六道さんで逢いましょう

「ほんで、ちゃんと鐘つけたんかいな」

 多分以前に祖母から、鐘の音が小さかったと言って泣いていた話を聞いたことがあるのかも知れない。
 帰宅するなり、そう聞いてきた父親に菜穂子は苦笑いを見せた。

「まあ、さすがにこの年齢(とし)になったら、あの頃よりもうちょっと音は出たよ」
「そうか」
「そやけど、お参りの順番間違(まちご)うたわ」

 鐘をつくよりも先に水塔婆を納めてしまったと正直に暴露した菜穂子に、案の定父は「まあ、ええんと違うか」と笑った。

「要はお参りして、鐘ついて来た――言うことで」

 要は気持ち。
 それは菜穂子が小さかった頃から、祖父母も両親も、何ならお上人(しょうにん)さんも何度も口にしている。

「ええんかな」
「ええやろ」

 そこに、お風呂の準備をして奥から出てきた母も「そうやな」と、相槌をうった。

「あかんかっても、帰って来はったご先祖さんに『あほか』言うて笑われるか、おじいちゃんに『仕方がないヤツだな(しゃぁないやっちゃな)』言われるか、どっちかやわ」
「う……」

 まさに境内で菜穂子が思っていたことを言い当てられて、思わず口ごもってしまう。

「まあ、深町家(ウチ)としては十三日にお上人(しょうにん)さんに来て貰っ(もろ)て、お仏壇の前できちんとお盆供養して貰うんやさかいに、必要以上に気にせんでも、どうもないわ」
「せや。そもそも、水塔婆かて毎年納めてるわけでもないんやしな」

 父も隣で頷いている。

「……そっか」
「鐘が鳴らへんかった言うて泣いたり、お参りの順番間違(まちご)うた言うたり、まあまず『仕方がないヤツだな(しゃぁないやっちゃな)』とは言われるやろけどな」

 ……うん、言われそうだ。

「もう、お風呂入って早よ寝よし。どうせ東京(むこう)にいる間は夜更かしばっかりしてるんやろ。もうちょっと健康的な生活した方がええわ」

 母にそう言われたところで、話も潮時かと思ったから、菜穂子は若宮八幡宮の鏡の話はしなかったのだ。
 決して馬鹿にされそうだと思ったからじゃない。多分。

 両親の思う夜更かしと、菜穂子の思う夜更かしとには何時間もの時間差があるとは思ったものの、ここは実家。
 そんなこんなで、菜穂子は戻って早々に布団をかぶることになったのだった。

◇◆◇◆◇

 あの世とこの世をつなぐ場所、と言われているところは実は一ヶ所ではない。青森の恐山、出雲の黄泉比良坂(よもつひらさか)などなど京の都以外にも複数の場所が存在している。

 京都だけをとってみても、平安京の外側、一条戻橋(もどりばし)や鞍馬といった場所でそれぞれの言い伝えを持っていた。
 六道珍皇寺の「冥土通いの井戸」「黄泉がえりの井戸」も、あくまで複数ある「この世とあの世をつなぐ」場所の一つなのだろうと思う。

 普段はそんなことを考えて眠るわけでもないのに、結果的にそうなっているのは、ついさっきまで「六道まいり」に行っていたせいだろう。おかしな夢を見ないといいなと思いながら、うつらうつらと睡魔に身を委ねる。

『――まあこの時期に会うとしたら、ほぼご先祖さんやと思いますけどね』

(⁉)

