星座が示す、144通りの恋

第109話 食器用洗剤詰め替えボトルで近づく距離
(山羊座君♂x牡羊座ちゃん♀)

 四月の放課後、部室で、夕方の匂いがしていた。清掃当番の札が揺れ、誰かの足音が遠くへ消えた。
 告白の返事をした翌週、克己は最後の片づけまで手を抜かない。結衣はそれを追いかけながら、ほうきの柄を握り直す。
 今日の担当は台所の汚れを落とす。手元には食器用洗剤詰め替えボトルがあり、使い方を間違えるとベタついたり匂いが残ったりする。
 途中で結衣が鞄をごそごそ探して、困ったように肩をすくめた。「あ、持ってくるの忘れた」——その一言で、克己は立ち止まる。
 実は克己は昨日、同じ食器用洗剤詰め替えボトルをもう一つ用意していた。理由は、結衣が前に「これがあると助かるんだ」と言ったのを覚えていたから。克己は「やること、書き出す」と言いながら、そっと手渡した。
 結衣は受け取り、しばらく黙ったあと、「先に動いたほうが早い」と笑った。声は小さいのに、胸の中がじんわり温かくなる。克己は「じゃ、今使おう」と前を向き、結衣はその背中に小さく「うん」と重ねた。
 片づけの最中、食器用洗剤詰め替えボトルが机から転がりそうになり、克己が反射で押さえた。その手の速さに結衣が笑い、「そういうとこ、好き」とさらりと言う。克己は耳まで赤くしながら「今のは反則」と小声で返した。
 終わったあと、二人は自販機の前で立ち止まった。結衣が「今日は助かった」と言うと、克己は照れたように頬をかき、「次はもっと上手くやれる」と返した。缶の温度が手のひらに移って、言葉も少し柔らかくなる。
 帰り道、克己は「次は結衣のやりたいことを先に聞く」と言った。結衣は少し考えてから、食器用洗剤詰め替えボトルを軽く振って合図する。「じゃあ、また一緒に使おう」。その一言で、二人の距離は、前よりも少しだけ縮まった。
【終】