星座が示す、144通りの恋

第29話 マスクを渡す瞬間
(双子座君♂x獅子座ちゃん♀)

 新学期の一週間目、教室の窓側で、薄い雲が流れていた。机の上にはプリントが積まれ、チャイムの余韻だけが残っていた。
 一緒に帰る日が増えた頃、二人はまだ人前で手をつなぐのが得意じゃない。けれど隣に座る距離だけは、自然に近い。
 今日はプリントを整える。そこにマスクが出てくる。小さいのに、あるとないとで安心感が違う。
 やってみると、すぐに小さな困りごとが顔を出した。華蓮が「ここ、引っかかる」と指さす。海翔は返事の代わりにうなずき、マスクを手に取った。
 海翔は話しながら手も止めない。力の入れ方を見せてから、華蓮の手の上に自分の手をそっと重ね、「このくらい」と角度を示す。華蓮は堂々と宣言して動く、真剣な目で真似をした。
 うまくいった瞬間、華蓮の口から「任せて」がこぼれた。海翔は「でしょ」と笑い、でも目線は外して照れを隠す。二人の間に残ったのは、道具の音と、少し早い鼓動だった。
 最後の確認をしていると、華蓮が「ありがとう」とはっきり言った。海翔は返事の代わりにうなずき、少しだけ指先で華蓮の袖をつまむ。誰にも見えない小さな合図が、二人には十分だった。
 終わったあと、二人は自販機の前で立ち止まった。華蓮が「今日は助かった」と言うと、海翔は照れたように頬をかき、「次はもっと上手くやれる」と返した。缶の温度が手のひらに移って、言葉も少し柔らかくなる。
 帰り道、海翔は「次は華蓮のやりたいことを先に聞く」と言った。華蓮は少し考えてから、マスクを軽く振って合図する。「じゃあ、また一緒に使おう」。その一言で、二人の同じ方向へ進む気持ちが、静かに重なった。 華蓮は笑ってうなずき、海翔の袖を軽く引いた。
【終】