 だから、まさかそんな思いもしない声が()()()()聞こえてくるとは、菜穂子は思いもしなかったのだ。

『よかった。高辻先生のお孫さんに、ちゃんと会えた』

 あれ。
 おかしい。自分は目を閉じて眠ったはず――

『ああ、大丈夫ですよ。上手く()()離脱出来てますし』
『はあっ⁉』

 想像もしなかった言葉が聞こえてきて、菜穂子は思わずバチっと目を開いてしまった。

『どうも』
『どうも……って……』

 布団にもぐりこんで寝ていたはずなのに、いつの間にか起き上がっている自分がいる。
 ふと見ればパジャマでもない、昼間の服装。
 何が起きた⁉

 それより何より、この目の前に立っている青年は――

『いやぁ……若宮八幡宮(わかみやさん)のあの鏡、姿が映るとは思いませんでしたねぇ』
『やっぱりー!』

 うっかり叫んでしまい、慌てて周囲をキョロキョロ見渡せば、足元どころか周りが実家の部屋じゃないことにも気が付いてしまった。

『ここ、どこ……』
『そうですね、現世(そちら)の皆さまに分かりやすく言うなら、三途の川を渡る河岸の近くにある待合室……でしょうか?』
『…………はい?』

 理解の追い付かない菜穂子に、目の前の羽織に着流し姿の青年が、こてんと首を傾げている。

『ですから――』
『いやいやいや、ちょっと待って下さい!』

 多分二十代後半くらいに見えるこの青年、贔屓目にみても()()()()イケメンだ。
 こてん、と首を傾げたのは半分本気、半分は己の容姿を理解しての、わざととも言える仕種だ。

『三途の川って⁉ 私、布団に入ってそのまま死んでしまった、とかですか⁉』

 相手の口調が下手、かつ面識のない年上男性と言うこともあって、菜緒子も口調が乱暴にならないよう注意をしながら叫ぶ。

 イントネーションのところどころは関西圏のそれだが、丁寧語なために青年の口調はお店で聞くような、標準語とのハイブリッドと言った方が正しい。
 そして菜穂子としても現在東京在住であることや、もともと相手の発音につられやすいところもあって、父母と話をしているよりは、京都弁が抑えられる格好になっていた。

 それはさておき。
 いくら東京で夜更かしの日々を送っていたからといって、うら若き大学生が布団に入ってそのまま二度と起きなかったなんてことがあっていいのか。
 大パニックの菜穂子を『まあまあ』と、相変わらずのんびりとした口調で青年は宥めた。

『まだ三途の川は渡ってませんから、大丈夫ですよ。(たかむら)様の許可を貰って、ちょっとここまでお招きしただけなんで』

 ちょっと? ここまで?

『僕もね、篁様が「精霊迎えの法」の法義を確立した人だって言うのを、今回のことでやっと実感したんですよ。かつてあの世とこの世を行き来してたって言う話も、(ガセ)じゃなかったのか、と』
『たかむらさま……』
『あ、六道まいりしてたんでしたら、名前くらいは見かけたでしょう? 小野篁(おののたかむら)様。かつての閻魔の庁のお役人。現世の生を全うしてからは、閻魔王の筆頭補佐官になられて、なんと今では代替わりされての閻魔王様!』
『…………はい?』
『あ、今、お孫さんの頭の中は「コイツ、頭大丈夫か」ってなってますね』

 クスリと笑う青年に「ならいでか」と、菜穂子は思う。

『まあ、普段でしたら確かにこんなことは起きないんですよ。ただ、時期が時期なのと、閻魔の庁でも緊急に困ったことが起きていたもので。苦肉の策としての、今です』
『時期……困ったこと……』
『だってほら、安井の金毘羅さん行かはったでしょう? ここだけの話、あそこの念は強弱あれど真面目に閻魔の庁まで届くんですよ。法雲寺さんの菊野大明神もたいがいですけど、まあ似たり寄ったりですね。いや、よっぽど切りたい縁があったんですねぇ』

 安井の金毘羅さん、と聞いた菜穂子の顔がカッと赤くなる。
 何、それ。
 よほど自分が金毘羅さんに何かの呪いをかけたみたいじゃないか。
 むしろ隣にいた女の人の方が延々と祈っていたのに。

