星座が示す、144通りの恋

第127話 替えシートとふたりの手
(水瓶座君♂x天秤座ちゃん♀)

 五月の雨上がりの朝、体育館の裏口で、校庭に風が走っていた。清掃当番の札が揺れ、誰かの足音が遠くへ消えた。
 一緒に帰る日が増えた頃、怜は独特な例えで説明する。遥はそれを追いかけながら、ほうきの柄を握り直す。
 今日の担当は部室をきれいにする。手元には替えシートがあり、使い方を間違えるとベタついたり匂いが残ったりする。
 手を動かした途端、小さな困りごとが見つかった。遥が「ここ、引っかかる」と指さす。怜は返事の代わりにうなずき、替えシートを手に取った。
 怜は新しい道具や仕組みを試す。力の入れ方を見せてから、遥の手の上に自分の手をそっと重ね、「このくらい」と角度を示す。遥は二人の意見の間を取る、真剣な目で真似をした。
 うまくいった瞬間、遥の口から「どっちがいい?」がこぼれた。怜は「でしょ」と笑い、でも目線は外して照れを隠す。二人の間に残ったのは、道具の音と、少し早い鼓動だった。
 最後の確認をしていると、遥が「ありがとう」とはっきり言った。怜は返事の代わりにうなずき、少しだけ指先で遥の袖をつまむ。誰にも見えない小さな合図が、二人には十分だった。
 遥は歩きながら、ふと替えシートを見つめた。「これって、ただの道具なのにさ」と言いかけて止まる。怜が「うん」と待つと、遥は小さく笑い、「一緒に使うと、思い出になるね」と続けた。
 帰り道、怜は「次は遥のやりたいことを先に聞く」と言った。遥は少し考えてから、替えシートを軽く振って合図する。「じゃあ、また一緒に使おう」。その一言で、二人のそれだけで、今日は十分だと思えた。 遥は笑ってうなずき、怜の袖を軽く引いた。
【終】