星座が示す、144通りの恋

第32話 クリップと帰り道
(双子座君♂x蠍座ちゃん♀)

 冬の息が白い朝、職員室前の掲示板で、薄い雲が流れていた。机の上にはプリントが積まれ、チャイムの余韻だけが残っていた。
 二人だけの合図ができたばかりの頃、二人はまだ人前で手をつなぐのが得意じゃない。けれど隣に座る距離だけは、自然に近い。
 今日は忘れ物を探す。そこにクリップが出てくる。小さいのに、あるとないとで安心感が違う。
 途中で綾乃が鞄をごそごそ探して、困ったように肩をすくめた。「あ、持ってくるの忘れた」——その一言で、怜央は立ち止まる。
 実は怜央は昨日、同じクリップをもう一つ用意していた。理由は、綾乃が前に「これがあると助かるんだ」と言ったのを覚えていたから。怜央は「それ、面白くない?」と言いながら、そっと手渡した。
 綾乃は受け取り、しばらく黙ったあと、「秘密、守る」と笑った。声は小さいのに、胸の中がじんわり温かくなる。怜央は「じゃ、今使おう」と前を向き、綾乃はその背中に小さく「うん」と重ねた。
 帰り道の途中、怜央は急に立ち止まり、ポケットから小さな紙を出した。そこには『今日のよかったところ』が三つ書いてある。綾乃は吹き出し、「宿題みたい」と笑う。怜央は「忘れたくないだけ」と言い、紙を二人の間に挟んだ。
 綾乃は歩きながら、ふとクリップを見つめた。「これって、ただの道具なのにさ」と言いかけて止まる。怜央が「うん」と待つと、綾乃は小さく笑い、「一緒に使うと、思い出になるね」と続けた。
 帰り道、怜央は「次は綾乃のやりたいことを先に聞く」と言った。綾乃は少し考えてから、クリップを軽く振って合図する。「じゃあ、また一緒に使おう」。その一言で、二人の次の約束が、自然に浮かんだ。
【終】