ノートをとじたら、キミに会える夢を見て。

―…。


―――…っ




「いった…」

寝転がったままさすさすと腰を撫でる、体は痛いけどとりあえず無事だったみたい。思いっきり落ちたけど、止められず思いっきり…でも大きな怪我はないっぽいし、どうにかなったみたいでよかった。

…って先生は!?先生は無事だったの!?

「門倉先生大丈…っ」

ひゅーっと風が吹いた、生暖かいむわっとした風が。
え、ここは校舎の中?じゃなくない…?
だって見る限りまっさらな青空なんだけど。
まだ屋上にいたっけ?
ううん、そんなわけない。
確か階段を下りてる途中で…っ

「あんた何…?」

この不思議な光景に体を起こすと男の子と目が合った。
校門の前、尻もちをつくように座った男の子と…
え、校門の前?
いやいやいや、さすがにそれはない。
だってちゃんと屋上にいたし、その記憶はあるし、だからっ

「今空から降って来なかったか?」

男の子が目を丸くして、眉間にしわを寄せている。不審な瞳で私を見てる。

「違うの私っ、今屋上で…っ」
「屋上?ってどこのだよ、頭でも打ったのか?」
「だから…っ」

だけどどう見てもここは外、学校の校門の前。
しっかり名前も書いてあるし、間違いなくうちの学校の前。
なんならさっきいた屋上ははるか遠くて、ここから見えないぐらい…何がどうなってるの?
階段から落ちてここまで転がって来るなんてこと…いやいや、そんなことあるわない。
でもこの状況どうゆうこと?私はなんでここにいるの?
てゆーかそれよりっ

「門倉先生は!?」

どこにも門倉先生の姿がなかった。
一緒に階段から落ちたはずなのに、私の腕を掴んだはずなのに。
だけどここにいるのは私と知らない男の子だけで。
門倉先生は大丈夫だったの?

私を助けようとした門倉先生はー…

「門倉…?は、オレだけど」

きょとんとした顔で見られた。

「先生ってなんだ?」

「門倉先生!この学校の、2年2組の副担!」
「は…?オレも2年2組だけど、副担は山田だ」
「そんなわけ…っ」

ない、って思った。
だって確かに門倉先生は私のクラスの副担任の先生で、だけど…
どこか似ていたから。瞳の形、鼻、目、輪郭に唇、パーツ、見れば見るほどすごく似てた。
でも同じ苗字なんて日本中探したらたくさんいる。
それに若いもん、似てるけど若いもん。
門倉先生こんなんじゃなかったし、てゆーか制服着てるしうちの学校の制服…
ん?
見慣れないものが制服の胸ポケットに付いていた。
私の制服にはない、これはきっと名札?
その名前はー…

「門倉実咲!?」

門倉先生とおんなじ名前―…!?

「なんでオレの名前…あ、名札か」

同姓同名?だってありえなくはないけど、男の子で実咲は珍しいと思う。だからこれは…

「お前は名札は?付けねぇと怒られるぞ」

パンパンとズボンを払いながら立ち上がり、地面に落ちたリュックを拾って背負い直した。
名札なんて付けないのが普通で、だってプライバシーがなんたらって付ける方がよくないって…でも昔は違ったんだよね?みんなあたりまえに名札付けてたって聞いたことあるような。
…ちょっと待って、ねぇ待って。疑いたくないけど、もしかして。
スカートのポケットに入っていたスマホを取り出した。
そんなわけないよ、そんなわけない。これは何かのあれ、ちょっとしたあれ…いくら目の前に門倉先生にそっくりな高校生がいたとしても、それも何かの勘違いで。
今は令和8年7月…っ

「平成28ね…平成!?」

え、平成ってなに?平成っていつ?いや、平成か…
テンパっちゃって全然出て来ない。
あ、でもスマホがバグってるだけかもしれないし?そうだよ、その可能性だって…
だけど顔上げれば門倉先生に似た男の子がいる。
学校の制服を着た、私の知ってる門倉先生より全然若くて高校生の姿をした…これは誰?これは本当に、門倉先生?

