才野くんが立ち上がったのをみて、俺もゆっくりと立つ。
「ストラップ、ありがとう」
もう、関わることはないのだろう。そう思った瞬間、よく分からない気持ちが込み上げて口から吐き出されそうになって堪えた。
「…ムカつくな、やっぱ」
才野くんの低い声が聞こえて落としていた顔をあげる。「え?」と自分でも笑えるほどの泣き出しそうな声が出た。
「なに、『俺とは違う、完璧な人』って、なに、『好きが全くもって違う、あり得ない結果』って」
「才野くん…」
「影井が、俺のことを勝手に決めんなよ」
「ご、ごめん」
「何も分かってないくせに謝んな」
何も分かっていない。そうだ、分かっていない、でも。
「さ、才野くんのことなんて、分かるはずないじゃないか」
「は?」
「いつもいつも、俺のことどう思ってるのかなんて考えるのももうやめたい。関われば関わるほど、自分のことも、才野くんのことも、分からないよ、
けど、もうそれでいい」
「…それでいいって何」
唇を噛んだ。片方の手のひらで額を抑えた。
感情を吐露していくことの恐怖が汗として滲み出ていた。
「…っ、逃げたい」
みっともなく掠れた声が吐き出される。
片足が後ろにさがった。ストラップ、見つけてもらったのに?嘘ついたのに?いいや、お礼言ったし、嘘をついたことは謝ったし、明日から、関わること、ない。
なのに、全然、心の中に棲まうもやもやが晴れない。
背中を向けて、逃げてしまえば楽なのに、
「影井、待って」
才野くんは、俺の手を掴んだ。
ぎゅっと握られた手が、少し痛い。
「影井が、分からないなら、確かめよう」
才野くんの真っ直ぐな声。言っている意味が理解できずに、瞳を泳がす。
「確かめるって?」
「Cの答え、本当かどうか、一緒に確かめるってこと。すぐじゃなくていい、これから、俺たちのペースで」
水槽の音だけがそこにしばらく響いた。
ーーーCの答えは、『好きな人』。
それを、一緒に、確かめる。
確かめる?
えっと、それは、
「…ドウイウコト?」
「こういうこと」
引き寄せられた体。才野くんの手が、後頭部にまわる。
抵抗ができなかった。
離れられるはずだったのに、できなかったのは自分のあやふやな感情が原因なのか。
「っ」
「…これからよろしく、影井」
キスをして、不敵に笑ったこの男が原因か。
正解など分かるはずもない。


