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「奇跡…」
「奇跡だな」
「…」
「奇跡ですね」
「やっぱ宮瀬大輝、この俺の活躍が皆んなをここまで連れてきたんだ」
自分、小野寺くん、才野くん、田中くん、宮瀬くんの順番で並んでいる目の前には、3年生の体格の良い5人が並んでいた。
なぜか、決勝まで勝ち進んでしまった俺たち。
決勝ということもあってギャラリーにも人が集まってきている。
ほとんど才野くん目当てにきている女子ではあるが。
そして、準決勝では宮瀬くんが片手で投げやりに放ったボールがネットをくぐり逆転勝ちとなったので、宮瀬くんの自信はあながち嘘ではない。
そんな宮瀬くんをよそに小野寺くんが心配そうに身を屈めて相手にバレない程度に口元に手を添えて言葉を放つ。
「噂によれば相手アメフト3人に、経験者2人らしい」
前に並んでいる3年生5人を視界に入れた。確かに迫力がある。
「決勝なんだからそれくらいの猛者揃ってんだろ、ひとまずここまできたら優勝目指そうぜ、なあ影井」
「…う、うん、そうだね宮瀬くん」
正直ここまで運で勝ち上がったといっても過言ではない。さすがに優勝は難しいと思う。
とは、この状況下では言えず苦笑いを浮かべて頷いた。
ピーっと試合を知らせる笛が鳴る。
それと同時に「才野くん頑張ってー!」と黄色い声が体育館に響いた。
「才野、応援されてるぞ」
小野寺くんが揶揄い口調でそういうが、才野くんは無視。表情すら変えない。
「なんで才野ばっかり応援されるんだよ、準決勝の俺の華麗なシュートのおかげで決勝きてんのに」
「…まぐれシュートだろ」
「うるせえ才野!お前ももっと活躍しろよな」
「うるさい」
そんな宮瀬くんと才野くんのやりとりを笑っているうちに田中くんと相手のチームの1人がジャンプでボールを奪い合う。
無論、田中くんは目一杯ジャンプをするがボールに触れることもなく、相手チームにボールが渡った。
開始早々、田中くんが相手のボールを奪おうと手を伸ばせばその華奢な体が弾き飛ばされて、地面に倒れてしまった。
受け身をとる体勢が取れておらず、顔面から倒れた田中くん。開始10秒ほどで試合が止まった。
「田中くん!大丈夫?」
「さながらホームアローンの泥棒が子供の罠にひっかかって激しく転んだ場面ですな…あとは、頼みました、影井く…」
「田中くーん!!」
田中くんの鼻から伝った血。瞳を一瞬瞑っていた田中くんはしばらくして目を開けて、「というのは冗談なので一旦退場します」と鼻を押さえながらコート外にでた。メガネも少し割れていた。
「おいおい、開始早々4対5だぞ」
駆け寄ってきた宮瀬くんが焦ったようにそう言った。
田中くんが心配ではあるけど、一旦はこれで乗り切らないといけない。
「代わりの人もいないし、ひとまず4人で頑張ろう。相手、アメフト部がいるからむやみな接触は避けよう、普通に危ない」
試合再開の笛が鳴る。
ボールがこちらにまわってくると、凄い勢いで自分の方に向かってくる相手。
早く手放したくなり、シュートを放てばまぐれで入った。
「ナイッシュー影井!」
宮瀬くんの声。それと同時にギャラリーの盛り上がりが耳に入る。ああ、楽しいなあ。
バスケを辞めてしまった理由なんて特にないけれど、試合にほとんど出なかった3年間、意味が感じられない地道な練習が少しだけ報われた気がした。
宮瀬くんと、小野寺くんが駆け寄ってきて2人とハイタッチをする。
流れで近くにいた才野くんにも手のひらを向けた。
一瞬の沈黙のあと、才野くんは少し瞳を伏せて小さく笑う。
「…ナイッシュ」
小さな声だったけれどちゃんと聞こえた。そしてパチっと簡易なハイタッチの音。
ただそれだけなのに、なぜか嬉しくなった。
ボロ負けだろうと予測していた球技大会決勝は、意外にも追い越し追い抜かれを繰り返して残り時間わずか。
「いってえなっ」
「宮瀬くん!」
宮瀬くんが床に倒れた。
ゴールのすぐそばでボールの取り合いになり、相手の肘が勢いよく宮瀬くんのこめかみに当たった。
駆け寄れば、軽く頭を振って立ち上がった宮瀬くんが相手の1人に掴み掛かろうとする。
「今のは絶対わざとだろ!さっきから当たり強いっすよ先輩」
「偶然だろ、たかが球技大会で熱くなんなよ後輩」
「そのたかが球技大会で後輩に暴力なんて頭おかしいんすか」
「なんだと」
宮瀬くんの胸ぐらが掴まれる。
ギャラリーが謎の盛り上がりを見せている中、先生がとめに入ってきた。
「お前ら、喧嘩するなら退場!」
宮瀬くんと、相手の1人が先生たちに連行されていく。
残り、30秒。同点である。
「これ、球技大会という名のバトルロワイヤル始まってない?順番的に次死ぬの俺な気がする」
「冗談やめてよ小野寺くん」
「まあ、何にせよ残り30秒だし平和に終わろう」と言葉では言ってみたものの確かに相手の当たりは少し強いように思う。先輩という立場を悪用してる気がするのは気のせいだろうか。
ちらりと才野くんの方をみた。
「……」
少し伸びた前髪の隙間からみえた才野くんの瞳。
色のなかったものに鋭い光が差しているようにみえた。
試合は中断されることなく、残り少ない秒数ということもあってか続行の笛が鳴る。
「影井!」
小野寺くんからパスがきた。
迫ってくる相手。接触されたらひとたまりもないことは分かっていたし、宮瀬くんが言っていたように、後輩に優勝を譲りたくない先輩の意地が悪い方にぶつけられているような気もしている。
逃げてたまるかと、ドリブルをついてゴールに向かって走る。残り20秒。
案の定、容赦ないタックルがきた。
いや、これアメフトじゃなくてバスケなんですけど。
「いっ…」
変に右足を捻って転けたため激痛が走った。最悪だ。
床に倒れたが、ボールは離さない。「うわああ」と情けない声をだしてなんとかアメフト部の圧から抜け出そうともがく。
「影井、よこせ!」
押し寄せてくる相手の猛撃の隙間から声が聞こえた。才野くんだ。ああ、才野くん、ああいう声も出るんだ。
「っ!」
床に転がりながら、やっとの思いで才野くんにパスをする。
彼が受け取った瞬間、見えている世界がすごい速さで変わっていく。
ーーー「必殺技というか、これはバックターンっていって相手を抜くための技術で…上手い人はもっと早くて」
自分が何度も何度もイメージしたそれを具現化したような動きだった。
意図的にか、偶然か、自分が自己満足のために披露した技を才野くんは倍くらいのスピードで繰り出し相手を抜き去る。
そして、体育館にいるすべての人たちのどよめきの声が響いた。
地面を蹴った才野くんが高く飛んだからだ。
そのまま、飛んでいきそうだった。床に座り込んだまま才野くんを見上げる。やっぱり、俺なんかが才野くんの近くにいるのは違うかもと、そんなことを思った。
試合が終わるブザーと、才野くんがリングにボールを叩き込むようにして入れた音が同時に鳴る。
一瞬、静まり返る体育館。才野くんが床に足をつけた音がした時、現実を理解した人たちの歓声がうるさいくらいに響き渡った。
「才野くん…」
その自分の声は歓声でかき消えているのかと思ったが、才野くんの瞳はこちらを向いた。