「おい、お前大丈夫か?」

信じたくない、そんなこと信じたくないけど…

「やっぱどっか頭打ったのか?」

私、過去に来ちゃってるてことー…!?

いや、でもそんなのファンタジー過ぎじゃん?
あるわけないって、私ファンタジー好きじゃないし。
だから…キョロキョロと辺りを見回した、立ち上がって近くから遠くまで目を大きく開いて確認するように。

「ない!」
「は?」
「ねぇそこにコンビニ出来たよね!?去年、コンビニ出来てみんな嬉しいってはしゃいでたよね!?」
「は、何言ってんだ?」

なかった、コンビニが。待望のコンビニにみんな歓喜して、いつ行っても同じ高校の人がいるってそれぐらい人気のコンビニが。

「そんなもんねぇーよ」

更地だった。キレイまっさら更地だった。全然建つ気配もなさそうで。

「嘘…」

コンビニだけじゃない、ここから見えるはずのビルはないし道だって整備されてない、私の知ってる場所(ここ)じゃない。

じゃあここは本当に平成28年、10年前の世界ってこと…?

でもなんで?どうしてこんなことになったの?
ただ屋上の階段を下りようとしただけなのに、なんでこんなことになったのか…全く心当たりなんてないけど、高校生の門倉先生がここにいるから。

「?」

眉間のしわがさっきよりも寄ってる。私を見る目は冷たくて、到底あの門倉先生とは思えなくて。
雰囲気が全然違う、私の知ってる門倉先生と。門倉先生なら絶対もっとわーって言うかと思ったのに、私を不審者でも見るような目で見る門倉先生は何も言わない。
そりゃ高校生の門倉先生は私のことなんか知らないし、急に現れた奴に何を言えばいいのかわからないかもしれないけど…
いつでもバカみたいに笑ってる門倉先生ならこんな時も笑って話しかけそうな気がして。だって、それが…

ん?え、待って??
まだ全然納得はしてないけど、たぶん今はここは平成28年なんだよね?そうは思いたくないけどそうだと仮定して、今目の前にいる高校生の門倉先生がいるってことは…17歳の門倉先生?

記憶のある門倉先生―…!?

「あぁっ、待ってよ!」

急にくるっと方向を変えた17歳の門倉先生が歩き出した、私に背を向けてスタスタと。

「あのっ、ちょっと待って…ください!勝手に帰ろうとしないで!」
「……。」
「…え?何か?」

一応足を止めて振り返ってはくれたけど、眉を吊り上げてじーっと見て来るから。そんなじーっと見られても、何か言って…

「勝手にも何も、お前がぶつかって来たんだろ」
「えっ」
「オレは帰るとこだったんだよ、用がねぇーなら帰る!」
「…!」

あ、そーゆうこと?私も何もわかってないけど、17歳の門倉先生も何もわかってなく突然ぶつかって来たぐらいに思われてる?
でもそうだよね、まさか10年先の未来から人が現れるなんてこと想像出来ないよね。私もまだ思ってないもんね。
しかも27歳の門倉先生はここにはいない、たぶん私だけがここにいる。
私だけが…私だけこんなことになっちゃったんだ。
急に押し寄せる、胸が苦しくなって視界が狭くなるみたいな。

これは、どうしたらいいんだっけ?
なんで門倉先生いないの?
先生だって言ってたくせに、先生ならどうにかしてよ。
ねぇ、どうして…

そんな私のことなんかお構いなしにふいっと視線を逸らすから。また私に背を向けて歩き出そうとするから。
置いていくみたいに、歩き出すからー…

「待って、ください…!」

呼び止めてしまった、その背中を。きゅっとスカートの裾を掴んで震える声を押さえて。

「あの…」

静かに足が止まった、決して振り返ってはくれなかったけどたぶん聞いてはくれてる。どうすればいいかわからない、たぶん今頼りになるのは17歳の門倉先生しかいないの。

「帰り道がわからなくて…」

高校生の門倉先生しか。

「どこに?」

振り返った、シュッとした瞳がこっちを向いた。

「え、どこに…ってどこだろう?」
「は?」

あ、違うこれは違う。また変な奴になりそう、帰り道もわからなければ帰る場所もわからないって言ってること意味不明過ぎる。
でもそうなんだもん、帰り方はわからないけど帰る場所は未来なんだもん。その方が変な奴じゃん。

