「テスト日にまさか熱出るとはなあ」
頭を抱えた先生が職員室でそう言った。
「才野くん、大丈夫ですかね」
「病院にも行って今は安静にしてるって話だが、別日に違う問題でテストしてもらうって形になった。そんでもってこれ。ひとまず今日のテスト用紙だ」
手元に渡されたのはプリントの束だ。なぜ自分に?と首を傾げる。
「才野の家、学校から遠いだろ?時間があったらでいいから帰りに影井が届けてやってくれない?」
「自分の家からも近くないですよ、真壁先生」
「近いやつが中々いないんだよ、それにお前ら中学時代から仲良いんだろ?」
ぴきりと体が硬直する。動揺でプリントが地面に落ちた。昨晩の夢の光景が一気に脳裏をよぎる。
だとしても、なぜ、担任の真壁先生が知っているんだ。
「ああ、ああ」と地面に落ちたプリントを拾い上げて再び俺の手の上に乗せた真壁先生が「あれ?違った?」と気まずそうに笑った。
「才野、中学時代はバスケの注目選手だったろ?そっから怪我してうちの高校進学して、家も遠いし心配になって入学当初、知り合いいるかどうかきいたんだよ、そしたら『影井楓』ってお前の名前だしてきて」
「え?」
「よかったな、2年から同じクラスになれて」
そう言って最後の一枚のプリントをのせたマカ先。
才野くんは、俺の名前を知っていて、きっと病院で会った日のことを覚えていた。
じゃあ、あのストラップのことだって。
取り返そうと思わなかったということは、才野くんにとってあの過去のことはやっぱりあまり触れられたくないことなのだろうか。
マカ先の言葉に「はい」と心ここに在らずな調子で返事をして職員室を出た。
鞄に詰めた才野くんへの届け物。少し重くなった鞄を肩にかけて、学校の外に出る。
いつもの道とは違う方向へと歩いていく。
今日、俺は才野くんにストラップを返そう。
何も触れず、ただ持ち主に返す、それだけだ。
そして電車に乗って気づいた。俺、そういえば才野くんの連絡先を知らない。
ましてや家なんて。マカ先は自分と才野くんが中学時代からの仲で、当然家も知っていると踏んだのだろう。
うつりかわる風景を眺めながら、小さな声で「どうしよう」と呟く。
ひとまず以前柴田と2人で来た場所。そして、才野くんと会った駅で降りる。
確かこの辺に住んでいるとは言っていた。しかし、しらみつぶしに探すにはさすがに時間がいくらあっても足りない。
「はあ…」
と、ため息をついた。才野くんに会いたい。
純粋に芽生えた感情。けれど、俺たちは秘めている隠しごとの確かめ合いをしなければならない。
今日会えるかすら怪しい。それに才野くんは熱を出して学校を休んでいる。
今日は、渡すものを渡してさっさと帰ろう。奇跡的に会えたら、だけど。
しばらく自分の勘を信じて歩いてみた。
すると視界に入ったのは大きな公園。
中央付近には地面がコンクリートで固められたバスケットコートにバスケットゴールが2つ立っている。
近くにはベンチがあり、そこには見慣れた後ろ姿。
ーーー才野くんだ。
奇跡。すごい、本当に会えるなんて、と若干の高揚感を抱えて公園に足早に入る。
というか熱出ているのに何をしているんだあの人。
そして近くに来て気づいた。彼の近くにいるのは、1人の女子。
違う制服の色味だったため、同じ高校ではないことは明らかだった。女子は立ち上がって去ろうとする才野くんの腕を掴んでいる。
その子の腕に持っている鞄には、今、自分の鞄につけられているストラップと同じものがついていた。
その子が、背伸びをした。
才野くんの後ろ姿と、女子の背伸びした足元と。腕にもたれた鞄と揺れるストラップ。
「才野くん?」
と、名前を呼んでしまったのはなぜかなんてそんなことは自分にも理解できない。


