「影井、大丈夫?」
「大丈夫にみえる?」
へたり込んだまま、俺は才野くんを睨みつけるように見上げた。才野くんは、どこか嬉しそうに「全然」と笑っている。
「軽いキスでそんなに顔真っ赤なら、この先どうなるんだろうな」
差し出された手を握ろうとしていたが、上げた手を止めた。「この先」だと。
むっとして、その手をはたき下ろすように弾いた。
「才野くんにとっては、たかがキスなのかもしれないけど俺にとっては初めてなんだからな」
「…俺も初めてだったけど」
「なっ、はあ?そんなわけない、き、キスなんて才野くんにとっては挨拶みたいなもんだろ、きっと!」
「そんなアメリカンな感じにみえるか?」
「見えないけど!でも!じゃあ、なんでそんなに冷静なんだよ」
「冷静じゃない」
俺の目線に合わせるようにしゃがんだ才野くんが俺の手をとった。
そしてゆっくりと掴まれた手が才野くんの胸のあたりに触れる。
前に、保健室で触れた時の才野くんの心臓の音を思い出した。あの時と同じほどの鼓動のはやさ。
あの時は勘違いだと思ったのに。
「…なんで?」
「本当、鈍感」
才野くんは、俺の手の甲をそのままぎゅっと握って小さく笑う。
「さっき、影井のペースに合わせてたら逃げ出す余裕与えるって言ったけど、影井がちゃんと向き合ってくれるなら、投げ出さないなら、影井もちゃんと俺に触って」
「…でも」
「じゃないと、こうやって確かめられない」
才野くんの心臓の音が手のひらから伝わって、熱を帯びて頭の中が甘く鈍る。
才野くんの手が俺の手からゆっくりと離れた。
確かめる、確かめる、才野くんが、俺を好きかどうか。
ーー俺が、才野くんを好きかどうか。
「…っ」
きゅっと唇を結ぶ。逃げ出さないように、力を込めた。
才野くんの胸に置いた手のひらをちょっとずつ上に滑らせていく。
才野くんの襟元が自分の指先によって少し捲れて、それから首横の肌に触れた。
「……影井」
才野くんは少し伏目になって俺の名前を呼んだ。
俺、今、才野くんに触れている。その当然なのに、頭の中では理解に追いつかない現状が、熱が、どうしようもなく離れたくて、でも離れたくない理由になっていた。
才野くんは、伏せていた瞳をあげた。熱っぽい瞳が俺をうつしている。
少し首を傾げた才野くん。
「…どう?」
「あついってことだけは、分かる」
「それはお互い様」
緊張を紛らわすためにごくりと唾を飲み込んで、手をまた上に滑らせていく。才野くんの頬に自分の手のひらが覆った。
登った先の指先に才野くんの耳が触れた。あ、少し赤い。
「俺、才野くんのこと好きな人たちに殺されないかな」
「どんなタイミングで何の心配してんの」
そう言って、才野くんは瞳を伏せて覆った手のひらの方に顔を傾けた。やはり恥ずかしくなってきて手を引っ込めようとしたが、才野くんが俺の手を上から握った。
「…まだ」
「っ、才野くん」
才野くんの瞳が俺の方をまた向く。これ以上は本当にキャパオーバーである。
「才野くん、もう、無理、これ以上は」
そう言うと、才野くんは一瞬むくれたような顔をしてゆっくりと俺の手を下ろしていく。
ほとんど息ができていなかった俺は、刹那の安堵の息をもらした。
そんな様子を見てますます不機嫌そうな表情をした才野くんは小さくも真っ直ぐとした声を俺に放った。
「明日も、ここに来て」
「……」
「影井」
「分かったよ」
才野くんは、俺の返事に小さく笑って「逃げんなよ」と言った。
確約はできない。