「いや、あ…あのっ」
「お前、家に帰りたくねぇの?」
「え…?」

17歳の門倉先生の瞳の色は真っ黒だった。何が見えてるのかなってくらい真っ黒で、全く気力を感じない。

「う、うん…そんな感じでちょっと困ってるって言うか…あ、でもこんなこと言われても困りますよね!?それこそ勝手にしろよ的な…っ」
「行くとこないならうち来れば?」

え…?今、何て…うちにうち来ればって…?
そんな簡単に人誘っていいの?まだ誰かも知らないような奴を、うちにって…

「1人暮らしだから」

ひとっ、1人暮らし!?
ますます誘っていいの?てゆーか誘われていいの?私…っ

「1人暮らしだから誰も困んねぇから」

え、私は困るよ?門倉先生は困らないの??
だって17歳の門倉先生が1人暮らししてるところに見ず知らずの女子高生が行くんだよ…?
なんかそれはよくない気がする、よくない気がするんだけど…今の私には行くとこがない。
しかも日が暮れてすっかり真っ暗だった。野宿より1人暮らしの家のがマシだ、そう思って。
だって門倉先生だし、将来先生目指してる人だもん何もないよ何もしないよ…たぶん。
うんっと頷いて17歳の門倉先生のあとをついて歩いた。
最悪どっかで逃げればいいよね?何かありそうだったら…

「ここ、うち」

2階建ての小さなアパートの1階の隅っこの部屋、そこまで古くなさそうだし学校からもわりと近くて怪しそうな感じはしないかった。
本当に普通に17歳の門倉先生が…あぁっもうめんどくさいな、門倉先生(17)でいっか!
門倉先生(17)が本当に暮らしてる家っぽい。ガチャッとドアを開けて、門倉先生(17)が入って行く後ろをゆっくーり入って行った。よく目を凝らして部屋の中を物色するように、最悪の時を想定して逃げ出せる場所とか凶器になるものとか探しながらー…

「!」

ってなかった、何もなかった。ワンルームしかない部屋は真っ白な床のせいで閉塞感が漂って、床にはフロアマットなんてものはなくテーブルも何もない…
え、私殺される?この部屋で殺されるの??
そう思わされるような部屋だった。

「あ、私やっぱりっ」

ぎゅるうるるるぅ~
やっぱり、やめようと思ったのに。

「…。」
「……。」

マジで最悪、私のお腹空気読んで。この状況でお腹空かせないで。

「ごめんなさい…」
「何もねぇーぞ」

さっきのガリガリ君だけじゃ足りなかった、育ち盛りの高校生お腹なんてすぐ空くしもうそんな時間だし。
にしてもタイミング悪過ぎ、このタイミングでこれって…

「行くぞ」

もう一度、門倉先生(17)が外に出た。

「え、どこに…ですか?」
「コンビニ」

コンビニ…?

