星座が示す、144通りの恋

プロローグ 星の下で始まる恋

 四月の新学期、校舎の屋上は風が強く、空が近く見えた。放課後のチャイムが鳴ると同時に、何人かの生徒が「今日、星が見えるらしいよ」と笑いながら階段を上がってくる。
 屋上の手すりに手を置くと、金属がひんやりした。下を見ると、校庭では部活の声が弾み、遠くの住宅街からは夕飯の匂いが流れてくる。ここは、いつもの学校なのに、少しだけ別の場所みたいだ。
 同じ教室でも、隣の席でも、まだ言えない気持ちはよく生まれる。手を振るだけで胸が熱くなったり、名前を呼ばれるだけで顔が赤くなったり。恋は大げさな始まり方をしない。むしろ、言いそびれた一言の形で残る。
 屋上の隅には、古い星座の本が開かれていた。ページの端に書かれた小さなメモには、十二の星座と、二人ずつの名前が並ぶ。誰が書いたのかはわからない。でも、読むたびに「次は自分かも」と思ってしまう。
 メモの横には、道具の名前も書かれていた。買い物袋、ノート、枕、消臭剤。どれも、特別な宝物じゃない。けれど、誰かの手に渡り、誰かの困りごとを助けて、会話のきっかけになる。そんな瞬間が、毎日の中には隠れている。
 たとえば廊下の掃除で、洗剤の匂いに顔をしかめた子がいる。そこへ「こっちに避けて」と声をかける子がいる。台所で電子レンジの前に立ち、温まる音を聞きながら「失敗しても食べるよ」と笑う子もいる。道具はただの物なのに、人の心を動かす。
 この物語は、毎日の中の小さな道具から始まる。忘れ物、掃除当番、家の手伝い、すれ違ったメッセージ。そこで二人がどう声をかけ、どう手を伸ばすのか。うまく言えない日も、照れて逃げそうな日も、ちゃんと描いていく。
 星の下で生まれた気持ちは、明日には少し形を変えるかもしれない。それでも、今日の一歩は消えない。さあ、最初の二人の話から、そっと覗いてみよう。
【終】