『喪中の人間の念は特に届きやすいですし、更にお盆の時期ですから。時期が時期、言うのはそういうことです』
『いや、でもあれは私より隣にいた人の方が……』

 せめて言い訳しようと顔をあげた菜穂子だが、ふと青年がさっき「お孫さん」とこちらに話しかけてきたことが気になった。

『あの……そもそも、どちらさんですかと、お聞きしても? 祖母か祖父のお知り合いだったりします?』

 初対面の人間に向かって「どちらさん」は失礼だろうかと思ったものの、意外にも青年は激昂することはなかった。むしろ、面白そうに口元を緩めたのだ。

『どちらさん、はいいですねぇ……やっぱり、高辻先生の血を引いてはるのかな』
『!』

 高辻先生。
 その一言が、答えだった。

『ええ。ご想像の通り。僕は高辻先生――貴女のお祖母様の教え子でした。お孫さんである貴女に、困っているお祖母様を助けて頂けないかと思って、こんな場を設けさせて貰いました』
『…………ええっと』

 あまりに夢にしては強烈すぎる。
 菜穂子は、どう反応していいか分からずに絶句して立ち尽くしてしまった。

◇◆◇◆◇

 高辻先生(おばあちゃん)の教え子。
 八瀬(やせ)(あきら)――と、青年は名乗った。

『死者が、そうホイホイあの世とこの世を行ったり来たり出来ても困りますでしょう。生きてる間にロクなことをしていない(もの)まで、お盆や言うて帰らせるのもおかしい話ですし』
『た、確かに?』
『だから六道まいり言うても実際には、死後裁判でそのうちの三道、修羅道・人道・天道に行った魂だけが、お盆の精霊迎えで子孫の家に帰ることを許されてるんですよ。五山送り火までの期間限定で』
『な、なるほど』
『ただ、その括りから外れる(モン)も中にはいて……十王とその筆頭補佐官は、閻魔王様の許可があれば、お盆時期に限らずあの世とこの世を行き来出来るんです。今回は結果的に精霊迎えの初日になりましたけど、一応、許可を取って僕はウロウロしてたわけです』
『ええと……じゃあ八瀬さんは、どなたかの筆頭補佐官だと……』

 脳が理解を拒否しているとは言え、話を聞いている限りはそう言う結論にしか辿りつかない。
 そして「よくぞ聞いてくれました!」と、目の前の青年は笑った。
 いや、青年かどうかも分からないので、ここは「八瀬さん」が無難なのかも知れない。

『冥界の王、地獄の王。人間の死後に善悪を裁く者として、十王の中でも中心的な立ち場に立つ王。そんな閻魔王様の今の筆頭補佐官が僕、八瀬彰なんですよ!』

 何でも先代の閻魔王がそろそろ輪廻の輪に入りたいと言い出して、協議の末に当時補佐官だった小野篁卿が閻魔王に昇格し、空席になった筆頭補佐官に彼が抜擢されたということらしい。

 ……夢ならそろそろ醒めてくれないだろうか。

 一瞬「閻魔王様LOVE」と書かれたハチマキを巻いて、ドヤ顔でふんぞり返っている姿が目に浮かんでしまった。
 あるいは、ぶんぶんと尻尾を振るワンコ系従者か。

 とりあえず、この「八瀬さん」の視界に入らなそうなところを自分で思い切りつねってみたものの状況が変わらないため、どうやら諦めて質問を続けるしかないようだった。

『ええっと……十王言うことは、閻魔様以外にあと九人王様がいると……?』
『そうなんですよ。仏教関係者以外に事細かに説明をしたところで覚えられへんのは自明の理なんで、僕が地上でとある博物館の関係者の人から聞いた、上手い説明を引用させてもらうとですね――』

 浄土か地獄か。死者は十人の王が裁判官となる十の法廷で、順に裁かれて行くらしい。
 最初の七日、二度目の七日、三度目の七日……と、四十九日までは七日ごとに一人ずつ王を訪ねて生前の行いを調べられるそうだ。その後は百箇日、一周忌、三回忌で十人の王の裁きは終了すると言う。

『この中で、五度目の七日に相対するのが閻魔王様。現代で言うところの地裁が考え方としては近いみたいですね。それから六、七と高裁・最高裁に相当する部署の王と会って、それでも納得いかなければ八から九と再審請求の部署へ訴え出て、最後の十王のところで結審、と』
『裁判所……』
『言い得て妙な説明や、思いますけどね。閻魔王様の時点で判決の草案は出来上がってますから』