「歩いてすぐそこだ、なんか適当に買えよ」

本当に歩いてすぐそこだった。
めっちゃ便利なとこにあるね、いいとこ住んでるじゃん。でもそれより何より…

「カップラーメンが180円…!?」

安い、安過ぎる。こんな値段初めて見た。
こないだ買った時298円もしたのに、これが平成の物価…あ、プレミアムロールケーキも150円だ。これも200円超えてたよ。
すごい…平成のコンビニ楽しいかもしれない、お腹空いたしいっぱい買っちゃ…

「キャッシュレス使えないんだ、平成のコンビニ…」

全然楽しくない、平成のコンビニ…
最近はスマホでしか支払わないからお財布に500円しか入ってないよ、安かったけど調子に乗っていっぱい買い過ぎた。レジに映し出されたオーバーした金額を見て、虚しい気持ちで計算をした。
えっと~…、何をやめようかな?お菓子はやめとこう、別になくてもいいまずはご飯だカップラーメンは必須…
スッと右側から手が伸びて来てチャリンと小銭がトレーの上に入れられた。

「え、いいですいいです!」
「……。」
「大丈夫なんでっ」
「…。」

そこも無視なんかぃ。
いや、何か言いなよ。出すだけ出してコンビニから出て行くなよ。
ねぇ、ちょっと…使っちゃうよ?使っちゃうからね?いいんだよね??

「……。」

…使わせてもらうから。もらったお金で買った、ビニール袋が別売りじゃなくて助かった。

「ありがとうございました!あのこれおつり…」

買った商品の入ったビニールを持ってコンビニの外で待つ門倉先生(17)の元へ駆け寄った、無言で手を出したからその上におつりを返した。
てか全然喋る気ないんだね、そんなに私と喋りたくないの?
…まぁ、喋りたくないかどこから来たかもわからない知らない奴と。

また門倉先生(17)の家まで歩く、本当に行っていいのかまだ迷ってはいるけど他に行くとこもないし…まずはお腹空いたし、買ったカップラーメン食べたい。
買った時にお湯を入れてもらった、たぶんそろそろ3分経つ頃だ。カップラーメンを片手に持ながら、口を使って割り箸を袋から出した。半分閉じたままだった蓋を開けてラーメンを…

「門倉…くんは何も買わなかったんですか?」

コンビニの中には入ってたけど何も手には取ってなかった。家には何もないって言ってたし、あの殺風景な家に生活感を微塵も感じなかった。

「いらないから」
「え、いらないって…ダイエットでもしてるんですか?」

見る限りそんなことしなくてよさそうだけど、なんならひょろひょろでもっと食べた方がよさそうに見える。

「食うのめんどくさい」
「……。」

めんどくさいって…さすがの私でもそれは思ったことがなかった。食べるのをめんどくさいとかめんどうじゃないという次元で考えたことなかった、お腹空いたから食べようかなって感じで。

「…。」
「……。」

門倉先生(17)はよくわからない。
ツンっと不機嫌そうな表情をして、だけど何も言わずとぼとぼ歩いて。
未来のあなたは誰より嬉しそうにガリガリ君食べてましてけどね?

門倉先生(27)よりわかんないな、門倉先生(17)は。

そんなことよりこれは本当にいいんだろうか?
これは大丈夫なの?
本当にこのまま門倉先生(17)と2人…
いくら一切喋らないって言っても、門倉先生(17)も男。
ワンルームしかない部屋でひと晩2人きりってねぇ、何かあってもおかしくないよねぇ?
あ、でもこのひょろさなら何かあった時最悪戦える気もしてる。
じゃあどうにかなるか、アパートの壁は薄そうだし大声で叫べばいいよね?口を塞がれる前にめいっぱい大声で…

なんて思いながら迎えた翌朝、めちゃくちゃよく眠れた目覚めのいい朝だった。
あいつすげぇな秒で寝たよ。私のことなんか見向きもしないで、もはやいないものと扱われてるんじゃないかってぐらい。おかげでよく眠れたよ。
てゆーか危機管理能力低すぎない?私が襲ってたらどうするつもりだったの?
そんなことしないけど、してたら…

でもって普通に学校に向かった、家の鍵を私に預けて…だから危機管理能力どーなってんの。逆に怖いんだけど。

「……。」

で、問題は私。
どうすればいいか…
まずは未来に戻れる方法を探さなきゃだよね?
こんなの誰に聞いても答えなんかなさそうだし、図書館に行ってもしょうがなさそうだし、まずは学校…かな?
せめて手掛かりになるものを…それって思い付くのは1つだけで。

