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「今日こそ話聞いてもらうからな影井」
夕方のオレンジ色に染まっている門で待ち構えていた柴田は俺の前に仁王立ちしてそう言い放った。
「はいはい」
「なんだあ?その『また面倒くさいのが始まった』みたいな顔は!」
「柴田、エスパー?」
「よおし!殺す!」
俺の首元に腕を回してそう言った柴田。全く苦しくなかったが「苦しい苦しい!」と大袈裟にもがく。
久々の日常である。嬉しくもあり、なんだか寂しくも、いや、寂しくはないだろ別に。別に!!
「今日、どこ行くんだよ」
「俺たちの家の方とは反対方向の電車に乗って5駅先の徒歩10分」
「遠い…」
「おしゃれなカフェができたんだよ、映えるぞ、ほら行こう」
『映えるぞ』という言葉で釣られると思ってるのが心外だ。いつもこういう時永遠に写真をとっているのは柴田である。これを載せればモテる!と断言していたが一向に効果はみられていないと思う。
まあ、久しぶりだしいいか、といつもの道とは違う道を歩きはじめた。
「そういえば影井最近、放課後なにしてんの?」
「え!?」
「ん?」
俺の戸惑いの声に柴田は不思議そうに眉をあげた。
そんなに困る質問した?と言い出しそうな雰囲気である。自分を落ち着かせるようにへらりと笑って、「あー、えーっと」と言葉を濁す。言えない、あんなこと。
「……補習で」
「補習?影井が?」
「や、やっぱさ、1組の特進になっちゃったから、勉強追いつくのに結構、大変で、それで補習になって」
柴田は怪しむ様子もなく「ふうん、大変だな」と頭の後ろに手を組んでいた。
「てっきり、付き合ってるやつでもいんのかと思った」
「は?」
「だっていきなり理由も言わず一緒に帰れないって、そういうことかと思うだろ?」
「ないよ、そんなの」
「言い切っちゃうところが寂しいな、お前」
「……寂しくないし」
生暖かい風が頬を掠めていく。柴田は少し前に飛び出るように跳ねて俺の方を向きながらまた歩きはじめた。
「転ぶよ、柴田」
「中学の頃のやつ、引きずってる?」
「…何の話だよ」
「お前、試合に出れなかったのとか、怪我した時のこととか、全部自分のせいだって言ってたけど、本当はさ」
「柴田」
遮るように名を呼べば、罰の悪そうな顔をした柴田がくるりと体を前に向ける。表情が見えなくなった先で「ごめんごめん」と柴田が言う。
「ま、過去は過去だよな」
なぐさめのようなそんな柴田の言葉。いつまでも引きずるなとそんな風にも聞こえた。
顔を落とせば、鞄につけているストラップが歩くたびにリズムを刻むように揺れていた。
なんだか申し訳なくなって顔をあげて口を開いた。
「柴田」
「なんだよ」
「お前、部活とか、入らなくていいの」
少しの沈黙のあと柴田は歩みを遅くして俺と並ぶ。
「入らないよ、ここにバスケ部ないだろ」
「元々、強豪校に進学するはずだったじゃん」
「どこに入ったとしても、ああいうことが起きるのかなとか思うと無理だわ、気色悪い」
「普通はないことだし…てか、俺のせいじゃん」
「違う、俺の判断。お前本当さ、鈍感っつうか、まじで本当、お人好しすぎんだよ、そんなんだと足元掬われるぞ」
もう掬われているかもしれない。そういえば、才野くんにも『鈍感』だの『バカ』だの散々言われたな。
あとは『嘘つき』も。
「影井、俺たちは逃げたんじゃないからな」
「…柴田」
「あの時の俺たちは、ただ正解を求めて抗っただけだ。結果、こうやって放課後にカフェにも行けるような青春ライフを送ってるわけ」
「…まあ、うん」
「影井も好きな人でも作れよ」
そう言った柴田。好きな人、と言われた瞬間に思い浮かんだその人を打ち消すように俺は軽く頭を横に振った。
「頑なだな、ま、俺も今や沙織ちゃんに振られて消沈してるけど」
沙織ちゃん。ああ、そういえば水族館な時に才野くんに話しかけていたが、あのあとどうなったのだろう。
気づけばいなくなってて、才野くんが俺を追いかけてきた。
ーーー「Cの答え、本当かどうか、一緒に確かめるってこと。すぐじゃなくていい、これから、俺たちのペースで」
「やっぱり分からない」
「ああ?なんだよ、恋をバカにするなよ?好きな人ができれば舞い上がるし、振られたら泣き喚くくらい落ち込むもんなんだよ」
俺の言葉に反応した柴田がそう言い返してくる。
好きな人ができることについての感情云々については、理解しているつもりだ。でも、
「…相手の気持ちを理解するのって、難しい」
「そういうこと言ってるってことはやっぱり好きなやついんだろ、影井」
「い、いないし!」
「ふうん」とにやけ顔の柴田。「その顔やめろよ」と柴田の腕を肘で攻撃する。
柴田のせいで頭の中で「好きな人」という言葉がこびりついていた。
今日、才野くんは何やら用事があるらしく放課後の時間はない。甘さを帯びた、心臓が破壊されるようなあの時間ない、すなわち、平和。
でも、なんだか、
「糖分不足だよな」
「は?」
「パフェでも食いたくね?」
柴田の提案。頭の中の足りない何かが『甘さ』を欲しているのかと答え合わせをしてくる。
駆け巡るあの時間を打ち消すように俺は生クリームが天井まで着きそうなパフェを想像して才野くんという甘さの根源を打ち消した。
「パフェ、パフェ、パフェ」
「柴田、恥ずかしいから食べたいもの連呼するのやめて」
電車に乗って5駅先。まだ少しある道のりを柴田が軽快なステップを踏んでいる。どんだけ楽しみなんだよパフェ。子供か。
「さっきSNSでみたんだけど、今から行くところのパフェ、めっちゃ美味いって」
「ワーイ、タノシミー」
「棒読みやめろよ」
柴田の鞄が俺の体に軽く当たる。瞬時にやり返す。
数回そんなことを繰り返していれば、柴田の視線が横にいる俺のさらに向こう側の方にいった。
「なあ、あれ、才野じゃね?」


