「影井」
才野くんが振り返って、俺を視界に入れた瞬間、確かめるように、視界をリセットするように、一度目を強くつぶってまた開く。
「影井」とまた名前を呼んで近づいてこようとするのを、才野くんの側にいる女子が才野くんの腕を引いて止めた。
「あかり、ごめんけど帰って」
『あかり』と呼ばれた女子は、納得できない表情のままゆっくりと手を離す。
勘違いじゃなければ、さっき、キスをしていた。
ふつふつと込み上げてくるのが嫉妬とだと理解した時、同時に自分の鞄につけていたストラップを荒々しく取った。あの子と、お揃いだったんだ。
なんでさっさと思い出して才野くんに返してあげなかったんだよ、俺は。
「また連絡するからね」
と、女子が才野くんに放った言葉。俺を一瞬視界に入れてその場を去っていく姿を見つめる。
静かな空間の中に、才野くんが近づいてくる足音が響いた。
手の中におさまっているストラップに視線を落として、ぎゅっと握る。
「影井、さっきのは」
「っ」
続きの言葉なんてききたくなくて、鞄に詰めていたプリントたちとストラップを一緒に掴み上げて才野くんの胸に押しつけた。
才野くんの体が驚いたように少し後ろにさがる。
「…ずっと持っててごめん、返す」
プリントの隙間に紛れ込んだストラップを才野くんは手に取って静かに見つめた。
込み上げてきた感情と、溢れそうになった整理のつかない涙を堪えるように俺は才野くんを睨む。
「…嘘つきはどっちだ」
「影井…俺は」
「ききたくない、もういい」
みっともないことを言っているのも、子どもみたいだということも嫌というほどに理解している。けれど止まらなかった。
「しようもないあの心理テストのしようもない結果さえなければ、俺たちはただ、絶望を分かち合っただけの友達になれたんだ」
「違う」
「違わない!何が確かめ合いだ、このストラップだって、なんであの子が同じもの持ってるんだよ、なんで、早く自分のだって言わなかったんだよ」
才野くんは、何かを言いかけた。しかし、抑え込むように瞳を下に向けた。気づかなかったのはお前だろ、と言われたら間違いなくもっと泣く。図星だから。
「もうこれ以上、才野くんと向き合いたくない」
才野くんの手からストラップが落ちて、地面に転がった。
それを拾い上げて、投げるように才野くんにぶつける。
それが受け取られようが、また地面に転がろうがその行く末を見たくはなくて俺は才野くんに背を向けた。
振り返らなかった。