 早々に有罪となった場合や判決が妥当だと本人が受け入れた場合には、閻魔王以降の王には会わないまま、刑罰が確定することもあるという。

『で、普通の死者なら一番目の王にお会いして、そうして賽の河原に到着して彼岸に渡るわけなんですけど、今回は非常事態につき、一番目の王にお会いせずに、かつて(たかむら)様がお通りになられた冥土通いの井戸ルートを、いわゆる近道(ショートカット)で通って貰いました』
『井戸……』
『さすがに賽の河原は渡らせられませんけど。まあ、お盆(いま)だから出来たことと言えるかも知れません』

 ニコニコと八瀬さんは笑っているが、菜穂子は未だ事態を半分も呑み込めていない。
 しかもさらに追い打ちをかけてきたのだ。

『――()()離脱、して貰いました。それやと井戸も通れますのでね』
『はいっ⁉』

 夢ならそろそろ、自分のこの叫び声で醒めてはくれないだろうかと思ったくらいだ。

 体外離脱。
 幽体離脱なら聞くが、体外離脱とは?

 そう思ったのが表情(かお)に出たのか、八瀬さんが笑顔のまま補強説明をしてくる。
 なるほど、まだ目は醒めそうにないらしい。

『幽体離脱の方が皆さんオカルトモノで馴染みがあるのかも知れませんが、基本的に幽体離脱いうのは、離脱している状態の時はその自覚がない、いうことなんですよ。けど今は「意識が体から抜け出してる」自覚があるでしょう? だから、体外離脱』

 同じ「意識が身体を離れた」状態でも、本人の自覚の有無で呼び方が変わると言うことらしい。

『えっ……っていうか、どっちにしても私、今、意識が身体から離れた状態いうことですか⁉』

 思わず菜穂子は叫んでしまったが、八瀬さんはと言うと『そういうことです』と、あっけらかんとしたものだった。

『それが証拠にほら、パジャマ着てるわけでもないし、何も着てないわけでもないでしょう? そういう時は大体、本人のお気に入りとか、ついさっきまで着てた服とかが意識に反映されるんですよ』

 なるほど昼間と同じ格好なのは、ちゃんと意味があったらしい。

『あの、八瀬さん』

 このままだと話がいつまでたっても脱線したままになりそうだったので、菜穂子は自分を落ち着かせる意味もこめて、八瀬さんに話しかけた。

『ああ、そうでした、そうでした。何で今こうなってるのかっていう話でしたよね』
『思い出してもらったなら、よかったです』

 別に厭味を言いたかったわけじゃないが、多少は通じていて欲しいとの思いもあった。
 そしてどうやら本題に戻ってくれそうだったので、諦め半分で菜穂子は八瀬さんの話の続きを聞くことにした。

『このご時世、死後裁判ひとつとっても手続きが煩雑化していましてね。昔と違ってテレビだの小説だのとあるでしょう? 死者の側にも知恵がついて、やれ証拠を出せだの冤罪だなどと文句を言う(やから)が増えて、判決ひとつ出すのにも紆余曲折が生じるわけなんですよ』
『はあ……』
『そうすると、王を補佐する官吏の数が圧倒的に足りなくなるわけです』
『あれ、でも閻魔様のところには、死者の生前の行いを映し出す特殊な鏡がある……いう話じゃなかったですか?』

 確か「浄玻璃(じょうはり)の鏡」と言って真実をありのままに映し出すために、生前の行動を誤魔化せない――とか何とか。 
 その程度は菜穂子も聞いたことがあった。
 ただそれを伝えると、八瀬さんはちょっと困ったように肩をすくめたのだ。

『基本はね、閻魔帳を見ながら本人の善いことやら悪いことやらを確認して、本人の認否をとって、王が沙汰を下されるんですよ。認めたことでも認めなかったことでも、どちらに対してでも嘘があると分かれば、その時点で鏡の出番というわけで』

