ノートをとじたら、キミに会える夢を見て。

あぁめんどくさい。
どうしてこうも生きるのって大変なんだろう。

高須天毬(たかすてまり)、花も恥じらう高校2年生。
なんて、ちょっと言ってみたかったりして。

7月に入った日本は暑くてしょうがない。何もしなくても熱中症になりそうなくらい。でもそんなことを考えるのもめんどくさい。
だからただぼぉーっと眺めてるだけ、屋上から下に続く景色を。

例えばこのフェンス、ここを登って向こう側へ行けたとしたら?
…でも登るのもめんどくさいな。

何をしようにも答えはそれしかなくて。
まだ日が暮れそうにない夕方5時を過ぎたところ、部活もない私は時間を持て余していた。

「…そろそろ帰るか」

この時間に帰っても家に着く頃もまだ日は暮れないけどね。
ふぅっと息を吐いて、その辺に転がるように置いてあったスクールバッグを肩にかけて校舎の中へ続くドアの方へ向かう。
背中まで伸びた真っ直ぐな髪は太陽の光を吸収して熱を持ってる、疎ましく思いながら髪をかき上げてドアノブに手をかけようと手を伸ばしたー…

「あっ!」

そしたら私が開ける前にドアが開いた。そんでもってひょこっとやって来た男は目が合うなりニカッと笑った、嫌な予感しかしない。

「高須!何してんの?こんなとこで」
「…門倉(かどくら)先生」

門倉実咲(かどくらみさき)、今年からうちの学校に来たうざいくらい元気な先生。
そこそこ若くて、人当たりがいいから生徒からは人気がある…わけだけど、私にはちっとも響いてない。
ぱぁーっと目を見開いて見てるのがもううざい、口角をくいっと上げた大きな口が激しくもうざい。しまったもっと早く帰るんだった。

「何もしてないです、さようなら」

スッと視線を逸らして、素知らぬ顔で横を通り過ぎる。いくら副担の先生とは言え、別に言うことないしさっさと帰りたいし。
いつもより速足で歩き出した、早くここから逃げるみたいに。

「あーっ、ちょっと待ってちょっと待って!」

だけどがしっと腕を掴まれて呼び止められてしまった。前を向いた私の顔を覗き込んで、またニカッと笑って。

「ここ立ち入り禁止だよね?」

やばい、この上なくうざい。

「張り紙してあったよね!?」

だから一刻も早く帰りたかったのに。よりによって1番めんどくさい奴に捕まった気がする。

「申し訳ありません、以後気を付けます」

ぺこりと謝罪する気のない謝罪をして、一応形式的には謝っておいて。
よし、今度こそ帰ろう。だって鍵付けっぱなのが悪いんだもん、鍵がドアノブに刺さってたんだもん。それでちょっと開けてみただけだし、見付けちゃったから開けちゃっただけだし。
もう二度とここには来ないー…

「だーめ、罰として屋上の掃除!」
「はぁ!?」
「手伝うこと!」
「はぁ~っ!?」

さらにぐいっと腕を引っ張られ屋上に戻される。
何言ってるかわからないんだけど、なんで私がそんなことしなきゃいけないの?なんなら非があるのは私じゃなくてそっち側じゃない?
どうして私が…っ

「今から屋上の掃除するんだ~!高須も手伝ってよ」
「嫌ですよ!めんど…っ」
「え、今めんどくさいって言おうとした?」
「おっ、屋上は生徒立ち入りですよね!?」

って貼り紙を見ながらここにいる私が言うことじゃないが、今ばかりはこれを理由に掃除を断りたい。

「でも先生の俺の許可があれば入れるよ」

これも先生が言うことじゃない、正論言ってる風だけどそれって脅しじゃん。

「屋上ってなんかワクワクしない?」

太陽の光が眩しくて目を細める、きゅっと上げた口角が物語ってる。
私にはわからないけど、ワクワクなんて微塵もしてないけど。
何がそんなに楽しいの?