「この階段?ぐらいしかない…」

屋上へと続く階段、ここを下りている時に足を滑らせて落ちたと思ってたら気付けば過去(ここ)にいた。
それってどんなシステム?って思うけど、これしか手掛かりがないだよね。階段を下りるのを失敗しただけでこんなことになるのかって、信じられない話だけど。
10年後の階段と見たところそんな変わりはない、汚れとかなくてキレイってだけでそこまでおかしなところはなくて。ただ、唯一違うところといえば…

「あ、鍵がかかってる」

階段を上ったところにある屋上へ行けるドアは鍵がかかっていて開かなかった。てかあれは壊れてたんだよね、だから立ち入り禁止って張り紙をしてただけで。
この頃はまだ壊れてないんだ、それがこの10年の変化…って何か関係あるのかな?あんまりなさそうだけど。
くるっと振り返って階段の方を見る、10段以上ある階段は上から見るとそれなりに高い。のぞき込んでみてちょっと足がすくんじゃうぐらい。

「……。」

ここから落ちたら、元の世界に戻れるのかな?
もう一度ここから落ちたら…いやいやいや、それは怖い。
あれは事故だったからイケたけど、見ちゃったら怖くて飛び込めない。不注意で落ちるのと自ら落ちるのでは全然…あと門倉先生(17)の家に布団なんてものはなくて、雑魚寝だったからすでに体が痛いし。
せめて夏でよかった、冬だったら凍死してた。エアコンだけは備え付けっぽくて助かったもん。

あーっと頭を抱える、これは一か八か飛び降りるのかどうなのか。
でも飛び降りたとこで戻れるかなんて保証はないし、ただ怪我して終わるだけのことになったら…さらに困難な展開になりかねない。
うーん、マジでこれは…
カタッと物音が聞こえた、誰かが階段を上ってくる足音がする。
あ、やばい。見付かったらやばい。私はここの生徒だけど、過去(ここ)ではここの生徒じゃない。
でも足音は近付いてくる、誰か屋上に向かって歩いてくる。人影が見え始め…

「あ、門倉く…っ!」

なんだ門倉先生(17)じゃん、てかもう門倉くんもめんどくさいよね。こっちでは同い年なんだし、呼び捨てでいいよね。

「門倉何してるの?こんなとこで…」

なんて問いかけも相変わらずの無視でスタスタと階段を上がったかと思えば、スッと私の横を通り過ぎてドアノブに手をかけた。
ズボンのポケットから取り出した鍵でガチャッと…え、待って鍵?

「それどうしたの?なんで持ってるの!?」
「……。」

とっことん無視かよっこっちの門倉、違う意味でむかつくかも。私のことなんか本当1ミリも見てないし。
鍵を使って開けたドアから外へ出て行くから、あとをついて同じようにこっそり屋上へ出た。
鍵がかかっていたということは張り紙なんかしてなくても立ち入り禁止に決まってる、これは怒られ案件だと思うけど怒られるのは門倉だから別にいいや。
にしてもここはあんまり変わってないかも、床だってそれなりにキレイにされてるし汚れも少ない。あっちの屋上もそんなに汚くはなかったしね、掃除してたし、されてたから。
…でもフェンスは、ボロい。ボロボロのサビサビでちょっとでももたれたら危なそうな雰囲気ある。そら鍵かけるわなって言うぐらい。てことはこの10年のどこかでで付け替えたんだ、このフェンスは。

「……。」
「…。」
「…。」
「……。」

門倉がじーっとフェンスを眺めてる、静かに息をしながら。
そーいえば私もよくここのフェンスを眺めてた。
このフェンスを登って向こう側へ行けたとしたら…めんどくさくてそんなことを考えるのもやめてしまうんだけど。そもそも登るのもめんどくさいし。
でも門倉はどうなのかな?今何を思って…

