颯爽と歩いていく才野くんを追いかけながらそんなことを思う。
才野くんのように掴みどころがなさそうなクラゲたちが水槽の中でぷかぷかと浮いていた。
「これ小さいな、影井みたい」
「それ褒めてないよね」
「かわいいって意味だろ」
よく目を凝らせばクラゲの形を成していることが分かるほどの大きさ。水槽を中腰で見つめている才野くんの横に並んで自分も同じように顔近づけた。
軽い調子で放たれた才野くんの言葉。
脳内で会話をリピートして、やっと「ん?」と才野くんの方に顔を向ける。
今、なんて言いました?
才野くんの視線が俺に向けられた。
「なに」
「いや、今、」
「あれ?才野くん?」
少し高めの声が聞こえた。瞬時に飲み込まれた言葉。もはや、言及しなくてもよかった気がする。どうせ、才野くんの気まぐれだと一瞬浮いたような気持ちを「せいっ!」と放り投げた。
そして、丸めていた背中を伸ばす。
声の方に顔を向ければ、小柄な女子が立っていた。「才野くん」と再度名前を呼んで、こちらに駆け寄ってきた女子。
両耳横に結んでいる髪の束がふわふわと揺れていた。
みろ、才野くん、ああいう子に言うべき言葉だったぞ今の。
「才野くんだ!わあ!こんなところで会えるなんて奇跡!嬉しすぎる!」
「…誰」
テンションに差がありすぎる2人を静かに見つめた。才野くんは知らない人なのだろうか。同じ歳くらいに見えるのでおそらく同じ学校かもしれない。
小野寺くんが前に言っていたように、才野くんのモテ具合はあの球技大会から拍車がかかっている。
才野くんの知らないところで、才野くんへの想いが湧き上がっている人は数知れずといったところなのだろう。彼女はきっとその中の1人なのかもしれない。
女子からしてみれば奇跡的に会えた片想い相手と距離を縮めるチャンスかもしれないので、身を少し後ろに引けば、女子の後ろの方から数人が中へ入ってきた。
その中の1人が俺の方を見て驚いたように片手をあげた。
「あれー?影井じゃん!なんでここに?というか、才野、くんもいんじゃん!」
最近、才野くんにたいしてちょっとした悪態を影でついていたことを悟られないようにぎこちない「くん」をつけてそう言ったのは、柴田である。
駆け寄ってきた柴田は、俺の方ではなく女子の方の横に立った。表情が焦っている。
「どういうこと?なんで?沙織ちゃん、才野、くん誘ったの?」
「そんな勇気ないよ!偶然なの!ね!才野くん!」
才野くんの腕あたりの服を軽く掴んだ女子。才野くんは、訳がわからないといった顔で女子と柴田を瞳で流れるように見たあと、俺の方に顔を向けた。
「…知り合い?」
「同じ学校だよ、5組」
柴田がこちらの方に走ってきた。そして肩に腕をまわされ、そのまま体を才野くんと女子の方とは反対方向にまわされる。
そして声を顰めた状態で焦りと怒りを帯びた声で「おい、これどういうことだよ影井」と。
「どういうことって、俺たちは普通に球技大会の賞品できただけで…」
「俺たちだってそうだよ」
「まじか、種目なに?」
「バレーボール!女子男子ともに優勝だったからじゃあ皆で一緒に行くかってなって…てか、途中で沙織ちゃんと2人きりになろうって意気込んでたのによ!なんできてんの、あいつ、水族館なんてキャラじゃないだろ」
『あいつ』とは紛れもなく才野くんのことだ。
なるほど、さっき才野くんに声をかけたのは柴田の口からよく話に出ていた沙織ちゃんで、今日距離を縮めようというそういう魂胆だったわけで。
水族館なんてキャラじゃない、と言われるほどなのが少しかわいそうであるけれど、言いたいことは少し分かる気がする。
「告白するつもりだったのに」
「こっ」
告白!?と大きな声が出そうになって自分の口を手で抑えた。
「…どう考えても、無理だよ、だってあんな感じだぞ?才野くんしか見えてないじゃないか」
「そりゃあこのタイミングで現れたらああなるだろ!水族館という雰囲気に助けてもらおうと思ったんだよ!」
「雰囲気って…」
と、顔だけ才野くんと沙織ちゃんの方に向ける。
沙織ちゃんは才野くんの腕の服から手を離すことはなく、体の距離を縮めて話しかけている。
才野くんがどんな顔をしているかまでは見えない。しかし、と顔を柴田の方に戻した。
「あれ、引き剥がせるの?柴田」
「影井頼む」
「絶対やだ」
「薄情者お!」
正直柴田の運が悪かったと思う。一瞬にして表情を曇らせていった柴田はおずおずと俺から腕を離して、
「ひとまず頑張ってくる…」
そう言っておぼつかない足取りで才野くんたちの方へ歩いていった。
「頑張れ柴田」と小さな声で丸まった背中に向けて呟いたが、柴田の表情と反比例して顔を輝かせていく沙織ちゃんをみているとなんともいたたまれない。
何か力になれればと、ひとまず俺もその場に近づいてみる。
柴田が入る隙もなく、沙織ちゃんは才野くん一点集中で何かを語っていた。あまりにも柴田が不憫なのでそのまま柴田を回収しようかなんて考えていれば、
「ーーーでねでねその私の答えが、Aがさくらちゃんで、Bがりねちゃん、Cが才野くんだったの!」
足を止めた。
柴田をみると、沙織ちゃんの言い出しそうな『結果』に慌てながらも「いや、沙織ちゃん、それ俺が教えたやつだし、あのそれ言っちゃうとさ、」と沙織ちゃんに話しかけているが沙織ちゃんは無視。
彼女は清々しいほどに覚悟が決まっている笑みである。
待て、このままでは、柴田より俺の方が。
「で、結果がね、Aは信頼してる人、Bは友達、Cが」
沙織ちゃんが少し顔を赤らめて言葉を止めた。
この流れを止めるのは今なのに、足は進まない。柴田はすでに頭を抱えて諦めの境地。
沙織ちゃんの猪突猛進を柴田でも止められないのに俺にどうしろと。
でも、このままじゃ俺が「嘘つき」になる。実際嘘つきなんだけれども!
「まっ」て、と、反射的に声を出した。実際は「ま」しか言えていないのに、俺の短い声に、才野くんがこちらに顔を向ける。
しかし、俺の声を上書きするように沙織ちゃんが言葉を放った。
「Cはね、『好きな人』なの」
才野くんの瞳が俺を捉えている。
沙織ちゃんの声が才野くんの耳に届いていなければいいと思ったが、それは現実的に考えられないことで。
そう、思った瞬間、無意識に片足が後ろに下がる。
才野くんの口が「か」と。
「っ!」
名前を呼ばれる前に、超逃げた。