「高須にはデッキブラシを貸してやろう」
「別にいらないんですけど」
「あ、ちゃんと髪縛ってね危ないから」
「だから私やるなんて…っ」

言ってないのに、そう言おうとしたら笑って返された。いや、全然笑うとこじゃない。
だからやるなんて言ってないのにデッキブラシ押し付けて来るし、自分は高圧洗浄機なんていいもの持って来てるし、とにもかくにもめんどくさくてしょーがないんだけど。

「あれ、やってくれるんだ?帰るかと思った!」
「…暇なんで」
「助かるわ~!ありがとう高須あとでご褒美をやろう!!」
「…。」

腕に着けたゴムを取って髪を結ぶ、とりあえずテキトーにポニーテールにしといた。
ジャージに着替えるのはめんどうだから制服のままだけど、てゆーかそんな真剣にするつもりないし。ささっと掃除するフリして、時間見計らって帰ろうかな。やりましたよって既成事実だけ作って。
門倉先生が水を撒くから、一応デッキブラシをごしごし動かしてみた。
…だ、ダメだ。もう飽きそう、もう飽きて来た。やっぱ帰りたい。

「ちゃんと掃除しないと排水溝が詰まって雨漏りするんだからな~、しっかり磨いてくれよ高須!」

いや、知らんけど。
屋上は照り返しが強い、汗がじわじわどころかたらたら流れて来る。
やっぱ制服でやるもんじゃない、制服が汗臭くなっちゃうかもしれない。でも今更着替えるのもめんどう…

「高須、楽しい?」
「全然楽しくないですけど」

どう考えても、しかめっ面の私を見てよくそんなことが言えたなと。

「あ、違う違う!」

ホースの水を止めた門倉先生が私の方を見た、わざわざ。

「最近、楽しい?」

……は?それは手を止めてまで言うことだったの?よくわからないんだけど。

「言ってる意味がわかりません」
「意味はわかるだろ、楽しいか楽しくないか!Yes or Noだよ!」

いや、だからその質問の意味がわかりません。なんでそんなことを聞くのか…わかってるけど、ちょっとくらいは。でもそんなの言いたくない。
つい、下を向いてしまった。
このまま帰ってやろうかな、私が掃除する義理なんてないよね?

「高須、新しいお父さんどんな人だった?」

…と思ったのに、この言葉に顔を上げてしまった。無性にイラッとして、なんだそのデリカシーのない問いかけは。

「新しいお父さんと何か喋った?どんな感じだった?いい人そ??」
「……。」

マジでむかつく、人のプライベートにずかずか踏み込んできて。
確かにうちの母親は再婚したけど…今それ聞く?しかもその言い方何?

「なんで先生にそんなこと言わなきゃいけないんですか!」

語尾に力が入る、本当うざいんだもん。
なんでそんなこと門倉先生に言わなきゃ…っ

「先生だからだよ」

ふふって笑った。少し茶色の髪が風に揺れて、白い肌が太陽の光には似つかわしくない。

「俺は高須の先生なの」

ねって、微笑みかける。
マジでなんなの、この人。ただの副担じゃん、担任でもないじゃん。

「で、どうなの?どんな感じ??」
「……。」
「お父さんってどんな人か知りたいじゃん!」

あ、もう無理だ。帰ろう。

「もう帰ります」

無になった心で手を離したらカランッと音を立ててデッキブラシが転がっていった。

「あーっ、待って待って!それは困る!1人で掃除すんの寂しいじゃん!」

すぐに駆け寄って来た門倉先生が転がったデッキブラシを手に取ってもう一度私の手に持たせた。
寂しいってなんだ、これ先生が1人でやる仕事じゃなかったわけ?

