星座が示す、144通りの恋

第69話 フロアワイパーとふたりの手
(乙女座君♂x射手座ちゃん♀)

 夏休みの初日、体育館の裏口で、空気が少しひんやりしていた。清掃当番の札が揺れ、誰かの足音が遠くへ消えた。
 告白の返事をした次の週、律は説明しながら手順を示す。望結はそれを追いかけながら、ほうきの柄を握り直す。
 今日は掃除当番。手元にはフロアワイパーがあり、使い方を間違えるとベタついたり匂いが残ったりする。
 作業の途中、律のスマホが鳴った。画面の通知を見た望結は、一瞬だけ黙る。昨日の返事が来ていないままだったことを思い出したのだ。
 律は慌てて説明しようとして、言葉が絡まる。そこでフロアワイパーを持ち上げ、「今はこれを一緒にやりたい」と言い直した。逃げずに言い切ったのが、自分でも意外だった。
 望結は深呼吸して、失敗しても笑って切り替える。二人で手を動かし、フロアワイパーが役目を終えるころには、空気の角が丸くなっていた。最後に律が「送れてなかった」と画面を見せると、望結は「じゃあ、今日の分は目の前で言う」と笑い、短く「好き」と言った。
 最後の確認をしていると、望結が「ありがとう」とはっきり言った。律は返事の代わりにうなずき、少しだけ指先で望結の袖をつまむ。誰にも見えない小さな合図が、二人には十分だった。
 帰り道の途中、律は急に立ち止まり、ポケットから小さな紙を出した。そこには『今日のよかったところ』が三つ書いてある。望結は吹き出し、「宿題みたい」と笑う。律は「忘れたくないだけ」と言い、紙を二人の間に挟んだ。
 帰り道、律は「次は望結のやりたいことを先に聞く」と言った。望結は少し考えてから、フロアワイパーを軽く振って合図する。「じゃあ、また一緒に使おう」。その一言で、二人の小さな合図が、ちゃんと届いた。
【終】