冷酷な殺し屋は哀しき愛に囚われる

   ◆

 月寧が話し終えて一呼吸ついたとき、風が吹いた。少し暖かい、だけどやっぱり冷たい風。
 今の話は、本当なのだろうか。
 私が思っているより随分と長い時の話。死鬼……いや、詩稀は一体、どれだけの悲しみに襲われたのだろう。
 想像しても、私には理解できないような気がした。
 詩稀の気持ちがわかると言っても、お前になにがわかると突き返されるに決まっている。
 それでも、私になにかできないだろうかと思ってしまうのは、大切なものを失った悲しみがわかるからだと思う。

「……そのこと、詩稀には言わないの?」
「そのこと?」

 月寧は私が言おうとすることが、本当にわからないみたいに首を傾げた。

「御守りを壊した理由」

 それを言えば、詩稀はきっと、少しだけ悲しみから解放されるだろうから。
 しかし、月寧はまだ不思議そうにしていた。

「私が? なぜ?」
「だって……」

 私はその続きを言ってもいいのか、迷ってしまった。
 悲しみの鎖に囚われて生きるなんて、苦しい。誰かに恨まれ続けるのも、誰かを恨み続けるのもつらい。本当のことを知れば、彼があやかしを殺し続けることもなくなる。
 迷った末、私はその言葉たちを飲み込んだ。
 あやかしである月寧と、人間の私は、価値観が違う。それは当たり前のことだ。
 つまり、私の考えを彼に押し付けるようなことを言うのは、間違っているように思えた。

「……なんでもない」

 月寧は「そうかい?」と言うだけで、それ以上踏み込んで来なかった。
 私には、月寧が詩稀のことを大切に思っているのか、それとも興味がないのか、わかりそうになかった。

「どうして、その話を私にしたの?」
「さて、なぜだろうね」

 月寧は妖艶に微笑んだ。
 そこに隠された真意は読み取れないけれど、なんとなく、詩稀を救ってほしいと言っているように見えた。
 なんて、私がそう思いたいだけなのかもしれない。
 だって私は、彼を解放してあげたいから。
 注がれた愛を忘れて生きていくのは、つらいだけだもんね、お母さん。

「今、詩稀はどこに」
「……見つけた」

 私が詩稀の居場所を聞いている途中で、第三者の声がした。
 それは低く、冷たい声。
 私と月寧は互いに驚いた顔をしたけれど、月寧はすぐに口角を上げた。

「やあ、詩稀。よく逢うね」

 月寧が森の茂みに声をかけると、闇と同化していた詩稀が姿を現した。
 その眼には私なんて写っていない。ただまっすぐ、月寧を睨んでいる。その眼光の鋭さに、私が睨まれているわけではないのに、足がすくんでしまう。
 そして詩稀は素早く月寧に襲い掛かった。
 月寧は詩稀の動きを先読みしていたかのように、右手で詩稀の攻撃を塞いだ。
 それを受けた月寧は、笑っている。

 ――詩稀はまた私と遊んでくれるだろうと踏んでね。

 さっき、月寧はそう語っていた。
 つまり、詩稀とこうして手合わせをしたかったということなのだろう。
 だから御守りを壊した理由も話さないのかもしれない。話せば、また詩稀が文乃さんのことを想って戦いを仕掛けてこなくなるから。
 私がそうして思考を巡らせている間に、ふたりの争いは過激化していた。辺りにある草木を焼き払ってしまいそうなくらいだ。
 ボロボロになったふたりの間に距離ができ、月寧は肩で息をしている。
 詩稀は、その隙を見逃さなかった。
 月寧に向けた右手のひらに、炎が見える。
 それを今の月寧に当ててしまったら、月寧がどうなるのかなんて考えなくてもわかる。

「……ダメ!」

 その瞬間、私の身体は動き出していた。