「影井は嘘つき」
「え?」
「…嘘つきで、バカだ」
そう言うのに、抱きしめている腕の力が弱まらない。
嘘つきで、バカ。
散々な言われようである。
過去の出来事をさも吹っ切れたような顔をして愛想笑いで誤魔化している自分の愚かさのことを言っているのか、ただの揶揄いか。
どうしようもない、どうしたらいいか分からない感情。この状況を逃れようともがくことができない。
「さ、才野くんは、俺のこと嫌いだろ」
「…なんで」
「Cの答えは、『嫌いな人』だし」
「違うって、前にも言った」
確かに、俺の前では「嫌いじゃない」って言ったけれど、宮瀬くんに聞かれた時は「どうだろうな」などと含みを持たせた返事をしたことを覚えている。
裏を返せば、どちらに転んでも取るに足らないほどの存在だということだ。
ねちっこいヤツだと思われたくないから黙っておく。
そして、本当のCの答えは真逆で、だからこそ俺は今、才野くんを変に意識してしまっているのだと思う。ああ、恥ずかしい。勘違いするまえに早く離してくれないだろうか。
そう願っていると、少しだけ才野くんが俺を離した。それでも近さは変わらない。腰に才野くんの腕はまわったままで、見上げればすぐ側に才野くんの顔がある。
気まずくて顔を下そうとすれば、才野くんの手が片頬を覆った。
「なっ、なに」
「不思議に思わないのか」
「なにが」
「Cの答えがなんであれ、あの時なんで影井の名前が出たのか」
不思議に思うよ、とても。でも、答えが答えなだけに聞けないんだよ、分かってくれよ。
「思わない」
「影井…」
「思わないよ、だって、俺だって、誰も思い浮かばなかったら『目の前にいるギリ名前を知ってるクラスメイト』を当てはめる」
「は?」
「……と、思います」
かき消えそうな声で言葉を紡いだ。
「へえ、影井にとって俺は、『目の前にいるギリ名前を知ってるクラスメイト』ね」
「そ、そういう意味じゃ!」
「じゃあ影井はただのクラスメイトと、こういうことするんだ」
ふと、才野くんの顔が近づいた。
才野くんの手のひらが首から後頭部を覆う。逃げられない。
体全体が熱を帯びていく。抵抗するために才野くんの胸に手を置いた。
「っ」
才野くんの取るに足らない気まぐれだと思いたいのに、触れた鼓動が早い。
勘違いだと自分に言い聞かせた。だって、俺たちは『友達』にカテゴライズしてもいいか分からないような、そんな2人だ。
唇がもうすぐ触れる。
ーーーと、
「すみません!少し騒がしいんですが!こちらは顔面を床に打ちつけて鼻血だして貧血で寝ておりまして!あなたたちのボソボソ声で起きてしまいました!」
保健室の端で閉まっていたカーテンが荒々しくあいた。早口で並べられた言葉が空気中に舞う。
ここ数日で慣れたその声と、人物を視界に入れる前に反射的に才野くんを突き飛ばすことに成功。
才野くんは、バランスを崩しながらもすぐ側にあった机に手をつく。
俺は、反動で後ろに身が転びそうになったが、先ほどまで座っていた椅子に運良く着席していた。
声の方に目を向ければ、その人はヒビが入っているメガネをかけて、こちらを視界に入れた。
「あれ?才野くんと、影井くん」
「田中くん…」
鼻にティッシュを詰めた痛々しい姿でベッドから降りてきた田中くんが、俺の右足をみて顔を顰めた。
「怪我したんですね、で、才野くんが影井くんの介抱を?」
「うん」と頷きながら、いまだにバクバクと音が鳴っている心臓をおとなしくさせるために息をはく。
田中くんの様子だと何を話していたかまでは聞かれていないようだ。
それに、どんな状況だったかも、バレていない。
気まずさをそのままに才野くんの方をみれば何食わぬ顔で上体を起こし軽く手を払っていた。
「あ、試合どうなりました?」
「えっと、勝ったよ、才野くんの、おかげで」
「おお!すごい!どんな感じだったの?」
「最後は、ダンクで…逆転」
「ダンクって、こう、あのダンク?リングにぶち込む?」
「うん、そう、すごいよね」
そう答えれば、田中くんの目が一気に輝いた。鼻息が荒くなり、詰めていたティッシュが床に落ちる。相当な出血量だったのか真っ赤に染まっていた。
そんなことはどうでもいいのか、才野くんに詰め寄った田中くん。
「やはり君は映画の主人公みたいだね、才野くん!」
「……」
「さながらバスケのアニメ映画にでてくるーーーの、ーーーみたいなキャラクターみたいだ!最初はチームメイトに馴染めずに悩むんだけどだんだん心を開いていく過程が感動して、最後にチームのライバルーーーがパスしたボールを受け取ってダンクするところなんて激アツでーーーー…」
正直、田中くんが出てきてくれて助かった。
あのままだと確実に、キスを、していた気がする。
本気で抵抗すれば、今みたいに突き放せるのになぜ自分はしなかったのだろう。
触れた先の鼓動が早かった。
才野くん、やっぱり俺には君が分からない。
「それでそれで、今度映画研究会に来てみないかいってことを言いたいんだが、才野くんのようなイケメンがきてくれればうちの部も活性化する気がするんだよ、もちろん部室にある映画見放題という特権も…」
「……」
今、困っているということは理解できたので俺はすぐに田中くんの制御へと取り掛かった。