「お前帰る家ねぇの?」
「え?」
「帰りたくないんだろ?」

ずっと喋らなかった門倉が口を開いた。私の方を見て、やっぱり光のない瞳だった。

「帰りたくないって言うか…」

帰れない、が正解なんだけど。帰りたくても帰れない…が答えで。

「あの家やるよ」

そう言っておもむろにフェンスを掴んだ。
ぎゅっと握って足をかける、ひょいっと上に登ろうとしてー…

「ちょっと待って!何する気!?」

思わず門倉の制服の裾を掴んだ。
こんなボロボロなフェンス掴んだけで危ないのに登るとかありえない。

「何してんの!?フェンス登ってどうするの!?」

屋上は跳ね返るものがない、だから叫べば叫ぶほどクリアに通っちゃって仕方がない。
なのにフェンスにまたがった門倉は私の顔を見てきょとんとしてるから…は?何、何考えてるの…?

「俺いなくなったらあの部屋空くけど」
「そんなわけないでしょ!あんたバカなの!?」

腕を掴んでぐいっと引っ張った。めいっぱい力を入れて、こっち側に引き寄せる。
受け止めるなんか出来なくて、ドサッと落ちて来た門倉に潰されかけたけど。

「何やってんの!そんなことして何する気!?」

あわてて起き上がって門倉の方を見た、だけど全く起きる気配のない門倉はぼぉーっと空を見てまるで何事もなかったかのようにふぅーっと息を吐いた。

「聞いてる!?ここから飛び降りたらあんた…っ」

飛び降りたら?
ふと思い出した。門倉先生のことを。
今ここから飛び降りようとしたよね?屋上から飛び降り…それってまさかそうゆうこと?

今の門倉には記憶がある、記憶がなくなった事故の原因ってもしや…これが原因―…!?

ありえる、全然ありえる。
17歳以前の記憶がないってことはこの先、もう少ししたら何かが起こるってことだ。今の行動を見ればそうとしか思えない。

じゃあ門倉は自ら飛び降りー…!?

「そんなことしたらダメだから!」

止めなきゃ、絶対止めなきゃ。
門倉先生の記憶を消さないためにー…

「なんで?」
「な、なんでって…」

ぼけーっと仰向けに寝転がったまま、だらんとしてやる気もなさそうで。
なんでこっちの門倉はそんなんなの?
生きてても全然楽しそうじゃない。
門倉先生を少しでも見習いなよ、意味もなく楽しそうだよ。

門倉は楽しくないの?

「悲しむから!…よくない、と思う」
「誰が?」
「誰…お父さんとかお母さん?」

1番初めに出て来るのはそうかなって、何気なく言っただけだったのに。

「いねぇよ」

ぼそっと、吐き捨てるように聞こえたから。

「誰もいない」

いないって、それってどうゆう?
お父さんとお母さんがいない理由は…

「死んだ」

ひゅーっと強い風が吹いた。髪の毛が揺れる、でも門倉は瞬きさえしてなかった。
咄嗟に止めなきゃって思ったの。きっと誰でもそんな風に考えると思う、目の前で誰かが飛び降りようとしたら。
それが門倉先生の記憶を奪ったことを思う前に、体が先に動いた。でも…

「悲しむ奴なんかいない」

そんなこと言われたら、少しだけ胸が痛い。
そんな思いで門倉先生は、17歳の記憶を失ったの?記憶を失いたかったの?

「…だからいーんだよ」

いいの?本当にそれで…

「いなくなっても」

そんなの、嫌だよ。

「じゃあ私!」
「はぁ?」
「私が悲しむ!」

これも咄嗟に言い放ったことだった。

「…で、どうですか?」

門倉先生のことは苦手だったし、出来ることなら関わりたくないって思ってた。
でもそれは未来の門倉先生で、過去の門倉じゃない。
高校生の門倉は、どこか私と似ている気がしたの。
まぁむかつくんだけど、無視ばっかされてむかつくんだけど。
でも、見たくないって思っちゃったの。
見たくなんかないよ、すべてを投げ出して飛び降りようとする門倉先生なんか。