「ほら、掃除だってさ2人でやったら楽しくない?」
「ちっとも楽しくないんですけど」

しかも門倉先生と、って全然楽しくない。なんなら学校で1番関わりたくない相手だし。

「それはもったいないな~!」

ずっと笑ってるし。1人でずっと笑ってる、こーゆうとこが関わりたくないんだってば。

「高校の屋上の掃除なんてこの先ないよ?レアだよ」
「……。」

てかこれあんたの仕事だろ。あんたの仕事、私に押し付けてるだけじゃん。それを何レアリティ出してやらせようとしてんの。

「高校生ってさ、何でも出来るお年頃なんだよ」

また笑って、太陽の光がいい感じに当たって眩しくて。いかにも先生みたいなこと言ってくる。

「…なんにも出来ませんけど」
「出来るよ」
「未成年だし、何でも親の許可いるし、バイトだって1人暮らしだって自分だけじゃ出来ませんけど」

高校生は子供だから、そう言われて。
そんなことないのにもう大人なのに、どうして出来ないみたいに言われるの?早く自由になりたい、そんなことばっか考える。

「でも屋上の掃除は出来る!」
「なめてんですか?」

何を言ってもイラつかせてくるんだけど…やっぱ屋上の掃除なんて引き受けるんじゃなかった。家に帰るよりマシだと思ったのに、どっちも変わらなかった。

「高須!」

こんな奴と一緒にいるよりはよかったかもしれない。

「何でも出来る高校生なんだからもっと楽しめ!」

こんなめちゃくちゃなことを言ってくる教師よりは。ただめんどくさいだけの屋上の掃除を押し付けて来る教師よりは。

「俺も超楽しんでる!」
「…先生今いくつでしたっけ?」
「27!でも気持ちは17歳!」

ニカッと大きな口を開けて笑う、何がそんなに楽しいのかわかんない。
てかずっと笑ってるんだけど。よく笑えるよ、そんなんで。

「だって俺17歳の記憶ないもん」

なんで笑ってるの?全然笑うとこじゃないでしょ?
もっと悲しみなよ、そんなご機嫌に言うことじゃないでしょ。だけど…

「きっと先生が17歳の時もそんなんだったと思いますよ」

事故に遭おうが遭わまいが、そうだったんじゃないの?
だからちょっと嫌味っぽく返してしまった。
だって私は門倉先生が苦手だから。
バカみたいに笑って、楽しくもないのに笑って…どーせへらへらしてて事故に遭ったんじゃないの?
想像出来るよ、そんな姿が。


****


「ありがとう高須!高須が手伝ってくれたから早く終わったよ!」
「……。」

結局、帰るタイミングがなくて最後まで手伝ってしまった。まぁいいけど、どうせすることもなかったんだし。
濡れたデッキブラシを立てかけて、今度こそ帰ろうかとスクールバッグを…

「あ、待って!ご褒美、約束したじゃん?」

“ありがとう高須あとでご褒美をやろう!!”
いや、それは門倉先生が勝手に取り付けた約束で私はした覚えない。だけど意気揚々と校舎の中に入って階段を下りて行ったから、屋上に取り残されてしまって…さすがにここで帰るのはあれだよね、明日何言われるかわかんないし絶対うるさいし。しょうがない、待つか。
はぁっと息を吐いて、気は乗らないけど一応待ってみることにした。
フェンスの上に腕を投げ出すように置いて空を見れば、ちょっとずつ日が暮れていく様子が見える。この時期は日が暮れるのが遅いから…

「高須!」

あ、思ったより早く帰って来た。はぁはぁと息を切らして、たぶん私が帰るんじゃないかと思って急いで戻って来たっぽい。
で、ご褒美って何?別にそんなに期待なんかしてないけど。

「はい、ガリガリ君!」
「……。」

うん、おいしいけどね。おいしいからね、好きだけどガリガリ君。
そんな満面の笑みで渡されると思ってなくて。

「食おーぜ!」

子供みたいに笑うんだもん、門倉先生は。
あ、子供なのか。17歳までの記憶ないんだもんね、子供の頃の記憶がないってことだもん。
ビリビリっと勢いよく袋を開けてパクッとかぶりつく。私の隣で、フェンスを背もたれにして。

