Colored by Your Voice ─きみの声で、色づいていく─

 震災から二か月遅れで、俺はようやく大学の入学式に出席した。
 満開を過ぎた葉桜が、まだ少しだけ校門のそばに残っていて、遅れてきた新入生を迎えるように風に揺れていた。

 あの春は、あまりにも多くのものが一気に変わってしまって。
 「大学生になる」という実感は、しばらく現実味を持たないまま、時間だけが過ぎていった。

 怜央と、ようやく落ち着いて連絡を取り合えるようになったのは、それからさらに少し後のことだ。
 毎日ではないけれど、近況を送り合う。
 短い通話をする夜もあれば、スタンプ一つで終わる日もあった。

 怜央は日中はアルバイトをしながら、夜のレッスンに通い、より大きな舞台を目指して活動を続けていた。
 俺は大学の図書館で学生アルバイトを始め、少しずつバス代を貯める日々。
 そして、あの震災の経験を経て――休日は、帰宅困難地域の小学生に、勉強を教えたり、遊び相手になるボランティア活動に精を出していた。



 大学が夏休みに入ってから、俺はついに東京へ向かった。
 怜央に会うのは、半年ぶり。
 新宿に降り立った瞬間、人の多さと音の洪水に一瞬だけ気圧される。
 けれど、後ろから肩をトンと叩かれ、振り返った。

「悠楽」
 
 少しだけ大人びた声だった。
 俺は目の前に立つ怜央を見上げ、つい笑ってしまう。

「なーんか、すっかり東京の人って感じ」

「んなことねーよ。……俺ん家まで少し歩くから。それ貸して」

 俺のキャリーケースを受け取り、何でもないことみたいに転がしていく背中。
 その横を歩きながら、首都高の下を抜け、見慣れない地名や看板を目で追う。
 
 辿り着いたアパートには、以前よりも本格的なマイクや機材、撮影用のカメラ。
 夢が、ちゃんと前に進んでいる証拠が、そこかしこに置かれていた。

「これさ、悠楽に一番に渡したくて」

 そう言って差し出されたのは、一枚のCDだった。
 紙のスリーブを開くと、歌詞カードまできちんと作られている。

 俺の隣で、怜央はあぐらをかき、ギターを脚にのせた。

「悠楽が作詞、手伝ってくれたから。マジで助かった」

 手伝う、なんて言葉は少し大げさだ。
 本に囲まれる生活の中で、英文学や詩集を読み漁り、行き詰まった怜央に、ただ言葉を送っただけ。

 それでも、その言葉が音楽になり、形になって、手の中にある。

「最後のとこ、見てみ。サイン入れといた。
 もっと有名になったらさ、お前が自慢できるように」

「……マジで? 嬉しい。大事にする」

 歌詞カードの最後のページ。
 そこに並ぶ怜央のサインと、“Lyrics(作詞):Yura.S”の文字。

「ま、待って。何で俺の名前……?」

 瞬きを繰り返す俺を見て、怜央は、あの頃と変わらない笑顔で言った。

「俺の歌を色づけてくれたのは、悠楽だから。
 歌詞だけじゃなくてさ。お前から貰った言葉も、思い出も。
 ――全部、俺の音楽になってる」

 胸の奥が、静かに熱くなる。

「……今、聴いてみてもいい?」
 
 「君の歌声」で、俺の世界は広がった。
 そして「俺の言葉」が、君の世界を色づけた。

 顔を見合わせて、どちらからともなく笑う。
 その瞬間もまた、きっと積み重なっていく。

 離れても、立つ場所が変わっても。
 俺たちは、それぞれの世界を持ち寄りながら、同じ色を増やしていく。

「いいよ。イヤホン、半分ずつでいい?」

「うん」

 そう信じられる朝焼けが、窓の向こうに広がっていた。


end.