湯気の向こうで、祖母は今日も手を動かす

台所に立つには、少し中途半端な時間だった。
朝ほどの勢いもなく、夜ほどの覚悟もない。
窓の外はまだ明るいが、光はやや傾いている。

おばあちゃんは、鍋を一つだけ出した。
大きすぎず、小さすぎず、何度も使われてきた鍋だ。

「今日は、これ一個でええ」

そう言って、具材を並べていく。

大根。
人参。
里芋。
最後に、絹さや。

色も形も、触った感触も、全部違う。
私は思わず聞いた。

「一緒に煮るん?」

おばあちゃんは、鍋に水を張りながら答えた。

「一緒やけど、同時やない」

火がつく。
鍋の底から、ゆっくりと温度が上がっていく。

最初に入れたのは、里芋だった。
皮をむき、下茹でされたそれは、少し白っぽい。

「これが一番、時間かかる」

そう言って、鍋の端にそっと置く。

次に、大根。
面取りがしてあり、角がない。

「この子は、染みるのに時間がいる」

鍋の真ん中に入れられる。

人参は、まだ出番じゃないらしい。
絹さやに至っては、まだ台の上にある。

「同じ鍋なら、同じでええんちゃう?」

そう言うと、
おばあちゃんは、少し笑った。

「同じにしたら、どれかが無理する」

火は、強くない。
かといって、弱すぎもしない。

ぐらぐら煮えることはなく、
ただ、静かに音が立ち始める。

私は、鍋を覗き込んだ。
里芋と大根は、同じ湯の中にあるのに、
様子がまったく違う。

里芋は、動かない。
大根は、少し揺れている。

「この子らな」

おばあちゃんが言う。

「時間、ちゃうねん」

私は、その言葉を、少し考えた。

同じ家に住んでいても、
同じ部屋にいても、
同じ速さで進めない人がいる。

合わせようとして、
どちらかが無理をする。

そんなことを、思い出していた。

人参が、途中で入る。
絹さやは、まだ。

「まだ早い」

おばあちゃんは、時計を見ない。
鍋の音と、具材の様子だけを見る。

私は、台の端に小さな紙を置き、
里芋、大根、人参、と
入れた順に印をつけた。

同じ鍋なのに、
時間が、ずれていく。

それが、少し不思議で、
少し安心だった。

人参は、火が入りやすい。
すぐに色が変わる。

「人参はな、待たせすぎると、疲れる」

そう言って、
少し鍋の中央から離す。

火の当たり方も、均等じゃない。
それでいいらしい。

やがて、絹さやが入る。
最後の最後。

一瞬で、色が変わる。

「この子は、待たせたらあかん」

鍋の中には、すべての具材が揃っている。
けれど、完成ではない。

私は、つい聞いた。

「いつが、できあがり?」

おばあちゃんは、鍋を見たまま答えた。

「それぞれが、ええとこ来たら」

引き上げる順番も、同じじゃない。
里芋から。
次に大根。
人参。
最後に絹さや。

皿に盛られると、
見た目は、不思議とまとまっている。

同じ色合い。
同じだしの香り。

でも、食べると、全然違う。

里芋は、ほろりと崩れ、
大根は、中まで染みて、
人参は、まだ芯があり、
絹さやは、歯切れがいい。

「どれも、ちょうどええ」

そう言うと、
おばあちゃんは、うなずいた。

「揃えんでええ」

その言葉が、
料理の話なのか、
それ以外の話なのか、
分からなくなる。

でも、確かに、胸に残った。

同じ鍋にいても、
同じにならなくていい。

一緒にいることと、
同じであることは、違う。

炊き合わせは、
それを、静かに教える料理だった。

鍋は一つ。
火も一つ。

それでも、
時間は、それぞれだった。

おばあちゃんは、
何も説明し終えた顔をせず、
鍋を洗い始めた。

私は、皿に残った絹さやを見ながら、
少しだけ、肩の力が抜けた気がした。