星座が示す、144通りの恋

第108話 汁椀が見ていた
(射手座君♂x魚座ちゃん♀)

 四月の放課後、家庭科室で、雨粒の名残がアスファルトに光っていた。優月はエプロンのひもを結び直し、岳は袖をまくった。
 交際が始まったばかりで、二人は「まずは一回、成功させよう」と小さく笑い合う。今日やるのは簡単なおやつを作る。
 鍵になるのが汁椀で、手順がずれると味も形も崩れる。優月は「できるかな」と首をかしげた。
 作業の途中、岳のスマホが鳴った。画面の通知を見た優月は、一瞬だけ黙る。昨日の返事が来ていないままだったことを思い出したのだ。
 岳は慌てて説明しようとして、言葉が絡まる。そこで汁椀を持ち上げ、「今はこれを一緒にやりたい」と言い直した。逃げずに言い切ったのが、自分でも意外だった。
 優月は深呼吸して、小さなものを大事に扱う。二人で手を動かし、汁椀が役目を終えるころには、空気の角が丸くなっていた。最後に岳が「送れてなかった」と画面を見せると、優月は「じゃあ、今日の分は目の前で言う」と笑い、短く「好き」と言った。
 終わったあと、二人は自販機の前で立ち止まった。優月が「今日は助かった」と言うと、岳は照れたように頬をかき、「次はもっと上手くやれる」と返した。缶の温度が手のひらに移って、言葉も少し柔らかくなる。
 優月は歩きながら、ふと汁椀を見つめた。「これって、ただの道具なのにさ」と言いかけて止まる。岳が「うん」と待つと、優月は小さく笑い、「一緒に使うと、思い出になるね」と続けた。
 帰り道、岳は「次は優月のやりたいことを先に聞く」と言った。優月は少し考えてから、汁椀を軽く振って合図する。「じゃあ、また一緒に使おう」。その一言で、二人の言いかけた言葉が、ちゃんと形になった。
【終】