」
「置いとくとこなくて」
「絶対他にあるでしょ!」
いや、確かに棚とか引き出しとか入れられそうなとこは何もなかったけど冷蔵庫って。食べ終わった木の棒冷蔵庫に入れておくって何、ありえないでしょ。
「てゆーかそれあたりなんだから交換してもらえばよかったのに」
「交換…?ってどこで?」
「普通にコンビニとかスーパーでしてくれるよ」
「へぇー…」
今さっきコンビニ行ったなら買わなくても交換でよかったのに。1個得したのに。
「それは…緊張するな」
「全然しないから、それ」
どこで緊張したのか、やっぱ門倉ってよくわかんないけど…うん、そうだね。今はアイスを食べていたいって思っちゃったかも。そんなのあとでいっかって、思った。



