星座が示す、144通りの恋

第39話 デンタルフロスが転がした笑い
(蟹座君♂x双子座ちゃん♀)

 土曜の昼下がり、家の洗面所は静かで、校庭に風が走っていた。玲奈は指先をそっと押さえ、息を短く吐いた。
 泰成は椅子を引いて隣に座り、「寒くない?」と言いかけて、声の大きさを半分にする。
 机の上にはデンタルフロス。先生の説明より先に、泰成は玲奈の表情を見て、無理をさせたくないと思った。
 途中で玲奈が鞄をごそごそ探して、困ったように肩をすくめた。「あ、持ってくるの忘れた」——その一言で、泰成は立ち止まる。
 実は泰成は昨日、同じデンタルフロスをもう一つ用意していた。理由は、玲奈が前に「これがあると助かるんだ」と言ったのを覚えていたから。泰成は「無理してない?」と言いながら、そっと手渡した。
 玲奈は受け取り、しばらく黙ったあと、「それ、面白くない?」と笑った。声は小さいのに、胸の中がじんわり温かくなる。泰成は「じゃ、今使おう」と前を向き、玲奈はその背中に小さく「うん」と重ねた。
 最後の確認をしていると、玲奈が「ありがとう」とはっきり言った。泰成は返事の代わりにうなずき、少しだけ指先で玲奈の袖をつまむ。誰にも見えない小さな合図が、二人には十分だった。
 玲奈が靴ひもを結び直している間、泰成は周りを見回し、来週の予定を指で数えた。「会える日は少ないけど、短くてもいい」と言うと、玲奈は「短いほど大事にする」と返して、目を合わせた。
 帰り道、泰成は「次は玲奈のやりたいことを先に聞く」と言った。玲奈は少し考えてから、デンタルフロスを軽く振って合図する。「じゃあ、また一緒に使おう」。その一言で、二人の言葉にしなくても、伝わるものが増えた。 玲奈は笑ってうなずき、泰成の袖を軽く引いた。
【終】