 確かに刑事ドラマでも、誰かを庇ってやっていないことをやったと言っているシーンはあるわけだから、そのあたりも含めた見極めは必要なのかも知れない。
 閻魔帳には真実が書かれているそうなので、誰かをかばおうと、自分可愛さであろうと、嘘をついた時点で鏡による嘘の証明が手続きとしては必要になるらしい。

 嘘かホントか、夢のつづきにまだ思えるけど、でもなぁ……と思っていると、八瀬さんはそのまま話を続けた。

『するとほら、この時点で一人当たりにかかる裁判時間は伸びてしまうでしょう? 鏡を見てなお、本人が異議申し立てをしたりすれば、更に延びる。いきおい、事務的作業はどんどん後回しになっていくわけです。結果、今生じているのが、慢性的な官吏不足』
『……なるほど』

 何とも人間社会の縮図のようだ。

『そして官吏不足にも困っているんですけど、更に困っているのが「賽の河原」で石積みをしながら順番待ちをする、子どもの死者の面倒をみてくれる者が足りないということ』
『子ども……』
『それはね、人間が皆、年の順番に亡くなっていけばいいんでしょうが、なかなかそうもいかないわけですし』

 そう言った八瀬さんの表情は、心なしか曇っている。
 親よりも先に命を落とす子ども。確かにそれは、ゼロではないだろう。

『賽の河原の石積み……って、あまりいい印象がないんですが』
『確かにもともとは、親より先に死んだ子は親不孝だ……と言って、石を積ませる、途中で崩す、を繰り返して罰を与えるという話ではあったんですけどね。長い年月、親の手にかかってしまう子や、事故に巻き込まれる子だって出てきますからね。自分ではどうしようもない理由で命を落とす子ども。そんな子らまでまとめて罰を与えるのはどうなんだ、ってかなりの間十王庁でも議論されてきたんですよ』

 つくづく、人間社会に近い体制が取られているんだなと、妙に菜穂子は感心してしまう。

『そのままにしておいたら、子どもが石を積むたびに担当官吏が全部潰していく構図は変わらないでしょう? だからまあ、それをしなくちゃいけない子どもと、必要のない子どもとで、待機の間にやることを変えてもいいんじゃないかという話が浮上しまして』

 しかも相当、話は具体的だ。
 夢と言い切っていいのか……と迷いはじめたところに、八瀬さんがとどめのように「そこで、貴女のお祖母さんです」と、口を開いたのだった。

◇◆◇◆◇

 賽の河原の石積みの話は、数ある俗信の中の一つと見る向きもあるらしいが、仏教では昔から、仏像を作ったり仏塔を建立したりすることには大きな功徳があると考えられているのだという。
 とは言え、小さな子どもの手ではそこまでのものが建立出来るはずもない。だからこその石積みであり、親よりも早く現世を離れてしまったことへの贖罪の気持ちを石にこめて、子どもたちは石を積み上げていくのだと、八瀬さんは言った。

 ただこの話の前提は、子どもを失くして親が嘆いているというところにある。
 親が子どもに手をかけるなど、恣意的に子どもの命を奪うような出来事があった場合には、子どもが贖罪の気持ちをこめて石を積み上げたところで、親の方にそれを受け取る気持ちがないということになってしまう。
 亡くした子を思わない親に、子どもの思いは届かない。それでは永遠に、子どもは賽の河原を彷徨(さまよ)うことになる。
 親の悲しみと子の悲しみ。双方が調和されて初めて、地蔵菩薩の手によって子の魂は次の世に導かれていくと言うのに――と、八瀬さんの表情が切なげに歪んだ。

『今、ちらほらとそんな子どもたちが散見されていましてね』

 三途の川を渡っていく子どもたちを横目に、長く長くその場に留まり続ける子どもたち。

『これも時代かも知れませんが、親の後悔はあっても、子の側にそれがない場合もあります。具体的なことを言えば、陰湿ないじめで相手を死なせてしまった子が、子育ての過ちを悔いた親に殺された場合なんかが、それですね』

