湯気の向こうで、祖母は今日も手を動かす

仕上げの作業ほど、
手に力が入りやすい。

私はその日、
台所に並んだ材料を前にして、
なぜか、少しだけ肩に力が入っていた。

もち米。
あんこ。
きな粉。

どれも、もう整っている。
あとは、包むだけ。

「今日は、おはぎや」

おばあちゃんが言った。

「最後のとこ、
 気ぃつけなあかんで」

私はうなずいた。

包む。
簡単そうで、
失敗しやすい工程。

崩れないように。
中が出ないように。
形をきれいに。

そう思えば思うほど、
手は、強くなる。

もち米を、
掌にのせる。

少し温かい。

その感触が、
妙に心地よくて、
つい、
ぎゅっと丸めたくなる。

「待って」

おばあちゃんの声で、
手が止まる。

「それ、
 丸めとる」

「包むんや」

違いが、
よく分からなかった。

「力、
 抜いて」

そう言われて、
私は、
自分の指先を意識する。

確かに、
必要以上に、
力が入っている。

あんこを、
もち米の上にのせる。

包み込もうとして、
また、
押してしまう。

もち米が、
潰れる。

「あ……」

思わず声が出る。

形は、
保たれている。
でも、
重い。

「それな」

おばあちゃんが言う。

「守っとるつもりで、
 潰しとる」

私は、
その言葉に、
胸を突かれた。

守るつもりだった。

崩れないように。
失敗しないように。

でも、
結果として、
息が詰まった形になっている。

「優しさはな」

おばあちゃんは、
指先で、
自分のおはぎを持ち上げる。

「軽い」

それは、
本当に軽そうだった。

形は、
少し歪んでいる。
完璧じゃない。

でも、
触れた瞬間に分かる。

押さえつけていない。

「落ちたら、
 落ちたでええ」

「また、
 包んだらええ」

その言葉が、
私の中で、
何かを、
ほどいた。

次は、
力を抜く。

握らない。
指先で、
あんこを、
そっとかぶせる。

包むというより、
覆う。

落ちそうで、
怖い。

でも、
置いてみる。

……崩れない。

軽く、
形を整える。

それだけ。

手の中に、
余白がある。

出来上がったおはぎは、
不揃いだった。

でも、
持ち上げると、
ちゃんと、
ほどけそうな柔らかさがある。

一口、
食べる。

口の中で、
すっと、
ほどける。

もち米が、
重くない。

「あ……」

思わず、
同じ声が出た。

さっきの、
力を入れすぎたものとは、
全然、違う。

「な?」

おばあちゃんが、
小さく笑う。

私は、
その味を噛みしめながら、
思い出していた。

心配しすぎた言葉。
守るつもりで、
踏み込みすぎた距離。

相手が、
苦しくなっていたことに、
後から気づいた場面。

包むつもりで、
締めつけていた。

優しさは、
強さじゃない。

軽さだ。

「大事なもんほどな」

おばあちゃんが、
ゆっくり言う。

「きつう包んだら、
 あかん」

私は、
自分の手を見つめる。

この手は、
支えることもできるし、
潰すこともできる。

違いは、
ほんの少しの、
力加減。

おはぎが、
皿に並ぶ。

どれも、
少しずつ違う。

でも、
どれも、
ちゃんと、
ここにある。

私は、
その光景を見ながら、
静かに思った。

守るということは、
囲い込むことじゃない。

逃げ道を、
残すこと。

息ができる、
隙間を、
残すこと。

包むとは、
離れないことじゃない。

軽く触れて、
任せること。

その日の台所は、
いつもより、
少しだけ、
静かだった。

でも、
その静けさは、
安心に近かった。

私は、
もう一つ、
おはぎを包む。

今度は、
何も考えず、
力を抜いて。

それで、
ちょうど、
よかった。