「……。」

暑いもんね、結構動いたし今アイスを欲してるのは確か。
だからくれたんだから、まぁここは食べてあげないでもないけど…と袋を開けてアイスを取り出した。
水色のつやつやのボディーがキレイで、それを見たらパクッと思いっきりかぶりつきたくなる。だって普通においしいし、なんならいつもよりおいしい。掃除して汗かいたからこの冷たさが身に染みる。

「あ、高須!ここで食べたのは秘密ね、さすがに立ち入り禁止の屋上でアイスはまずい」
「明日絶対言います」
「高須!俺をクビにしたいのか…!?」

…本当によく表情が変わる。さっきまであんな笑ってたのに今度はわっと目を見開いてえーっと言わんばかりの顔してる。
コロコロ変わる表情は、私と大違いで。
大きな口でアイスを食べるとか、とてもじゃないけど先生には見えないし。

「先生って言ったくせにこんなことするんですね、“先生”がいいんですかこんなことして」
「んー、先生だからじゃん?」

あっという間にに食べ終わった門倉先生はもうアイスの棒を空の袋に入れてた。

「俺は高須に正しいことを教えたいわけじゃないから」

あんなに子供っぽく笑ってたのに急に大人っぽい表情を見せて。

「高須が学校で笑っててくれたらいいなって、それだけだよ」

こんなこと、真面目な顔して言う先生は他にいない。先生だったらもっと他に言うことあるんじゃないのっって。

「…アイスで笑うと思ってるんですか?」
「ハーゲンダッツだったら笑った?」

だけど、悪くなかった。今の門倉先生は。

「ごめん、俺の給料じゃこれが限界!」

ちょっと笑ってしまったから。

「なんですかそれ」

自然と息が漏れて、ふふって声が出た。
本当くだらない、もうずーっとくだらなくて…笑っちゃった。
久しぶりかも、笑ったのは。学校でも家でも笑うことを忘れてたから。

「よーし、帰るか!」

食べ終わったゴミをスッと私の手から取って、自分のゴミと一緒にまとめた門倉先生がドアの方へ歩き出した。
陽が沈み始めて少しづつ暗くなり始める。そろそろ帰る、…か。

「明日も元気に学校来いよ!」
「……。」
「元気じゃなくても来い!」
「来ますよ、学校は」

門倉先生がドアを開けてくれたから先に中に入る。スクールバッグをかけ直して、階段を下りようと一歩踏み出した。

「学校ってさ、めんどくさいかもしれないけど行っといて損はないと思うぞ」
「…記憶ないんですよね?」
「ない!」
「何を根拠に言ってるんですか?」

なんか最後いい感じに終わるかと思ったけど、やっぱりよくわからなかった。
マジでこの人なんなんだろ。一瞬雰囲気に流されそうになったけど実はテキトーに言ってるだけなんじゃないの?先生ぽいことテキトーにさ。

「だって俺、毎日学校来てるもん」

なんでそこで笑うかな?嬉しそうに笑って…

「それは仕事ですよね?給料もらってるじゃないですか」
「やりがいあるぞ、高須もどうだ?」
「なりません!」

めんどくさい、やっぱり。
こんな先生と関わるのは今日が最初で最後、もう屋上なんか絶対行かないし掃除だってしないんだから。私は学校なんて好きじゃないし。

「学校なんて大人になっても来たくないんで…!」

つい力が入る、別に家だって好きじゃないけど学校だって好きで来てるわけじゃなくて仕方なく…

「!?」

って、入り込み過ぎた気持ちのまま振り返ってしまった。
思わず門倉先生の方を見ちゃったから、力み過ぎた足が上手く支えきれなくて階段の上ズルッと足を踏み外しっ

「高須!!!」

咄嗟に門倉先生が手を伸ばして私の腕を掴んだ。
グッと引っ張ってくれたけど、支えられる踏み場のない階段ではそれも空しくそのまま門倉先生を私の方が引っ張ることになって。

やばい、どうしよ…
このままだと先生まで一緒に落ちてー…っ!?