 三途の川まで来て、役人に命じられて石は積むものの、そこに籠められるべき思いが何もないために、本来であればある程度の年月で子どもたちを庇護していくはずの地蔵菩薩が手を差し伸べられないらしい。

『それでも、どうしようもなくなれば、大人と同じ地獄の世界か餓鬼の世界送りかになるんですが……いずれにせよ通りいっぺんのやり方では、既存の仕組みが歪む一方なんです。何かいいやり方はないかと思っていたところに高辻先生が、此岸(しがん)から彼岸(ひがん)の側にいらしたことが分かったんですよ』

 此岸はこの世、彼岸はあの世。
 つまりは、祖母が亡くなったことを、八瀬さんが知ったということなんだろう。

『高辻先生は、僕の恩師。小学校でとてもお世話になった先生。先生なら、賽の河原で行き場を失くしている子どもたちを、僕ら十王庁の官吏よりもより良く導いてくれる。もう、これしかない! と、僕は閻魔王(たかむら)様の許可を頂いて、先生に会わせて貰えるよう初江王様のところにお願いに上がったわけなんです』
『初江王様』

 八瀬青年は閻魔王の補佐官だと本人は申告している。
 閻魔王は、死後裁判に携わる十人の王のうち、五番目の裁判に出てくる王だそうだ。

『閻魔王様以前に死者がお会いするのが秦広王様、初江王様、宋帝王様、五官王様と四人の王でして。初江王様は二番目にお会いする王ということになります』

 まず秦広王が三途の川を渡る死者の本質を見極め、その次の初江王が三途の川を正しく渡ったかを審議、生前に関わりがあった存在が六道あるいは各王の元にいた場合に、その者を呼んで生前の為人(ひととなり)を証言させたりするという。

『えっと……じゃあ、秦広王様が結構近くにいらっしゃる?』

 荒唐無稽としかまだ思えないが、菜穂子が三途の川を渡った覚えがない以上は、そういう話になるのではないか。
 そんな疑問を、八瀬さんはあっさりと首肯した。

『そうですね。ここは三途の川の渡河の待機室の一つですから。でも今はお会い出来ませんよ? まだ本格的にお亡くなりになっているわけじゃないですし、今回は閻魔王様の特例許可でここまでお招きしている状況なので』

 本格的に亡くなるって、何。
 人を仮死状態みたいな言い方しないで欲しい――って、もしや今、布団で横たわる菜穂子は仮死状態ということなんだろうか⁉

 ニコニコと笑う八瀬さんが怖すぎて、とてもそんなことは聞けないのだが。

『あ、もちろん渡河後の初江様以降の方々とも、今のところはお会い出来ないですね』

 三途の川を越えて最初に謁見する初江王は、秦広王の審議で疑問や不備がなかったかも併せて確認、最初から有罪の判定があったり、現世の遺族側の弔いが十分に行われていたと判明したりしたところで、はじめて三番目の宋帝王の所へと向けて、死者を通過させるのだそう。
 そんな経緯があるので、秦広王や初江王の下で留まっている死者も多いらしい。

『僕も一応、生前の高辻先生と関りがある範疇に入りますから。初江王様の所へと伺ったのは、あながち規定を無視した話ではないんですよ。――ただ』

 ただ、と言ったところで、八瀬さんは何とも言えない苦笑いをそこで閃かせた。

『何か問題があったんですか?』
『いやぁ……その時点まで、僕も知らなかったんですけどね。ほら、死者の数も多いですし、彼らの行先である六道や管轄する十王庁なんかも加えると、それはもう大規模になるわけで』
『そう……ですね?』
『考えてみて下さい。僕なんかよりよっぽど、高辻先生に近しい人が、()()()()には既にいらしてるじゃないですか』
『おばあちゃんに近しい? ……あ』

 菜穂子の推測はドンピシャだと言わんばかりに、八瀬さんは首を大きく縦に振った。

『そうなんですよ。僕が初江王様の所へお願いに上がった時、そこには既に貴女のお祖父様がいらしたんですよ』
『……おじいちゃん……』