「お前に関係なくね?」

でもさすがにめちゃくちゃだよね、じゃあ私が悲しむってね。じゃあってなんだよみたいなね。

「あ、…あるよ!」
「ないだろ」
「だって昨日泊めてくれたし、それってもう友達かなって!?」

何を言ってるんだ自分、キャラじゃなさ過ぎる。無理やり理由を作らなきゃって思ったら、とんでもなく陽キャな発言しちゃった。
ほら、起き上がった門倉もなんだコイツって顔してる、やばい、これはなんか言わなきゃ。
それっぽいことなんか言って誤魔化さないと…っ

「ねぇガリガリ君食べない!?」

他に言うことなかったのか、って言われればなかった。今の門倉を止められるような言葉、私は持ってない。そもそも門倉先生にだってそんな言葉言えない。 屋上で門倉といたから必然的にガリガリ君が思い出されちゃっただけで。

「ソーダでいい?やっぱガリガリ君はソーダだから!」

無駄に声を出して勢いでいこう、ここは。

「…ガリガリ君?ってなんだよ」
「え、知らないの!?」

学校を抜け出して近く…のコンビニはまだないから、門倉の家の近所のコンビニへ。
500円あるから買える、未来よりも安いしガリガリ君なら買える。だから昨日のお礼ついでに門倉に奢ってあげた。門倉の家をちょっと通り過ぎた河川敷で座って食べることにして。
たぶんここも7月、屋上にいた時から思ってたけどあっちの世界より全然涼しい気がする。それだけでちょっと居心地がいい。

「あたりが出たら教えてよね」
「あたり…?」
「ガリガリ君にはあたりがあるの!」
「…?」
「うん、まぁいいいよ食べて」

まじまじとアイスを見てる。本当に知らないんだ、こんなに有名なアイスなのに。
記憶を失って知らないならわかるけど、記憶を失ってから覚えたってこと?
ゆっくり門倉がアイスをパクッとかじった。聞こえるか聞こえないかの声で呟いて。

「うまい」

なんだかすごいホッとしちゃったし、門倉がガリガリ君食べただけなのに。

「…そりゃよかった」

ビリっと袋を開けて私もアイスを取り出した。うん、ガリガリ君は変わってない。安心する味してる。

「初めて食った…」
「……。」

そんなしんみり言われると、そこまでおいしいものでもないし。いや、おいしいけどそんなあれじゃないっていうか…
本当こっちの門倉扱いにくくない?いーけどさ、おいしかったなら。

「お前名前は?」
「え、今更!?」
「知らん奴だから」
「…。」

だからそんな奴よく家に泊めたよね?もっと危機管理能力持ったら?私じゃなかったらどうかなってたかもしれないっての。
でもまぁ、そんな奴の家に泊まる私も私で。
案外居心地は悪くないのかもしれない、こっちの門倉の隣は。

「高須天鞠」
「…寿司か」
「漢字が違うから!!」

で、聞いといてその態度かよやっぱり記憶あってもなくてもこいつはむかつく。
ちょっといい感じかと思えばこれだからね、それは門倉先生と同じだ。記憶を失っても失ってなくても変わらないんだ。
残りのガリガリ君をパクッとかじろうと、口を開け…

「天鞠」

たはずなのに、食べられなかった。
本当にこいつは…っ
なんで?なんで急に?なんでそこで笑うのよ?
全然わからないんだけど…かすかに微笑んだ門倉にどうして私が顔を赤くしなきゃいけないの。

「勝手に呼び捨てするな!」
「名前呼ぶのに許可がいるのか?」

い…らないけど、いる。なんか、いるの。
だって調子狂うじゃん、急にそんなこと言われたら。

「あ」

最後のひとくちを食べ終えた門倉が私に見せた。

「あたりって書いてある」
「嘘!?すごっ」
「これ何?」
「もう1本もらえるんだよ!」